第2話 モフモフ狼

 村から妖哭山までの道のりは、疲れと飢えに塗れ、山の主への恐怖を臓腑にたっぷりと満たした村人達には途方もない苦行であったが、それは今宵生贄として捧げられるひなに比べればどうと言う事はなかっただろう。

 かつて大狼が生贄を欲し、その旨を村人達に告げて来た折に、妖哭山をいくらか分け入った所に建てられた小屋があり、そこへ生贄である少女を夜の内に運び込むという事が決められている。

 その慣例にならい、村人達は大事な生贄であり、村の救い主となるひなを連れて来たのだ。足を踏み込めば滅多に生きては帰れぬと噂される妖哭山であったが、大狼の加護なのか、夜に騒ぐ妖魔達が牙を剥いてくる事はなかった。

 大狼が住むとして恐怖の象徴となっているこの山には他にも、大小無数、種々様々な妖魔達が住み着いていて、退魔の法力や技を持たぬ人間にとっては、死地にも等しい。

 白い世界に暗黒と穿たれた地獄と繋がった穴とでも言うべき場所なのだ。

 とぼとぼと歩くひなの前後を固める村人達も、かちかちとひっきりなしに打ち合う歯の音を止める事は出来ず、またそれを咎める者もおらず、一刻も早くこの場から逃げ去りたいと考えている事が、強張った表情から伺える。

 山へとひなを連れてゆく役目を負わされた者達は己の非運を嘆くばかりで、今日を生の最後とする少女を気遣うものは一人もいない。元より村に居場所が無く、誰も心を砕くことをせずにいた子だ。

 もし、ここ数年豊作が続き、村人達の生活と心に余裕があったなら、ずいぶんと違う生活を送れていただろうが、実際には村人達は一人の例外もなく腹をすかし、喉をからからに乾かせ、今日を生きるのが精一杯と言う日々が続いてきた。

 そんな日々で、たいして役に立つわけでもなく、身寄りもない子供に眼を掛ける余裕のあるものなど村に居る訳もなかったのだ。

 だから、ようやくこのひなというどうでもよい少女が村の役に立つと分かって、喜ぶ者は居ても悲しむ者は居なかった。

 ひなを数年育てた村長やその連れ添いでさえ、ひなの死を悲しむ気持ちはわずかもないだろう。

 そして、不幸な事にひなは村人達が自分に対して何を期待しているのか理解するだけの聡明さと、運命を諾々と受け入れる自暴自棄に近い心の動きがあった。

 村長や村人達の、常に冷たく何の価値もないものを見る視線に晒されてきた環境や、父母を失い世界の中でただ一人となった事から始まった孤独が、ひなの精神に常人ならば歓迎せざる影響を与えていた事は明白であろう。

 命乞いや恐怖、悲しみの言葉を口にせず、村を出てから一言も喋らずにいたひなが、誰の耳にも止まらずに消えてしまう小さな、あっ、という言葉を零したのは、松明を手にした先頭の村人が、見えたぞ、と囁くのが聞こえたからだ。

 しっとりと肌に吸い尽く様な湿り気に満ちた山の夜気の中、鬱蒼(うっそう)と茂っている木々の中に埋もれる様にして、小さな小屋が建っているのがひなの目にも見えた。山の妖魔達に荒らされてはいないようで、月明かりに照らされる小屋に、目立った損壊はない。


「おい」


 ひなのすぐ前で、鍬を抱えていた村人の男が背後のひなを振り返って横柄な声で呼ぶ。ひなを名前で呼ぶ者は村にほとんどいない。それはひなが逃げ出さないように連れて来た村人達も同じだった。

 ひなを大狼へ生贄に出すと集めた村人達の前で告げた時に、もっと早く生贄を出していればと、血を吐くような声を絞り出し、見つめられた者の背筋に冷たいものを流させる、冷え冷えとした眼でひなを睨んだ男だ。

