ファーストエンカウント~ラウラ後編~

 ラウラが家に引き取られて数日が経った。相変わらず彼女はは僕を始めとして僕の両親や屋敷の人々とは上手く馴染めていなかった。たまにフローレンスが家に遊びにきて、ラウラに声をかけるのだが彼女は話そうとせず、ずっと1人で座ってばかりである。フローレンスもそんなラウラの様子に困惑していた。


「さてどうしたものか……」


 僕は自室のベットに倒れこんで考えていた。考える内容は勿論、義理の妹ラウラのことである。


「そりゃ5歳にも満たない子供からすれば両親を失ったことって辛いよね……」


 子供にとって親というのは世界であり、親の姿を見て成長していくのだから、その世界がいきなりなくなったのというのは僕には理解できないだろう。話を聞くとラウラ自身は前に住んでいたところでもあまり友達がいないで大人しい子だったらしくそれもまた今の彼女の状況に繋がる。


「でもどうすればいいんだかな……主人公はこの時……ってまだ出会ってないじゃんか」


 ゲームの主人公はどんな風に行動していたかと思い出そうとしたところ、そういえば主人公はまだこの時期ラウラと会っていない事に気づいた。主人公とラウラが合うのはこれから10年以上先である。そうなるとこの状況をどうにかしたいのならゲームの知識は使えない。


「方法が思いつかないけど……今の状況は駄目だよね」


 ラウラが誰とも話さず部屋の隅っこに座っているのは両親を失って、ショックで自分の心の殻に閉じこもっているのだろうと思う。確かにその殻に閉じこもっていれば何も聞こえず、見ないで、これ以上悲しまなくてすむ。でもそれだとこれから何か楽しい事があるかもしれない事にも気づかないだろう。僕が言うのも変だけどそんなことはつまらない。


「と言っても僕に出来ること……ってなんだ……」


 僕が出来て、且つラウラの興味を引けそうな事を頭の中で考えてみる。彼女の興味を引けそうな特技を必死に考えたところ、1つ頭の中で思いついた。それは生前の僕の数少ない特技である。


「これでどうなるか分からないけど……思いついたらやるしかない!!」


と僕は心を決めて行動することにした。



それから数日後……


「ラウラいる?」


 僕はラウラの部屋のドアをノックした。勿論声などの反応はない。反応がないということはつまり好きにしろということだと自分勝手に解釈した僕はドアを開けて中に入った。中に入るとラウラは相変わらず部屋の隅で膝を抱えて座っているのが目に入る。当の本人は僕が入ってきたことに目もくれない。


「今日はお兄ちゃんがおかし作ったんだ」


 と言いながら僕は手元にあったクッキーを彼女に見せた。するとさっきまで僕に全く興味が無かったラウラの視線が少し動いた。


(おっ……少し興味を持ったみたいだね……生前の特技がまかさこんなところで活かせるとは)


 僕の生前の数少ない特技というのはお菓子作りだ。なお普通の料理はあまり出来ない、お菓子は何故か出来る。そしてお菓子作りの腕においては完璧超人の兄からも褒められたことがある。ただ両親には“そんな腕を磨くよりも兄を見習って勉強をやれ”という説教をもらって以降、誰かに作るのは作るのを止めて自分のためだけに作るようになった。


 容易に数日かかったのには母親からの許可をもらう必要があったからだ。この世界の僕は現在5歳。5歳児にオーブン危なくて普通の親なら使わせてくれないだろう。なので数日かけて時には実際にお菓子作りの手際の良さを見せて、母親を説得したのである。


 そのラウラは僕が手にもっているクッキーに釘付けだ。数秒前はちらっと見るだけだったが、今ではがっつり見ている。


「……」


「ラウラ?」


「……なんでわたしに?」


「お菓子好きかなって思って、食べる?」


 と僕はそのままラウラの隣に座り、クッキーを出すとラウラはその小さな手でクッキーを受け取り、むしゃむしゃと食べ始めた。この子食べっぷりいい。10年後の落ち着いた性格からは想像できない。そして僕の目の前に手を出してきた。


「……おかわり」


「はいはい」


 焼いてきた10個のクッキーはラウラのお腹の中に入っていった。1つぐらいは残してほしかったなぁと僕である。


 持ってきたクッキーを全て食べ終わってしばらくするとラウラがふと話し始めた。


「……なんで……ラウラに?」


「なんでって……だってラウラ僕の妹でしょ?」


「いもうと? ラウラ……ほんとうのかぞくじゃないもん」


「まぁたしかに僕とラウラは血縁上は違うもんね」


「けつえんじょう?」


「あっ……ごめん難しいね」


 フローレンスにも同じことをやった記憶がある。僕が相手にしているのは同年代ではなく幼稚園生だ。幼稚園生に“血縁上”なんて言葉が分かるはずがないだろう。

……次から気を付けよう。


「じゃあこれから僕とラウラは家族になろうよ」


「ラウラと……?」


「そう、これから僕はラウラのお兄ちゃん。ラウラは僕の妹だよ」


「おにいちゃん……ラウラ……いもうと」


「うん、僕の事はお兄ちゃんか兄さんでもいいよ」


「……クッキーくれる?」


「クッキーね……まぁいいよ……というか呼び方」


 クッキーを作るぐらいでラウラの笑顔が見れるならまぁ安いものだろう。

……というか子供って現金過ぎませんかね?さっきまで興味なさそうだったのにクッキーを見せてきた途端、この手のひら返し。鮮やかすぎる。


「クッキー……やった……」


「僕よりクッキーかよ……まぁいいか」


やはり子供にとっては兄<クッキーなのだろう。


 この時以降、ラウラは少しづつだが笑う様になった。

最初こそぎこちなかったが、少しづつ心から笑えるようになってきて、それに伴い母親や使用人も嬉しそうに笑うのであった。父親は相変わらずだが仏頂面だがそれでも屋敷内は前よりも笑顔が増えてきた気がする。




 だがラウラが一番笑う時は……


「おにいちゃん!! クッキーちょうだい!!」


 何故か僕の手作りのクッキーを食べている時なのである。

……というか僕って“お兄ちゃん”じゃなくて“クッキーをくれる人”って認識されている?

い、いやまぁでも嫌われるよりもいいか? いいのか僕……?


「どうしたのおにいちゃん」


「う、うんなんでもないよ」


「へんなの~~」


 でも妹が笑顔ならいいか、と1人で納得する僕であった。

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