人嫌いな悪名大公と捨てられた元・公爵令嬢の婚姻
わたぬき ねる
それではどうぞ
「コーデリア・ミッドール!貴様の性格にはもう辟易した!婚約は破棄だ!その変わり、大公領に行って公爵令嬢としての役目を果たしてこい!」
王家主催の華々しいパーティーの最中、金髪碧眼の見目麗しい男が銀髪碧眼の少女に向かってパーティーを遮るように声を上げた。
傍らにいる可愛らしい女性の腰に手を回し、私のことを睨みつけるように見る。
私の婚約者である公爵家嫡男、レルウィルド・ミエールだ。
「……レルウィルド様。両家と話はついているのですか?」
「ふん、話すまでもないわ。ミッドール公爵とはもう既に話はついている。貴様は既に大公と書類上夫婦だ」
…そうだったのね
産まれる前から両家の取り決めで婚約は決まっていた。そして産まれてからはレルウィルド様の妻、立派な公爵夫人になるための教育を現ミエール公爵夫人に叩き込まれてきた。
それはもう厳しく、18年間ずっとずっと耐えてきた。
それがこんなにもあっさりと、男爵令嬢のアミィという可愛らしい少女に奪われてしまった。
アミィという少女は勝ち誇った表情で私を見てくる。
思わず震えそうになる身体を必死に抑え、レルウィルド様の方を見る。
きっとこれで最後なのだろう
「わかりました。では失礼させて頂きます」
「さっさと消えるといい」
頑張れ、私
自分で自分を励まし、必死にレルウィルド様に向かい淑女の礼をとり、パーティー会場から逃げるように庭園に向かう。
先程のパーティー会場とは打って変わって静かな庭園に来た私は、思わずその場にへたりこんでしまった。
わなわなと両腕が震える。……もう、我慢しなくていいんだ。
「〜〜〜、、、ッ」
声が漏れてしまう。ダメだ、もう抑えきれない。
周りに人が居ないことを確認した私は、思いっきり叫んだ。
「いやったわぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
思いっきり叫んだ。天高く両手を挙げ嬉しさを爆発させる。今日この良き日に!どうして喜ばずにいられると言うのであろうか!
産まれてから早18年。あのレルウィルドとかいう悲劇のヒーロー気取りのクソ婚約者に振り回され続けてきた。
クソが!と何回言いかけた事か。
私との婚約を「私は産まれる前から自由な恋愛が許されてなかったのだ…」と言い、それを大義名分のように使い女遊びに明け暮れ、私がほかの男子生徒と少し話すだけで「私の婚約者は私を裏切るんだ…」と言って女に慰めを受ける様なヤツ(クソ)
しかも全て私が公爵夫人になるための教育を受けているさなかの出来事である。私が必死こいて現ミエール公爵夫人に教えを受けている時に、あのクソ野郎は女遊びに熱中していたのだ。なんと言う奴だ。後ろから何度も刺そうと思ったが刺さなかった私に跪いて感謝して欲しい。私ほど慈悲深い人はいない、絶対。
男爵令嬢のアミィとかいう小娘にやたら熱を上げていると気付いた私は確実になにか起きると思い、色々と調べていた時だった。
……なんとあの野郎、一線を越えたのだ。
私もその事実を知った時は流石に驚きすぎて言葉が何も出なかった。そしてあろう事か避妊をしていなかった為、子が出来てしまったのだ。私もそこまでクソだとは思っていなかったが、アレはどこまで行ってもクソだった。
醜聞どころでは済まされない息子の愚行を知ったミエール公爵夫妻はそれはもう光の速さで私の実家・ミッドール公爵家にダイヤモンド鉱山を渡す事を条件に婚約破棄し、私に何か言われる前に私の実家と結託し内密に大公様と婚姻を結ばせた。
正直私的には願ったり叶ったりな状況だった。
私は病気で亡くなってしまった前ミッドール公爵夫人の子供であったため今の現ミッドール公爵夫人とその腹違いの弟・妹には嫌われていて実家での良い思い出なんてものは無いし、レルウィルドなんて言うまでも無くいい思い出なんてものはない。
もうこの上ない開放感!