 一か月前に、まだ三歳の次男坊が骨と皮になって死んだばかりだった。


「はい」


「あの小屋が大狼様のお住まいだ。お前はあそこで大狼様がいらっしゃるまで待て」


「……」


「言っておくが命乞いをしても無駄だぞ。まだ子供で碌に仕事も出来ねえお前を、ここまで育ててやったのは村長だ。いわば、お前の命は村長、ひいては村のものだ。村長が生贄になれと言ったのだ。お前に拒む事はできねえし、しても意味がねえ」


「分かって……います」


「ならいい。おれらはこのまま村へ帰る。間違っても逃げ出そうなどと思うな。昔、生贄が逃げ出した時、大狼様は大層お怒りになられて、近くの村の者達が三十人も殺されたそうだ。しかも一人も食わず、ただ見せしめの為に殺されたのよ。お前より小せえ子供もおったそうだ。まあ、せめて腹一杯食って、綺麗なべべを着せてもらえただけありがたく思え」


「はい」


 心をどこかに置き忘れてしまった声で、ひなは答える。まだ十になるかどうかという子供が出してよい声ではなかった。また、その声の奥深くに込められた思いを、村人達が聞き取る筈もなかった。

 大狼の牙と爪に引き裂かれる少女の運命を思うよりも、役目を終えてようやく帰れる事へとの喜びの方が、遥かに勝っているからだろう。

 恐る恐る開いた戸の中へひなを押し入れて、安堵の息を吐きながら去ってゆく村人達の気配を感じながら、ひなは月明かりが射しこむ小屋の中を見回した。水甕も囲炉裏も竈も何もない。

 住むのが狼の妖魔なのだから、人間の生活に必要なものが無いのも当然ではあるが、閉ざされた空間に自分一人だけが取り残された事が強調されて、ひなは胸の苦しくなるような錯覚に襲われていた。


「ここが、大狼様の……」


 呟いた自分の声が、いやに大きく聞こえた。夜風に揺れる木々や草花が触れ合うかすかな音、わずかな虫達の鳴き声が聞こえるだけで、しんと静まり返った小屋の中は、息苦しく肌を刺す様な雰囲気に満ちていた。

 ただ立っているだけというのもいたたまれず、ひなは草鞋を脱いで板敷きの床に上がり、背を壁に預けて腰を下ろした。冷たい板張りの床が心地よい。

 抱えた膝に額を押し付けて、ひなは一人静寂に耐えた。

 村長に生贄となる事を了承した日の夜、ひなは村長の家で最後の晩餐と、今着ている衣服を与えられた。かねてから大狼に生贄を捧げる前夜、生贄役への最後の慈悲と、大狼の気に召す様にと代々行われてきたことだと、村長は告げた。

 ひなの最後の晩餐にはどこに蓄えていたのか、木椀に山盛りの麦飯や、沢庵、焼いた川魚の干物にわずかな山菜と、ひなが初めて口にする馳走が並べられ、袖を通しているこの小袖や緋色の袴も、初めて目にしたほど上等な代物だ。

 餓えた村の最後かもしれぬ食料も、見た事もない上等な着物も、ひなの心を弾ませる事はない。どちらとも、大狼が生贄を気に入るようにと、過去、生贄を捧げて来た村の人達が考え出した事であり、決して生贄役への慈悲故ではないと分かっていたからだ。

 昼ならばどこまでも広がる緑の連なりが視界を覆う山だというのに、いやに虫の鳴き声や梟の声が乏しいのは、やはり大狼様のお住まいの近くだからなのかな、とひなは独り言を零す。

 聞いた話では、大狼は牛馬よりもさらに大きな体で、猪や熊の首も一噛みで噛み千切る牙や、武芸者の身に付けた鎖帷子を濡れた薄紙のように切り裂く鋭い爪を持つという。

 その毛並みは食い殺した獣や妖魔、人間の血で常に赤く濡れ光りもとは何色だったのか知る者はないと言う。青い双眸は決して満たされる事のない飢えや殺戮の願望に輝いているという。

