彼女の過去

アリーヌ先輩との事件があった数日後……


「さぁどうぞ」


とアリーヌ先輩が僕の分のティーカップにお茶を注ぎ、僕の方に差し出してきた。


「は、はぁ……」


 僕は若干疑いながらそれを受け取る。すると彼女は自分のティーカップを持つと優雅に飲み始めた。

……先輩は見た目が令嬢なのでただお茶を飲むという動作だけでも絵になる。


 現在僕と先輩がいるのは学園の庭にある小さいドーム状の屋根がある場所だ。このような箇所は学園の庭でいくつかあるのだが僕達がいるのは結構外れの箇所にあり、学生達はあまり近づかない。

……って、あれひょっとして僕また命狙われている?


「大丈夫ですよ、貴方の命を狙いませんから」


 なんて先輩は僕の心を見透かしたかのように言ってくる。


「そ、そうですか……でも僕をここに呼んだ理由って……?」


「簡単です。他の皆様に聞かれたくない話だからです。そうですね……

ーー例えば、私の過去とか、貴方を消そうと思った理由でしょうか?」


「……!!」


 そういえば僕が命を狙われた理由を今まで僕は知らない。あの時は先輩の命を助けることに必死だったのでそこまで頭が回らなかったのだが、言われてみれば結構肝心なことだろう。


「おや、興味を示したようですね。フフッ、正直なこと」


「まぁ、僕の命を狙ってきたんだからその理由は気になりますね」


「では、お茶のおともに私の過去のお話にお付き合いください」


と先輩は自分の過去の話を話し始めた。





「私は生まれた時には親がいなかったようです」


「“いなかったようです”って……」


「えぇ、私は自分の親の記憶がございません。どうやら私は生まれてすぐ近くの孤児院に捨てられたようです、この名前“アリーヌ・ベスランド”本名なのかも分かりません」


「……」


 先輩の過去はある程度ゲームで知っていたけど、実際に聞いてみると中々残酷だ。自分が今名乗っている名前も本名なのかも分からないというのは結構辛いだろう。


「そして捨てられた孤児院は表向きは善意で孤児達を引き取っていたのですが……」


「ーー裏では孤児達を使って魔法の実験を行っていたんですね」


 確かに孤児なら言い方が悪いけどいなくなってもそこまで事件にならないだろう。


「おや、よくご存じで。貴方って中々侮れないですね」


「いや今のは話の流れ的にそうだろうなって思いまして……」


 決してゲームの知識で知っていたとは言えない。

……まぁ本当の事は言っても通じないだろうけど。

だって先輩を始めとする人達は自分がゲームの登場人物であることは知らないだろう。


「毎日、実験の実験台にされてどんどん仲間が減っていって……いや仲間でもなかったですね、ただ同じ空間にいるだけの存在です」


「先輩……」


「特に力を入れていた実験は“生まれつき魔力が低い人間を人工的に魔力を高くする”というものでした。毎日膨大な魔力を身体の中に流されて何人も同い年の子達が命を落としてく中で私は唯一の成功例となりました。元々は魔力は人並みだった私は今では学園トップまでになりました」


「そうですよね……僕それを身をもって実感しましたし」


黒い弾丸食らったり、足元に地割れ、頬に氷の矢だったりもう酷い目にあった。


「あの時は本当にごめんなさい。私も中々自分の計画が上手くいかないのがあってイライラしていたの」


「そう言えば先輩の計画って何だったんですか?」


「あぁそれですか……今となっては随分子供らしい理由だったなぁ……と恥ずかしい気持ちですね。

ーー嫉妬ですよ、貴方を始めとして学園の学生達全員にです」


「嫉妬ですか……?」


「えぇ、私がこれまで酷い目にあってきたのにこの学園の生徒達は楽しそうに友達と遊んでいたことに嫉妬していたんですよ……なら私がこの学園を支配出来れば少しは気持ちが晴れると思ったんですよ」


「……」


 まぁ僕らは先輩のような劣悪な環境に置かれたことがないから同情は出来ない、したとしても彼女の苦しみを心から理解は出来ない。そんな僕の心が表情に出てしまっていたのかアリーヌ先輩は少し申し訳なさそうな顔をした。


「貴方は優しいですね。

私の苦しみを本当に理解できないと分かっていてもそれでも理解しようとして、理解出来なくて悲しそうな顔をするなんて……」


「いえ僕は……」


「それが貴方の良いところです。

ーーところで貴方は魔法を使えないのではなかったのですか?」


「えぇ魔法は使えません……えぇ使えません……」


「す、すみません、まさかそこまで落ち込むことだったのですね……でも貴方、私の魔力を流されても無事でしたよね……?」


「あぁあれですか、僕は魔力を身体の中に溜める事が出来ないんですよ」


「そうなんですか?」


「そうなんです、だから先輩から魔力を流されてもそれを身体の中で通過するだけだったので無事なんですよ。ほらその代わり地面や服が思いっきり凍っていたじゃないですか、それが証拠ですよ」