「紆余曲折18年……頑張った甲斐があったわ………」
こうしてはいられない。きっと家に帰ったら絶縁されるのがオチだ、さっさと荷物をまとめにいかないときっとお母様の遺品まで捨てられてしまう。
お母様というのは、もちろん前ミッドール公爵夫人の事だ。私のお母様はその人1人だもの。
歓喜に震える身体を必死に起こし、私は待機させておいた馬車へ向かう。
「コーデリアお嬢様、行先はどちらで?」
「取り敢えずうちに帰るわ!大急ぎで頼むわよ!」
「お任せ下さい」
馬車を走らせるこのメイドは私が10の時に自分で雇ったメイドだ。名前はエルと言う。
情報収集といった分野に長けていて、レルウィルドが男爵令嬢に熱中して子を成してしまったことや、ミエール公爵家とミッドール公爵家の情報を集めてくれていた。
「大公様と結婚ね〜……」
大公様。名前はエイドリアン・フィンリーという。
歳は28、現国王の腹違いの弟。人嫌いと有名で、跡継ぎには既に7歳の養子を迎え入れている。
そして何より屈強な肉体と長く伸ばしている黒い髪によって人を寄せ付けていないのだ。
言ってしまえば図体が大きくて髪が長いためお化けのように扱われ、人嫌いな性格も相まって貴族社会では煙たがられている。乱暴な性格だという噂もあるような、悪名高い人だ。
これが私のメイド、エルが集めてくれた情報だ。
自分の子を産んだとしても跡継ぎには出来ず、貴族社会からの嫌われ者で悪名高い人に嫁ぎに行く女性なんていないだろう。
だが私からしたら優良物件だ。人嫌いなら関わらなければ良いし、子供は好きだ。公爵夫人になるための教育を受けていたんだ、少しは勝手が違うだろうが大公妃くらいやってみせようではないか。
それに……
「あのクソ野郎よりはマシよ……」
婚約者がいながら他の女を孕ませる様な真似をした奴よりマシだ。大公領は度々魔獣被害に見舞われるが、自然豊かで落ち着いていて私は好きな土地だ。
目まぐるしく変わる景色を眺めながら物思いにふけていると、ミッドール公爵邸に辿り着いた。
「コーデリアお嬢様、もしもの為にと必要最低限の物は門の左手の隅に置いてありますが私が取って参りましょうか?」
「いいわ、自分で取ってくる。これで最後だもの、ありがとう、エル」
なんとできるメイドなんだ。
私は急いで門に向い、左手の隅を探すと荷物が置いてあった。中を確認すると、ちゃんとお母様の遺品があった。その他貴重品や売ればお金になるだろう物も入っていた。さすがエル。
…よし、とバックを持ち上げてエルが待つ馬車に向かおうとした時。
「そんな所で意地汚いこそ泥の様に何をしていますの?」
ハッとして声が聞こえた前を見るとそこにはミッドール公爵夫妻が仁王立ちしていた。会った所で嫌味を言われるだけだからと、会わずに大公領に行こうと思ってたのに…と心の中で嘆く。
「荷物を取りに参りました」
公爵夫人の方を若干睨んでそう告げると、夫人は私の頬を力いっぱい打った。
じんじんと頬が痛い。手加減というものを知らないのね
「汚らしい子。今後一切公爵家には関わらないでちょうだい」
「コーデリア、私はお前がその様な娘だとは思っていなかった。もう二度と公爵家の敷居は跨ぐな。そしてお前と私はもう親子ではない」
「…わかりました。今までお世話になりました」
そう言って私は身を翻し、今度こそ馬車に向かった。
ダイヤモンド鉱山1つで娘を売ったくせに、なんて心の中で毒を吐いた。
馬車に戻るとぶたれた頬をエルに酷く心配されたがそんなことはもうどうでもいい。
早く大公領に向かいたかった。早く、この忌々しい記憶が多く残る王都から去りたかった。
そして3時間程馬車を走らせ、魔導トンネルを通過し大公領が目前に迫った所で私はエルが走らせる馬車を止めさせた。
「……エル、ここまで来てくれてありがとう。貴方にここから先を付き添わさせる訳には行かないわ」
「コーデリアお嬢様!?何を仰るのですか!」
