時間銀行

カラ缶

第1話

時間銀行


私は73歳。定年退職で会社を辞め、今は妻と二人暮らしだ。会社を辞めてからは暇で暇でしょうがない。私が働いていた会社は、割と大きな会社で給料もそこそこあったので今の金銭にはかなり余裕がある。それに私達夫婦は持病も全くなく、健康そのものだ。

とある日曜日、私達は商店街に出かけた。いつぶりだっただろうか。私が仕事人間だったせいで、休みの日も家族でどこかに出かける、という事は殆どなく子供達によく文句を言われていた。でも、そんな子供達ももう独立してみんな東京にでて行ってしまっている。そんな事を考えながら商店街を歩いていたら、旅行会社の建物を見つけた。そういえば旅行にも殆ど行ってない。記憶があるのは銀婚式の時の旅行だろうか。あの時以来行ってないという事は、約20年も旅行に行ってないということになる。金銭にも時間にも余裕がある私達はすぐに北海道旅行に行く事にした。予定は約1ヶ月後。

「はぁ〜待ち遠しいなぁ〜」「そうね〜」なんて事を二人で言いながらワクワクしていた。

そして翌日、私は少し遠くの場所まで旅行に必要な物を買う為にドライブをした。その途中、目を引くものがあった。

「時間銀行?」そうだ、そういえば旅行用のお金を下ろさないといけないんだった。ちょうどよかった。寄って行こう。中は至って普通の銀行で、銀行員さんも複数人いた。そして私は、「すみません、お金をおろしたいのですが」と銀行員さんに尋ねた。

「申し訳御座いません。ここではお金を扱っていないんです」「なんだそれは! 普通の銀行じゃないのなら帰るぞ!」私は怒った。

「ちょっと落ち着いてお話を聞いてください。ここでは、名前の通り時間を扱っております。お客様のお時間を預けて頂きますと、利息がついて、お好きな時にお時間を引き出す事ができます」「ほう、それで?」

「そうすれば時間を有効に使う事が出来ます。ちなみに利息は1週間経つにつき、0.1%となっております」「んで、それから?」

「時間を引き出している間は、他の人達の動きがとてもゆっくりに見えますが、その人達にとっては瞬きレベルの短い時間なので、環境や磁場への影響を心配する必要も御座いません。」「なるほど、あと他は?」

「その上、ご自分だけでなくお客様が指定した人も同じように時間を有効に使う事が出来るんです。かなり近未来的ですよ」

これは一風変わった銀行だな。しっかし、時間を預けるってどういう意味だよ?

「あの、時間を預けるって意味が分からないのですが」「簡単に言いますと、例えば人生の時間から24時間分この銀行に預けたとします。そうすれば時間を引き出すまでは寿命が24時間縮みますが、時間を引き出せば、約1分強の利子が付きます。その理論で、実質寿命が伸びますよ」「じゃあ,時間を預ける意味ってなんなんですか?」

「先程申し上げた通り、預けた時間に応じて1週間毎に0.1%の利子がつくのです。そうすれば、自分のだけの時間を静かに過ごせるんです。いいと思いませんか?しかも寿命が伸びるんですよ?」

まあ、ここまで言われると預けない訳にはいかないか。私は子どもの頃からなんでもチャレンジする人だったからな。折角この年まで何にでもチャレンジしてきたんだから、ここでその記録のような物を断ち切るのは私のプライドが許さない気がする。仕方ない、試しにやってみよう。

「24時間預けたいのですが」「かしこまりました。24時間、確かに受け取りました」特に変わった事はなかった。そうだ、さっさと旅行に必要な物を買わなければ。妻に怒られてしまう。

私は車の中で考えた。24時間で利息が0.1%という事は利息分の時間は……1週間待っても1分半にも満たない。さっきの銀行員も言っていたがな。しかし、この程度じゃ全然意味がない。というかやっぱり胡散臭いな。あんな事をしていて大量の金をとられたりしないのか。銀行員の給料はどうしているのか。本当に安心なのか。ま、いいか。とにかく私はコンビニまで車を走らせた。さっさとATMに寄らないと。そしてから旅行に必要な物を買いに行こう。