「貴方って本当に不思議な子ですね……まさか魔力を自分を経由して流させるとは……」


勿論嘘である。

僕でも何で自分が無事なのかが分からない。

ただそれぐらいしか説明できないのだ。

僕は魔法が使えない、魔力の量は測定不可と言われるぐらい低い。

……よく生きてるな僕。


「ハハッ……先輩はこれからどうするんですか?」


「そうですね……これからはまだ考えていませんね」


「まぁこれから学園にいる間に探しましょうよ。僕も少しは手伝いますから」


「ふふっ……そうね、まさか貴方みたいな貴族の坊ちゃんに言われるとは、私も変わったなぁ……」


 と今までの敬語を止めて同学年らしい話し方になった。言い方に若干イラっときたけどそれで彼女が少しでも笑ってくれればいい。なんて思っていると先輩は何かを思い出したかのように呟いた。


「あっ、でも楽しい事1つだけ見つけました」


「どんなことですか」


「それは

ーーア・ナ・タです」


「えっ!? 僕!?」


「えぇそうです、命を狙っていた人間をまさか命がけで助けようとするなんて

ーーなんてカッコいいんでしょう!!」


「あ、あれ……せ、先輩……?」


 なんだろう、さっきまでの落ち着いた雰囲気はどこにいったのやらいきなり目をキラキラさせて僕の手を握ってきた。

……その勢いがちょっと怖いです、ハイ。


「しかも私が完全に悪いのに学校側に秘密にするなんて……もぅなんて可愛いのかしら!!

ーー私の物にしたいわ~!! いや、します!!」


「いやいや僕の意見無視ですか!?」


「つまりあなたの合意があればいいのですね?

ーーそこまでの過程は何をしてもいいでしょうね?」


「何をしようとしているの!?」


 先輩なのだが思わず敬語が消えてしまった。それぐらい恐怖を感じる。


「ねぇ後輩クン、私の物にならない?

ーーお姉さん、何でもしてあげるわよ?」


と年齢不相応に膨らんだ胸を強調して誘惑してくる先輩。

……まさかこの時に既にここまでの大きさをもっていたとは……これも魔力が生んだ副産物か?


「い、い、いやぁ……それはまずいですって……

ーーハッ……!?」


 突如悪寒が走ったので後ろを振り向いた僕。そこには……


「な・に・を・し・て・い・るのですかレイ君、ベスランドさん?」


と顔を笑顔だがこめかみをぴくぴくとしている会長


「お兄様……今日は一緒に帰ろうと思っていたのですが

ーーまさか新たな女性の方と逢引とは……!!」


もう完全に怒っているラウラ


「き、き、貴公らは何をしているのだ!? そ、そ、そ、そのようなふしだらなこ、こ、行為をするなんて……!!」


完全に勘違いしているミラの3人が揃って立っていた。


「会長にラウラ、ミラ!? どうしてここに!?」


「いえ生徒会の時間なのにレイ君が来ないから心配で探していたんですよ。

ーーでも、その心配は必要なかったようですねぇ……!!」


おめでとう、会長は聖母から般若に進化した。


(……いや良くねぇ!!

やばい、やばい会長が今までに見た事がないぐらい怒っている!!)


なんて心の中でツッコミをいれながら僕はラウラに助けを求めーー


「さぁお兄様、今日は実験をしましょうか

ーー人体がどれぐらいの高温に耐えれるかという実験を」


と手にとても熱そうな火球を作っているラウラ。


(……うん、こっちもダメだ。いや会長よりも確実に僕の命を取りにきてるぞ、あれ!!)


「ラウラ、いつから君は危ない子ーー」


「お兄ちゃんのバカぁぁぁぁぁーー!!」


若干泣きそうな顔をして手に持っていた火球をこちらに飛ばしてくるラウラ。

あれくらったら僕アウトだよなぁ……。


(まさかバッドエンドが前倒しになるとは……しかも犯人が妹って……)


「ーーアクアパッケージ」


しかし火球は僕の元に着く前に先輩が放った水流の魔法によって打ち消された。

相変わらず先輩の魔力は凄い。ラウラが溜めて放った魔法を殆ど溜めずに放った魔法で打ち消すなんて……。


「無事かしら後輩クン?」


「え、えぇなんとか……」


「大丈夫よ、貴方は私が守るわ。

ーーさぁ来なさい、私が相手になるわ」


「上等じゃないベスランドさん……!! その言葉後悔しないでくださいね……!!」


いつも以上に身体に魔力をたぎらせやる気満々の会長

……なんかここまでやる気がある会長初めてみた気がする。


「例え先輩の貴方でも容赦しませんよ!!

ーーお兄ちゃんは私の物です!!」


感情が高ぶっているのかいつもの“お兄様”ではなく昔の呼び方である“お兄ちゃん”に戻っているラウラ。

……あと、兄は妹の物ではない。


「面白い……!! 私も参戦しよう」


とさっきまで自分の世界に飛び立っていたミラはサーベルを取り出し、構えていた。

……いや君、さっきまで1人で妄想していましたよね? いきなりやる気だしたけど何故?


「み、みんな喧嘩はやめよーー」



「「貴方は黙ってて!!」」


「あっ、はい、静かにしてます……」



 といくら庭のはずれであっても学園上位の魔力の持ち主が魔法を使って教師にバレないはずがなく、この後僕を含めた5人は全員呼び出され、めちゃくちゃ怒られた。


そして僕とラウラは家に帰ったら母さんからの説教が始まるのであった……。

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