「貴方は王都に妹がいるでしょう?大公領に来てしまっては王都の様に最新の治療を受けさせられないし、貴方にはここまでしてもらったわ。もう充分すぎるくらいなのよ」
私はバックの中からそこそこお金になりそうな宝石を探し出し、エルの手のひらの上に置いた。
「これで暫くは大丈夫なはずよ、エルの事を雇いたいと言っている仕事先の資料をエルの家に送っておいたわ。どれも好条件のはずだけれど、なにか不満があったら手紙を送ってね」
私が微笑むと、エルは悔しそうな顔をした後に私の前に跪いた。
「私の心は常にコーデリアお嬢様と共にあります。何かあったらすぐにお呼びください。どこへでも行ってみせます」
「ふふ、ありがとう。とても頼もしいわ」
「王都の様子も定期的に手紙にして送ります」
「いいの?」
「もちろんでございます」
「エル、元気にね、病気はしないように気を付けて。妹さんが回復することを祈ってるわ」
私はエルが乗せてくれた馬車に背を向けて大公領に向けて歩き出した。
大公領の冬は寒い。
馬車の中でささっとパーティー用のドレスから着替えたこのワンピース風のドレスじゃ凍えてしまうと後悔し、バックに羽織るものは何かないかと思い探したが何も無かった。無念
立ち止まっていては寒いままだからと歩き始める。
さっき継母に打たれた所が冷気に当たってヒリヒリと痛む。でも我慢しなくては。
折れそうになる心を必死に奮い立たせた。あのクソ野郎と離れられたんだ。こんな所で負ける訳にはいかない。
凍えそうになりながら必死に歩き、関所を通り、やっと大公領の城に付いた。
大公とだけあってとても大きいお城だ。寒さでかじかんだ手を擦りながら城を見上げる。
門番らしき人物に、コーデリアという者なのですが、と声をかけるとあっさりと城の中に入れてくれた。
絶対に渋られると思ったのに少し拍子抜けしてしまった。
中に入ってみるとそこはとても広く、暖かかった。
使用人さんをあまり見かけないのは大公様が人嫌いだからだろうが、エントランスはとても綺麗で掃除が行き渡っていた。
心までじんわりと暖かくなって行くようで涙が出そうになった。
「…コーデリア・ミッドールか?」
急に後ろから声を掛けられ、びくっと驚き後ろを振り向くと、私より遥かに背が高く屈強な身体を持った男性が立っていた。
…大公様だ。と本能が言っていた。
「夜遅くに申し訳ございません、コーデリアと申します。ミッドール公爵家とはもう何も関係が無くなったので、どうかコーデリアとお呼びくださいませ」
私の頬の打たれた跡が目に入ったのか、大公様はピクリと肩を揺らした。
しまった、少しくらい隠しておくんだったわ。
そう思い頭を下げた。
「お見苦しい姿をお見せしてしまって申し訳ございません、どうか本日のみお許しください」
「良い、こんな所に嫁ぐことになって心底不幸だろう」
その言葉に私はパッと頭を上げた
「そんなことございません!世界一の幸せ者です!」
大公様は何を言っているんだ?と言うように私を見てきた。だってそうなんだもの。
「あのクソや______」
そう言いかけた時、エントランスの暖かさも相まって私の体力と気力が限界に達し、気を失ってしまった。
気を失いかけた時、慌てる大公様と包まれるような暖かい温もりを感じた気がしたがそれが夢なのか現実なのか、その時の私には区別がつかなかった。
______
次の日
「おとうさま」
「どうした?」
「おかあさま候補が来たって、ほんとう?」
朝食を食べている最中に、まだ7つのジェイミーがそんな事を言う。
「お母様候補の人達では無いよ、本当のジェイミーのお母様になる予定の人だ」
「へぇ!どんな人かなぁ、うえから降ってこない人だといいねぇ!」
「………そうだな」
うえから降ってくる、というのはジェイミーが言った“おかあさま候補”の人達がやってきた行為だった。
貴族社会で嫌われていても腹違いでも私は王弟。
魔術師を使い、薄着を着て私の所に飛んでくるような令嬢も割と居たのだ。……そしてそれをジェイミーは何度か見掛けている。
