父の理由



 僕は父さんの職場に行くことになった。理由は父さんからの“職場見学してみるかい?”という誘いがあり、たまたまその日は学園が休みということもあって僕はその誘いにのった。


そしてその帰り道、馬車にて……


「--どうだったレイちゃん」


「父さんって凄いんだね……」


「ハハッ、まぁ一応国のナンバー2だから、あれぐらい頑張らないと」


 誘いに乗って父さんの職場に行き、父さんの働きぶりを後ろから見ていたのだが、まぁ父さんの要領の良さを目の前で見せつけさせられた感じだ。部下の人達に正確に仕事を振り、報告書や書類に誤字や間違いがあるとすぐに見つける。昼は僕に“食べてきな”と言いながら当の本人は殆ど休まず仕事を続けて、見ている限り殆ど休んでない。そうしてなんと部下たちを定時にあがらせ、自分も定時少し過ぎたぐらいで帰宅するのであった。


「流石、政務官を勤めるハーストン家の当主って感じ」


「まぁハーストン家の当主の座を実力で勝ち取ったからね」


「実力で勝ち取った?」


「あぁ言ってなかったけ? 私は長男じゃないんだ」


「あっ……そう言えばそうだった……」


「ハハッ。まぁしょうがない。私は他の兄弟達から当主の座を勝ち取ったんだ」


「まぁ天下のハーストン家の当主だからなりたいもんね」


「いや最初は私興味無かったんだよ、当主なんて」


「えっ?」


「いや最初は本当に興味無かったんだよ、どこかの家に婿入りでもしようかなって考えていた」


「えっ!? あの出世にしか興味が無かったアーク・ハーストンが当主の座に興味無かったの!?」


 ゲームでも自身の出世のために実の息子の死も策略に使うぐらい出世意欲の塊であったアーク・ハーストンが当主の座に興味が無かっただと……!? 作中とは違う事に僕が驚いていると父さんは少し落ち込んだ表情を浮かべた。


「……確かにレイちゃんが幼かったころはそうだったかもしれないけど、お父さんショックだよ?」


「あ、あぁごめん……でも当主に興味無かったのに何で?」


「そうだね……私が当主になろうとしたのは母さんのおかげだよ」


「母さんのおかげ?」


 はて父さんがあの出世欲の塊になるきっかけが母さんとは一体どういう意味なんだろうか? 母さんはの性格はおっとりしており、正直悪女とは到底程遠い性格なので疑問に思っていた。


「私と母さんは政略結婚なんだが、私は母さんに一目惚れだったんだ」


「父さんが一目惚れ……意外」


 出世にしか興味が無い人間も一目惚れするんだなぁというのが僕の正直な感想だ。


「私だって人間だよ? まぁそう思われても仕方ないなぁ。母さんはそれなりに大きな貴族の娘だったんだが四女でね、あまりいい身分で扱いされていなかったんだよね。そのためか今より自分の意見を言わなくていつも作り笑顔で見ていて悲しかった」


「そうなんだ……」


 今では父さんに笑顔で鉄拳制裁している母さんが昔はそんな感じだったとは今では想像つかない。


「当時の私はね、まぁ馬鹿というか母さんの立場を上げるために何をすればいいかってずっと考えていたんだ。まぁそれでふと、頭をよぎったのは“ハーストン家の当主になる”ことだった」


「い、いやまさか……」


「あぁそうだよ、母さんの立場を上げるために私はハーストン家の当主になろうと決心したんだ。

ーーまぁ幸か不幸か私はそういう立ち回りや駆け引きは得意だったのと、私の兄弟は言葉が悪いけどあまり優秀じゃなかったから、私は三男だったけど結構すんなり当主になれたよ」


「父さん……凄い」


タイミングとかもあるだろうけど三男で当主になるのは凄いと本当に思う。


「で、当主になったら母さんも少しは自分の意見を言うようになったけど、周りは色々とうるさくてね。“やれ三男の分際で”とか母さんの事を“余り物”、“家に戻ってくるな”なんて言ってきたから、なら私は登り詰めるところまで出世して誰にも文句を言わせないようにすれば母さんも言われなくて済むかなと思ったんだ」