 山の獣や人間のみならず妖魔さえもその牙と爪にかける凶暴性は、時に誇張され、時に過去の事実と共に長い事語り継がれ、色褪せる事はなかった。

 ひなの両親がまだ健在だった折に、寝物語に大狼の話を聞かされ、盛大に寝小便をしたのも、今思えばよい思い出だ。恥をかいたのは確かだが、それでもまだ優しい父母が居た頃の記憶には違いない。

 常に笑顔を絶やさなかった母と、元は旅の武芸者だったという寡黙な父。二人と過ごした五年間の半生こそがひなにとって本当の人生であり、父母が死に、村長に引き取られてからの五年間は死んでいるのと同じような日々だった。

 もしも大狼の生贄に選ばれなかったとしても、村は飢餓によって餓死者を出し、やがて荒廃してゆくだろう。

 なんらかの奇跡の様な事が起きて今の飢饉を免れても、ひなの暮らしは辺鄙な村の最低辺のまま、灰色の生活が続くだけなのは間違いない。

 ならいっそ、大狼に食べられ、村を救う方が、まだ生まれてきた意味と言うものが感じられるような気がする。

 その考えは、これから自分が恐ろしい大狼に食われて死ぬ事への恐怖を、わずかでも紛らわせる為に、ひなの心が自然と諦観や絶望といった感情に流されていることの表れかもしれなかった。

 狼の妖魔に食べられて、その体の血肉になって消えてしまう。それで、いいのだ。そうすれば村は救われる。

 少しくらいは、村人達もひなに感謝の念や憐憫の情を抱いてくれるだろう。ひなが生きている間は決して望めぬそれらを、死んで初めて向けてもらえる。

 その事に、一抹の悲しみを覚えないでもなかったが、夜が明けるのを待たずに死ぬ自分の運命を思えば、何を考えても無駄なのではないかと、ひなは頭の中でぐるぐると何度も同じような事を考え続ける。

 考える事くらいしかする事が無いのだ。逃げ出そうという気持ちにはならなかった。

 何度も村長や村人達に逃げてはならぬと念を押され、また逃げても大狼の牙から逃れられた者が、今まで一人もいなかったという事実、そして自分自身の未来への諦めが、ひなの小さな胸の中で絡まり合い、生への執着とはならなかったのである。

 はあ、と聞く者がいない溜息を何十度目か零した時、不意に、虫の鳴き声がぱったりと絶えた。

 耳が痛いほどの静寂が突如舞い降りた様に、あるいは音と言うものが無くなってしまったかの様に静まり返った周囲に、ひなの心臓が大きく跳ねる。

 なにかが、近づいて来ているのだ。虫達が鳴く事を忘れてしまう、何かが。

 何か? 

 それは正体の分からぬモノ、未知のモノに向ける言葉だ。ここがどこか、何の為に自分がここにいるのかを考えれば、『何か』がなんであるかはおのずと分かる。

 山の妖魔さえも食い殺すという大狼の塒に近づくものなど、主である大狼以外に在る筈もない。万が一にも、ひなを憐れんだ村人が助けに来たという可能性を、ひな自身まるで考えていない。

 がたり。

 戸が揺れる音。

 どくんどくんどくん。

 ひなの心臓が激しく脈動し、熱い血潮を体中に巡らせる音。

 揺れる戸と自分の体の中から聞こえてくる音とに、ひなの鼓膜は揺さぶられ、は、は、と恐怖に震える小さな唇は短く息を吐く。指の先まで鉄か何かに変わってしまったように体が強張っている。

 がたり、がた、がた、と忙しなく戸が揺れ、それまでの騒音が嘘のように、静かに開かれて、それがぬっと顔を覗かせた。


「あ、ああ……」


 開かれた戸から差し込む月光を、真珠の粒の様に煌めかせて纏う白銀の毛並みは、ひながこれまで目にしてきたあらゆるものの中で、最も美しかった。

 山の稜線を黄金に照らして行く朝陽よりも。

 夜の暗闇を白々と照らす月光よりも。

 降り積もった白雪の中から顔を覗かせる小さな花の花弁よりも。

 美しかった。恐怖を忘れ、絶望を忘れ、食い殺されても良い。食い殺されたいと思わず願ってしまうほどに。

 牛馬よりも大きいという話は嘘ではないようだった。立ち上がればひなの三倍か四倍はあるだろう巨躯。今は固く閉ざされている口は、簡単にひなを丸のみにできる大きさだ。

 ゆっくりとした動作で小屋の中へと入り込む。ひなに対して警戒心を抱いていないのか、興味深げに顔を向けたまま、一歩一歩と歩み寄る。警戒心を抱いていないのは当たり前だろう。自分の為に捧げられた美味な生贄なのだから。