買い物を終えて家に帰って来てすぐに時間銀行の事を妻に話した。妻は特に疑う様子もなく、

「あなたの言うことですもの。そんな銀行があるんですね」と言った。「ホント、不思議だ」そんな会話をしながら楽しんでいた。

そして1ヶ月後、私達は女満別空港行きの飛行機に搭乗した。約2時間後、女満別空港にも到着した。夏だというのにかなり涼しい。北海道ってホント避暑地に最高だな。3泊4日の予定で、私達は屈斜路湖沿いのホテルに泊まるためにレンタカーをした。じゃないと、北海道ってほんとに広いから移動できない。

自然の風景を楽しみながらレンタカーで道路を走っていたらなんだか喉が乾いてきた。ん? 私は目を疑った。住宅など全くない自然風景の中にポツンとコンビニがあったのだ。全く車は通ってないので、路駐をした私はそのコンビニに入ってみた。そのコンビニは驚くほど小さい上、店員一人としていなかった。まあ、そりゃそうだよな。自販機とATMしかないんだから。

自販機は至って普通の物だったが、ATMが少し変わったデザインだったので私は興味本位でそのATMの画面に触れてみた。私はそのような近未来的な物もどんどん取り入れていくタイプなのでATMの扱いには慣れていた。

よく見るとそれはあの時間銀行のATMだった。そういえば時間を預けたのはちょうど1ヶ月前だ。という事は……

「え? 5分40秒程度かよ……まあいいや、

一度試しに引き出してみよう。あ、私の妻にも同じように効果を適用して下さい」そうするとさっきまで聞こえていた風の音は全く聞こえなくなり、そのコンビニから出てみると、さっき見かけた野生の鹿も岩のように固まっていた。しかし、妻とは普通に会話できる。妻は興奮したのか「まあ! 鹿が固まってる!」

などといきなり言い出した。しかしこれではまだこれでは信じ難い。もっと人の多い場所なら信じられるのだが。そして約5分経過すると風は吹き出し、鹿も動き出した。まあ、妻も喜んでるし、今度は168時間、すなわち1週間分預けてみよう。「1週間預けます」すると、機械音声で「1週間、確かに受け取りました。それと、いちいちATMにお出向きになるのはご不便なので、このリモコンをお使いください。この赤いスイッチを押せばいつでもどこでも時間を引き出せます。あと、青いボタンを押すといつでもどこでもお預入れが出来ます。又、あまりおすすめはしませんが、時間の貸し出しも黄色いボタンを押すと出来ます。返す際、利子を多めに取られますので、ご利用は計画的に」と言われた。その後、本来のATMなら紙幣が出てくる所からそのリモコンが出てきた。ふーん。まあ、便利っちゃ便利か。そうやって不思議に思っている私を忖度する様子もなく、

「ねぇ、早く行きましょうよ」なんて言っている。全く、そんなところだけは昔と変わらないんだから。

レンタカーを走らせながら、また考えた。168時間の0.1%だから……1週間経過でも10分かぁ。今度は数年分預けてみよう。あーもう、今はこんな事考えないで妻との旅行を楽しもう。

そして、ホテルに着いてすぐに夕食にした。妻とジンギスカンを嗜んでいる時でも時間銀行が気になって仕方なく、ズボンのポケットに入ったリモコンを横目になるべく小さい音で唸った。だかしかし、妻にはその唸っている声は完全に聞こえていたようだ。

「あなた、どうなさったの? どこが調子が悪いの? 今日は早くおやすみになりますか?」心配されてしまった。「いや、大丈夫だよ」何故かそわそわする。「じゃあ、明日は摩周湖とかに行ってみますか?」「そうだな。じゃあ、今日は早く寝て明日に備えよう」