教育に悪すぎると魔術障壁を城に張りそれからはそんなことは起きなくなったが、未だにうえから降ってくる、と言うあたりジェイミーは覚えているのだろう。
昨夜突然現れたコーデリアという名の少女はひどく憔悴していた。
ドレスはフィンリー大公領向きの物では無かったし、なにより頬が赤く腫れており、打たれたのだなとすぐにわかった。
現国王、シュート兄上と公爵家達からの打診で婚姻を結んだが初めての顔合わせがこんな事になるとは思ってもいなかった。
メイドを1人も連れて居なかったし、馬車ではなく徒歩で来た様子。
婚約者とは円満に婚約破棄をしたと聞いていたが、確実に何かあったと思わざるを得なかったし、公爵家とは何の関係も無くなったということはどういう事なのだろうか?
そして、こんな私と婚姻を結ぶ事を嫌がるどころか世界一の幸せ者だと言う。
銀髪碧眼で儚い印象を匂わせる令嬢だったが、言葉と態度には気品と強さが滲み出ていた。
「……はあ」
思わずため息を付いてしまう。どう接したらいいものか。
兄に確実に王になってもらいたいが為に嫌われ者になり続けてきたが、伴侶にどう接したら良いのか分からない。
頭を悩ませていると、ジェイミーが嬉しそうに声を掛けてきた。
「おとうさま!」
「なんだい?」
「おかあさまにあいにいってもいい?」
「…」
「いまここにいるんだよね!?」
「ジェイミー、……」
まだ昨日の疲れが癒えて居ないのでは、と伝えようと思ったがどう言えばいいものかと答えあぐねていた時
「おはようございます」
話の中心人物、コーデリアの声が聞こえた。
______
朝。私は知らないベッドの上で寝ていた。
枕元には着替えが置いてあり、頬のぶたれた傷には処置が施されていた。
「……大公様だわ」
昨日の包まれるような暖かい温もり、あれは夢なんかではなく…と思うと少し恥ずかしくなった。初対面なのに醜態を晒してしまった。
置いてあった着替えはとても暖かくて尚且つ動きやすいドレスだった。
私は大公様を探しに部屋から出ると、すぐに1人のメイドに出会った。
「あ、奥様!ドレスはどうですか?」
「え、あぁ、暖かくて動きやすくてとても良いわ。貴方は?」
初老と言った感じの気品のあるおばさまだ。
奥様と呼ばれるのに慣れなくて少し戸惑う。
「これは失礼致しました!私はこのフィンリー大公城メイド長を務めておりますソフィアと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「まあ、そうだったの。こちらこそどうぞ宜しくね、ソフィア。ところで大公様はどちらにいらっしゃるかしら…?」
「今はジェイミー様と朝食をとられておりますので食堂にいらっしゃいますわ。宜しければご案内しましょうか?」
「おねがいするわ」
気さくな感じの良い人だ。大公城の人達に嫌われていたらどうしようかと思っていたが少しほっとした。
そしてメイドのソフィアに案内されて食堂に行くと、ジェイミー様と大公様の会話が少し聞こえてきた。
案内してもらったソフィアに礼を言うと、私は思い切って声をかけてみた。
「おはようございます」
すると大公様とジェイミー様がほぼ同じタイミングでこちらを振り向いたため少し笑ってしまった。
ジェイミー様はくるくるの茶髪に鮮やかな緑色の瞳でとても愛らしい印象を受ける少年だった。
「!おかあさま!?」
ジェイミー様が席を立って私に向かって駆けてくる。
奥様以上に呼ばれ慣れない言葉だが、これからはそう呼ばれるのだ。
私はしゃがんで走ってきたジェイミー様を抱き留めた。くるくるの茶髪がくすぐったい。
「これから宜しくね、ジェイミー様」
「ジェイミーってよんで!おかおの怪我どうしたの…?」
可愛らしいジェイミーが心配そうに私の頬を少し触った。汚らしい大人達ばかりの所に居たせいか心が浄化される音が聞こえる。