 足音一つなくひなへと近づいてきた大狼が、ちょうどひなを真正面から覗きこむ位置で腰を下ろし、まっすぐにひなの黒瞳を見つめて来た。

 ひなは大狼の瞳にまっすぐ見つめられ、その青い瞳には自分がどう見えているのかと、気になった。

 美味しそうに見えているといいけれど。

 深い知性が感じられる大狼の瞳に、ひなはふと、村々に伝わる大狼の話は本当なのだろうかと疑問に思う。

 それほど、目の前の銀色の狼の瞳は、穏やかで、村の人々よりもよほど優しい眼差しに感じられる。

 だが、それでも、ひなはこの狼に食べられなければならない。はたして大狼が何に対して怒りを抱いているのかは分からぬが、自分が食べられる事でその怒りは解ける事だろう。

 言わなければ。自分が、貴方に食べて頂く為の生贄だと。私を食べて、お怒りをお鎮め下さいと。

 村長が、村の皆がそれを望んでいる。自分が食べられて村の生活が元通りになる事を。戻ってきた生活の中に、ひなが居なくても何も困りはしない。悲しむ事もないだろう。

 いたいけな子供を差し出した事を嘆く者も、ひなの死に涙を流す者も、誰ひとりとしていないに違いない。

 だから


「あ、あの、大狼様。わた、私は苗場村の、ひなと申します。……私を、お食べになって、どう、どうか、お怒りをお鎮め下さい。以前からの、お約束通りに、生贄として、私が、え、選ばれました。この、体を余さず、血の一滴、肉の一片、骨のかけら、髪の一本まで、捧げます」


 言った。言ってしまった。あの大きな口で頭から食べられてしまうのだろうか。それとも足からか、手からか、腹からか。大狼の名前に相応しい大きな体なら、残さず食べ尽くしてくれるに違いない。

 喉を鳴らす事もなく黙ってひなを見つめる大狼の姿は、それは恐ろしくひなの目には映っていた。また、耳に痛いほどの静寂の帳が落ちる。大狼が動いた時が、ひなの命が尽きる時だろう。せめて、あまり痛くないと良い。

 それだけが、ひねのささやかな願いであった。だが、その願いは叶わなかった。

 おもむろに、大狼が口を開き、槍穂のように鋭い牙と炎のように赤い舌が覗く。


「話は分かった」


「え、あ、大狼様、言葉を?」


 落ち着いて考えれば、過去に村人達に生贄を要求してきたのは大狼の方と言う話だ。ならば、目の前の大狼が言葉を操って何の不思議があろう。

 年若い青年の声と聞こえるが、月下の波一つない湖面を思わせる様な、清澄とした響きがある。大狼が人間であったなら、さぞや見目麗しく、世界の真理に挑む学徒の様に知的な青年の姿をしていたに違いない。

 ひなは慌てて平伏し、大狼の次の言葉を待つ。話が分かったというのなら、ひなを食べるという事だ。


「ところで、ひなとやら」


「は、はい」


 怯えに震えるひなの返事に続いた大狼の言葉は、大きくひなの心を揺るがすもの

だった。


「そう畏まらなくてもよいのだが、生憎と私は君の言う大狼とやらではない」


 眼の前の巨大な狼の言っている事が、ひなには分からなかった。いや、確かに耳には届いたのだが、聞こえてきた言葉を理解したくなかったというべきか。

 思わず体を起こし、食い入る様にして銀色の毛並みを持った狼へ問うた。質問の声は、悲痛な叫びに似ていた。


「え? で、ですが、ここが大狼様のお住まいだと聞かされました。貴方様が大狼様でないのなら、大狼様は、どちらへ? 私、困ります! 大狼様に、私を食べていただかないと、村が、村の皆が」