翌朝、6時に起きた私達はさっさと朝食を済ませて、車を走らせた。そして摩周湖まで来た。なんて綺麗なのだろう。流石、世界で2番目に透明度の高い湖だ。どうせなら子どもたちとの関係も、昔からこの湖のように透明だったらよかったのに。ま、今更そんな事思ったって仕方がないのは分かっているのだが。さてさて、そんな昔の事を考えるのはやめて第一展望台に行ってみよう。ほんとに北海道って自然が美しいのだな。しかし、思ってたより人が多くあまりゆっくり出来ない。その上、どこかの学校の修学旅行団体も来ているっぽい。あー。妻とゆっくりする為に来たのに、これではゆっくり出来ない。「そうだ」私はズボンのポケットからあのリモコンを取り出した。この黄色いボタンを押せば、妻とだけの時間をこの摩周湖で過ごせるではないか。しかし、利用時間には気をつけなければ。5分だけ。5分だけなら大丈夫だろう。私は黄色いボタンを押しながら言った。

「5分間、時間の貸し出しをお願いします。妻にも同じように効果を適用してください」そう言った瞬間、沢山の人の動きがピタリと止まり、この場は静寂に包まれた。これはもう時間銀行の効果という事だと信じざるを得ないような感じだ。

「まぁ! これがあなたの言っていた時間銀行の効果なの?」やはり本当にそうらしい。そして、摩周湖を出た私達は少し遠くの知床の方まで来た。ここでもやはり人が多いので、静かにゆっくりしたい。なので私は例のリモコンの黄色いボタンを押しながら、「5分間時間の貸し出しをお願いします。妻にも効果を適用してください」

そうすると、人、鳥、乗り物の動きなどが止まり、海のさざ波でさえ止まった。ん〜、自然の動きは止まらないでほしいなぁ。そうだ。私はまた例の黄色いボタンを押しながら、

「時間の貸し出しを5分延長でお願いします。でも、妻と自然の動きは止めないで下さい」そうすると、海の水や風などは再び動き出した。すると妻は、

「わぁ! 私達だけで静かに自然の風景を楽しめるのね! 最高!」全く、妻の心は少女のままである。そうやって呆れながらも笑っていた時、急に心臓に痛みが走った。苦しくなった私は地面にへたばった。

「あなた! どうなさったの!」

「急に……心臓が……救急車を呼んでくれ……」焦った妻は携帯電話を取り出して、「あと1分経てば時間停止が解除されて救急車を呼べるから、あなた、もう少しの辛抱よ、頑張って」

そうしてるうちに電話が繋がり、私は安心したのか気絶した。

気づいた時には私はベットに横になり、体の左側には涙ぐんだ妻がいた。

「あなた、大丈夫? 急に倒れて救急車で運ばれたのよ! なんとか命に問題がなくてほんとによかった……」そう安心するも泣く妻に私は聞いた。

「あの……ズボンのポケットに入っていたリモコンは……」「ああ、あのリモコンね。あなたが救急車で運ばれてる間にショートして壊れてましたよ。でも、あれは時間銀行さんの物だから家に帰ったら返しに行きましょう」

そして、北海道旅行から帰ってきた私達は私が初めに行った時間銀行を再び訪れた。しかし、そこに入るなり銀行員さんが

「この度は、誠に申し訳ございませんでした!」といきなり土下座してきた。

「ど、どうしたのですか?」私は聞いた。

「実は、お客様が北海道にご滞在の間に時間の貸し出しをご利用された事を聞いたのです。実はその時、時間銀行の貸し出しシステムが何者かによって"時間の貸し出しをする度に寿命が非常に短くなる"というハッキングを受けていたのです。なのでそれに気づいた私達は急遽ATMを停止させ、リモコンも全て故障させたのです。そして、再発防止の為に時間銀行そのものの営業をやめる事も決定したのです。そうすれば、お客様の命が短くなる事もなくなります。」

「だから、あの時リモコンがショートしてたのね!」妻が驚いたように言った。

「お客様の命がご無事でよかったです。本当に申し訳ございませんでした。そして、ご利用ありがとうございました‼︎」最後はそう威勢よく銀行員が言った。

「まあ、妻との大事な時間も過ごせたし大切なものを学んだから……いっか!」

「もう、あなたってば昔から楽観的なんだから!」

そう妻に言われ、そこにいたみんなで笑った。

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