「そうなんだ……」


 作中では出世しか興味がないとしか説明されて無かったが、その行動理由にはそんな背景があったとは正直驚きだ。出世にこだわっていた理由がまさか母さんのためだったとは。


「家の当主になってからはハーストン家の力を使って、ライバルは蹴落として役職を登り詰めて……そうして今の地位にいる感じだね」


「しれっと酷い事言っているけど……」


「言い訳にしかならないけど当時の私は必死だったんだ。どうすれば母さんが陰口を言われないで済むか、作り笑顔じゃなくて心からの笑顔になってもらえるか頑張ったんだ」


「父さんも当時結構必死だったんだね……“ラウラに家の案内をしろ”って僕に言ってきたけど」


今でも忘れないこの世界に転生してきて初めて受けた親からの理不尽。当時は5歳児に何をさせるんだって思っていたが、それがある意味きっかけでラウラと仲良くなれたのだからいいとしよう。


「……よく覚えているねレイちゃん」


「それでラウラとも仲良くなれたしいいよ」


「……そう言ってもらえると過去の私が少し救われる」





「ところでレイちゃんは将来やりたいことはないのかい?」


「僕……まだ決めてないなぁ……」


 このまま何事もなく行けば僕もハーストン家の当主になって父さんと同じような道をたどるのだろう。まぁ父さんと同じ政務官になれるかは正直不安だが。なんて今日の仕事ぶりを見ていると僕には到底出来ないと思っている。


「別に私の息子だから私の後を継ごうなんて思わなくていいからね? もし私の後を継ごうと思うなら私も精一杯手は尽くすし、継がなくても私は構わない。正直ハーストン家の当主なら私の兄弟にでも投げる」


「投げるって……」


 作中で出世欲の塊であった人物が言わないような言葉が出てきた。


「だってレイちゃんの人生はレイちゃんだけのものだからさ。好きな風に生きて欲しいなと思う。

ーーなんせ一度しかない人生だからね」


「……」


……ごめん父さん、前世の記憶を引き継いで2回目の人生です。なんて言っても通じる人がこの世界にはその話が通じる人はいないので心の中で秘めておこう。


「だからレイちゃんがハーストン家の当主になってもいいし、他の家に婿に行くのも構わないし、だた幸せに生きてくれれば私は構わないよ。勿論ラウラちゃんも同じだよ」


「うん……まだ決まってないけどこれから決めていく」


「その意気。でも学生の内にある程度は決めておくといいよ、やりたいことの下地ぐらいは学生でも出来るからさ」


「分かった、ありがとう」


「それでレイちゃん、気になる事があるんだけど」


「何?」


「レイちゃんは気になる子はいるのかい?」


「……はい?」


一体何を言い出すのだろうかこの人は。


「ライシング家のご令嬢からもかなり信頼されているし、ラウラちゃんもレイちゃん大好きだし、カインの娘さんとは料理一緒に作っているようだし、生徒会の先輩からも気に入られていて、更に町の飲食店の看板娘さんとも仲良くやっているようじゃないか」


「よく知っているね……」


というか最近知ったのだが父さんとミラのお父さんは同級生とのこと。仲はそれなりらしい。


「より取り見取りじゃないか、レイちゃんは」


「いやいや父さん違うって」


「何が違うんだい?」


「まず会長は僕を使いやすい幼馴染、ラウラは出来損ないの兄、ミラは親友、アリーヌ先輩はなんか視線怖い、チャスにはおもちゃ扱いだから、みんな僕の扱い雑なんだよ……」


みんな揃いに揃って僕の扱いが雑なのだ、ラウラからの印象は完全に僕が悪いが、会長やチャスはもう少し僕の扱いを丁寧にして欲しい。アリーヌ先輩はあの寒気がする視線を止めてくれれば大丈夫だ。

なんて思っていると父さんは口をポカンと開けて表情が固まっていた。


「……」


「ん? どうしたの父さん?」


「い、いや……ラウラちゃんから話は聞いていたけどレイちゃんって本当に……いや止めておこう……これからの人生はレイちゃんが決めることだから、私が言うのは止めよう……」


「いやいや言ってよ、とっても気になるし」


「い、いや……レイちゃんの為を思って言いたいけど、言ったら母さんに私が……察して欲しい」


多分隠している事を言ったら母さんに恒例の鉄拳制裁をくらうのだろう。あれは一発で父さんを気絶にさせるのだから父さんからしてみれば恐怖だ。


「まぁ分からないけどいつか分かるかな……」


「多分だけどレイちゃんが理解しようと思えばすぐにでも分かるよ……」


2人して遠い目をしていた。

……まぁ僕と父さんではその遠い目をする理由は違うだろうけど。

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