「なにやら事情があるようだが、その願いはもはや叶うまい」


「ど、どうしてですか?」


 その答えを聞いてはいけないような気がしたが、ひなは聞かずにはいられなかった。銀色の狼は、変わらぬ静かな瞳のままひなに答える。


「いつの事だったかな、大狼は私が滅ぼしたからだ。奴はもうこの世にはおらぬ。怨念や妖気の類がこの世に漂っているわけでもないから、魂もとうに冥府へ運ばれている筈だ」


「え、え、え? あの、滅ぼしたって、大狼様が、もう、この世にはいないって……」


「事実だ。話を聞いた限りでは奴への生贄だそうだが、その大狼が滅びた以上、生贄は必要あるまい。夜は危険だから、朝を待って村へ帰ると良い。良ければ麓まで送ろう」


「そん、な」


 呆然とするひなに痛ましげな視線を送る銀色の狼は、ひなの顔色が徐々に暗くなるのに気づき、訝しい思いを抱く。生贄に選ばれて相応の覚悟を決めて来たのは分かるが、自分が助かると分かった以上、少しくらいは喜んでもよいだろう。

 なのに、ひなと名乗った少女は、明るい顔色になる所か、陽に焼けた顔をどんどん青ざめたものに変えているではないか。

 狼の妖魔である以上、自分には人間の心の機微はいま一つ分からぬものだが、ひなの様子がおかしいという事くらいは分かる。


「どうした? 命が助かるのだ。喜べとまでは言わぬが、そう悲しそうにする必要もあるまい。大狼の奴に食われねばなにか困るのか? 好きこのんで自分の命を差し出す習慣が、人間にあるとは耳にした事が無いぞ」


「わ、私だって」


「うん?」


「私だって、本当は、食べられたくなんか、ありません!」

 

 それまで心の奥深くへと押し込み、固く蓋をしていた筈のひなの生きたいという本音が爆発し、言葉となって外に飛び出た。銀色の狼は、はたりと一度左の耳を動かしてひなの叫びを聞いている。

 目の前の少女の小さな胸の中に溜まっていたものが全て吐き出されるまで、聞くつもりであるらしい。


「ほ、本当は、食べられるのは、す、すごくこわ怖くて。だけど、私が食べられないと、日照りが、治まらないから、大狼様の祟りで、村の、みん、皆が飢えて死んじゃうから、だから、私、生贄になるって決めたんです。と、とっても怖いけど、お父さんもお母さんも死んじゃった私に、居場所、なんてないし、村の人達もそれを望んでいる、から。食べられて来いって、皆の目が言うんです。お前が死んでも困らないんだぞ、て。う、ぅうう、ううえぇえぇぇ…………」


 がっくりと項垂れて、銀色の狼の目を憚ることなく泣き叫び始めたひなを、黙って銀色の狼が見つめていた。青い双眸には純粋な労わりと憐憫の情の光が浮かんでいる。この銀色の狼、人間に近い精神構造を持っているのかもしれない。

 ひなが泣き止むまで、銀色の狼はその場に伏して待ち続けた。


「村長様、源三さん、たけさん、ときさん、三平さん、村の皆が、自分の所の子供じゃなくて良かったって、私が、大狼、様に食べられるんなら良かったって思っているのが分かるから、私、大狼様に食べられる為、に生まれてきたみたいで、そんなの、そんなのは」


「そうか。それは悲しいだろう。苦しいだろう。辛いだろう」


「ひっく、うく、ううぅ……」


 疑う余地のない労わりに満ちた声に、心の堤防が壊れたのか、ひなの涙はとめどなく流れ続けた。


「うぁああああ~~~~んん」

 

 小屋の中に、誰に憚ることのないひなの泣き声が長く尾を引いた。

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