「少しぶつけちゃったの、すぐ治るから大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
ジェイミーの頭を撫でると嬉しそうに笑った。あぁかわいい。
暫くなでなでしながら癒されていると、大公様が咳払いをしてハッとした。
「大公様、おはようございます。昨夜は突然倒れてしまい申し訳ありませんでした」
「…いや、いい、気にするな。ジェイミー、まだ朝食が残っているだろう?嬉しいのは分かるが行儀が悪いぞ。コーデリア、は朝食は食べられるか?」
少し呼びずらそうに私の名前を呼ぶ大公様。
それが少し可愛らしく思えてしまった。
噂とは全く違う人の様に感じる。やはり人というのは実際に接してみないと分からないものだ。
「はい、お願いします」
ジェイミーに誘われジェイミーの隣の席に座った私は、その後一緒に朝食を食べた。
あんな状態だった私を気遣ってか、優しい味のリゾットが出た。
公爵邸ではあまり良い食事が貰えてなかったので、ここでもまた泣きそうになってしまった。
______
朝食が終わったあとに大公様に呼ばれて大公様の執務室へと向かった。
きっと色々聞かれるんだろう。私はもう公爵家の人間ではない、ただのコーデリアだ。
もしかしたら追い出されてしまうかもしれないと思うと怖くなったが、息を整えて事のあらましを話す決意をした。
向かいあわせでソファーに座った私と大公様。
「…今回の婚姻は、兄上…シュート国王と他の公爵家に打診されて受けたものだった、ということは知っているかい?」
「え!?そうなのですか…?ミエール公爵家とミッドール公爵家が関わっているのは知っておりましたが、国王様の事は存じ上げませんでした…」
知らなかった。エルからの情報ではその2つの公爵家が大公様に打診したという事しか。
…まさか、と嫌な予感が頭をよぎる。
「その2つの公爵家が国王に打診し、国王から私に打診が来たんだ」
「あぁ……」
きっとミエール公爵家とミッドール公爵家が嘘をついて国王様に打診したに違いない。
例えば、婚約者とは穏便に婚約破棄して年頃の良い娘がいるから大公様の相手にどうだ、とか
それがどれだけ重罪なことか分かっているのだろうか。
「…私の元婚約者のレルウィルド様は、私と婚約中に男爵令嬢と事を致してあろう事か子を成してしまったのです。それを知ったミエール公爵家が私の生家、ミッドール公爵家にダイヤモンド鉱山1つを渡した事で2つの公爵家が結託して内密に婚約破棄し、大公様と婚姻を結んだようです。そして昨日のパーティーで初めて婚約破棄を言い渡され、大公様と婚姻していたとも初めて本人の口から言われ、こちらに参りました」
それを聞いた大公様は絶句していた。
驚きすぎて声が出ていない様だ。
「君のサインがしてある婚姻届に私がサインしたのは一週間前のことなんだが…君のサインは偽造だったということか…?」
「そういう事になります、ね」
「なんてことだ……」
文書偽造に国王様への虚偽の申告……私でさえ知らなかったことがポンポンと出てくるから恐ろしい。
「もしや、絶縁届けなる物も本人のサインが必要ですか?」
「確実に必要だ。……それもサインしていないのか?」
「はい。“もうお前と私は家族ではない”と言われただけなのでもしかしたら絶縁届けなる物は出していないかもしれませんが、私の家族ならおそらくやりかねないかと…」
またもや絶句する大公様。
やはり私はここにいてはいけないのか、と思う。
「公爵令嬢でもなんでもない私を伴侶としても大公様に迷惑がかかるだけでしょう、大公様が言うのであれば出ていきます」
「まってくれ、そんな事は言わない。コーデリア、君こそいいのか?10も歳が離れているし、私は悪名高いエイドリアン・フィンリーだぞ?」
「一向に構いませんわ」
屈強な身体にも関わらずあわあわと慌てる姿が可愛くてしょうがない。微笑ましくてクスっと笑ってしまった。黒くて大きいクマが慌ててる、みたいな?
私は思い切って向いに座っている大公様の手の上に自分の手をのせた。
「大公様は私と伴侶になるのが嫌なのですか?」
「〜〜!」
大公様の顔がみるみるうちに赤くなる。その可愛さに私は思わず胸がきゅっとなった。
「そうではない……が、シュート国王には報告させて貰う」
「それはもちろん宜しくお願い致しますわ、大公様」
「……エイドリアンだ」
「?」
首を傾げると、大公様は片手で顔を隠した。
「良ければ、リアン、と呼んでくれ、もう私たちは夫婦なのだから」
「!はい!では私のこともリアと!」
「…リア、私は兄に王になってもらう為、わざと人嫌いを演じ悪名を轟かせて来た。だから伴侶にどう接したらいいのかよく分かっていないのだ。そんな事はしないと誓うが、…もしかしたら傷付けてしまうようなこともあるかもしれない…だから」
「ふふ、そんな時は私がちゃんと嫌だと言いますわ」
「…ありがとう、リア」
______
そうして私と大公様…リアンとの結婚生活が始まった。
それから1ヶ月、順風満帆でとても幸せな日々を過ごした。
リアンは噂のような人ではなかった。とても優しくて毎日私の事を気遣ってくれる。
ジェイミーとは出会って1ヶ月とは思えないほど仲良くなれたし、おかあさま!と呼んでくる姿はとても可愛く愛おしい。
リアンの長い黒髪を綺麗に整えると、何ともまあ綺麗な国王様と同じ金色の瞳が。そしてとても美しい顔をしていた。髪で隠していたなんてなんと勿体無い!と思いそれからは毎日私が髪を整えている。
ずっと前から好きだったピアノが大公城にあると聞いて、弾き語りしていた所をジェイミーとリアンに見られたのは少々恥ずかしかったが、2人とも私のピアノと歌声が好きだと言ってくれて、今では定期的に2人に弾いて聞かせている。
大公城の数少ないメイドや執事も私の存在を歓迎してくれて、問題なく仲良く過ごせている。
メイド長のソフィアが私とリアンの寝室を用意してくれて、2人で初めて一緒に寝た時はさすがに照れたが、私以上に照れているリアンが可愛すぎて思わずちょっかいを出してしまった。
今では毎晩寝る前には必ず今日は何があったか、何が楽しくて何が反省点すべき点なのかを話してから眠っている。最近では高頻度で眠りながら抱き締めてくれる。これが本当に幸せな気持ちになる。
……幸せだ。今の私は胸を張ってそう言える。
そんな折、王都にいるエルから手紙が届いた。
内容は自分の近況と王都の様子、そして私への気遣いの言葉で溢れていた。
無事好条件で再就職ができ、妹の症状も快方に向かっているらしい。
もし妹の病気が全快したら今の仕事を辞め、また私に仕えたいとも書いてあった。ふふ、エルらしいわ。
そして王都は今ある噂で持ち切りらしい。
噂というのは、ある公爵家の嫡男が婚姻すらしていない男爵令嬢を孕ませたという噂だ。
「あらあらまあまあ…」
私はエルからの手紙を読むと思わず笑みが浮かぶ。
私とリアンがこの1ヶ月なにもしていなかった訳では無い。
国王様と話し、なるべくレルウィルドとアミィの婚約の申請の承認を遅らせる事、それから1週間後の王家主催パーティーにて正式に私とリアンの婚姻を公表することだ。
レルウィルドも馬鹿なことをしたものだ。
国王様には穏便に婚約破棄をしたと2つの公爵家夫妻が説明して大公様…リアンと私の婚約を打診したのに、レルウィルドは王家主催パーティーで大勢の人がいる中、私に婚約破棄を言い渡したのだから。
不審に思わない方がおかしいだろう。
国王様と初めて会った時、確認不足だったとわざわざ頭を下げてくれた。弟に幸せな結婚をして欲しい気持ちが先走ってしまったのだと。
私はもちろん許したし、国王様のお陰で今の幸せな日々を送れていると感謝もした。
国王様は私とリアンの仲睦まじい様子を見て目を潤ませていた。
やはり自分のせいで弟が世間で悪名を轟かせていることを気に病んでいる様子だった。
そこで私は国王様と結託し、1週間後のパーティーでリアンがどれほどまでに素晴らしい人物なのか語る許可を得た。もちろん、リアンには秘密で。
国王様も国王になったばかりの時とは違い地位も確固たるものになったらしく、弟がどれほど素晴らしい人物か周りの貴族たちに知ってもらっても全くもって構わないとのこと。
そして待ちに待った王家主催のパーティー当日。
残念ながらデビュタントがまだのジェイミーは家でお留守番だ。でも家を出る前に私のドレスをとても褒めてくれて、一緒に行けないことをとても残念がっていた。
今日の私のドレスの生地は白のドレスなのだが、その上にリアンの瞳の色と同じ金色の刺繍を溢れんばかりにしてある。胸元はほぼ金色だが、下に行くにつれて白のドレスが見えてくる…と言った感じだ。
品があってとても美しいドレス。実はリアンが先日贈ってくれたのだ。
貰った時は嬉しくて思わず抱きついてしまった。
髪はソフィアが結ってくれたのだがこれがまたとても素敵であった。
リアンの今日の装いは、黒のタキシードに私の髪色の銀髪をイメージさせるような美しい糸で綺麗な刺繍が施してある。
こちらも品があってとてもリアンに似合っている。
髪は今日も私が整えた。この美しい顔が見えるように前髪を後ろに持ってきてハーフアップ。でも多少の色気を出したいがための後れ毛も忘れずに。
我ながら良い出来だと思う。
当の本人は前髪が無いことが違和感のようでそわそわとしていたが、そんなところも可愛い。
私はリアンを好きになってしまっていた。この1ヶ月いつも優しい眼差しで私を見てくれて、気遣ってくれたリアン。優しくて大きな手はとても安心するし、抱きしめられた時は幸せだ。こんな良い男、好きにならざるを得ないわ!というのが本音だった。
でも、リアンはどうか分からない。
照れたり赤面をしたりはするがそれは女性慣れしていないからだろうし、抱き締めてくれるのも私がお願いしているからだし、気遣ってくれるのも夫としての義務だと思っているからなのかもしれない。
本音を聞きたいけど聞けない、そんなもどかしい状況なのだ。
そんなもどかしい思いを抱えつつ、パーティー会場へ向かう。1ヶ月前、私が婚約破棄を言い渡された場所だ。
婚約破棄を言い渡された時は喜びの方が大きかったのは確かだったが、辛くなかったと言えば嘘になってしまう。
私は思わず手をぎゅっと握りしめてしまった。
すると握り締めた手の上にリアンが手を重ねてきた。
「…リア、大丈夫。私が付いているから」
優しく笑うリアン。
本当に私を心配してくれているのが伝わってきて思わず安心してしまった。
「リアンの手は不思議ね。凄く安心するわ」
「そうかな?だと嬉しいな」
はにかむその笑顔が可愛すぎてつらい。
リアンは今日も意図も容易く私の心を撃ち抜いてくる。そのなんとずるいこと。
私はリアンのエスコートを受けて馬車から降りた。
____今日は思う存分リアンの素晴らしい所を語ってやるんだから!
そんな決意を胸に固めて。
パーティー会場への入場は、爵位の低い順からはいるのが習わしなので、大公夫妻である私達の順番は、公爵家の人達・私達・王族の方達 といった感じだ。
なるべく遅く来るようにしたのはリアンと国王様のご配慮だ。公爵家の人達に会わなくても良いように、と。
感謝してもしきれない。
私はリアンと共にパーティー会場の入口へと向かっていると、周りからの視線をビシバシと感じた。
今この国の8割の貴族達はすでにパーティーの会場内にいるため、見てきているのは王城のメイド達だ。
わかるよ。リアン、イケメンだもんね。
かっこいいもんね、でも私の夫だから!!!
と言うように組んでいた腕を更に深く組み直した。
嫉妬深くなった自分に少し驚いたが、好きな人が夫なのだからこれくらい許して欲しい。
リアンに目を向けると、パチッと目があった。
「リア、みんな美しい君のことを見てるよ」
耳元で囁かれた。
………この人本当に女性慣れしてないのよね?そのはずよね?女性うんぬんの前に人嫌いの設定だったものね?
ぐるぐると思考が回っていたその時、 運が悪くレルウィルドとお腹の大きさが目立っているアミィ、そしてミエール公爵夫妻、私の生家のミッドール公爵夫妻がパーティー会場の入口にて順番待ちをしている所にバッタリ出くわしてしまった。
控え室で待機しようと思っていたのに…と思ったと同時に、先程まで舞い上がっていた気持ちもパタリと止んだ。
そしてレルウィルドがこちらを振り向くと、私を見てぎょっとした顔をした。それに気付いた私の両親だった人たちも私達を見て驚いた顔をしていた。
なによ、揃いも揃って幽霊を見たみたいな顔をして。
私はリアンに話しかける。
「リアン、控え室に行って呼ばれるまで待ちましょう?」
「……あぁ、そうだな、それが良い。」
リアンもあのアホどもの反応を見ていたのか快諾してくれた。
立ち去ろうとした時、レルウィルドが私の腕を掴んだ。
「おい、待て!なぜお前が我々の後に入場するんだ!」
…余りにアホな疑問に私は驚きを通り越して不快感すら感じた。それにいきなり掴まれた腕が痛い。
「私たちは大公夫妻よ?あなた達より後に入場するのは当然じゃなくって?そんなことも分からないのかしら」
「なんだと…!?」
「それより妻の腕を離してくれるか?不敬だ」
リアンの低い声での不敬、という言葉にピクっと反応してすごすごと手を離すレルウィルド。
やっぱりクソはクソね……。
と思っていたその時、傍らにいたアミィが声を上げた。
「素敵な殿方…!そんな無愛想で礼儀に煩いコーデリアなんて放っておいて、私と一緒におりませんか?」
「………は?」
リアンが反応するより先に私が反応した。
なんですって?礼儀に煩いとか愛想がないとかそういうのももちろん頭にきたが、それ以上にリアンと一緒に居れるのは私だけよ。
「コーデリアはあの悪名高い大公様と一緒に居ればいいじゃない、ねぇ?」
アミィは私に向かって嘲笑うように言い放った。
それを聞いて私は思わず言葉が出なかった。
この小娘、リアンが大公だと分かっていないのね。さっきまでの私達とレルウィルドの話をまるで聞いていなかったのかしら。その脳みそには一体何が詰まっているの?
私はこれ見よがしにリアンの腕をぐいと引っ張り引き寄せた。
「悪名高い大公様ならここにいらっしゃいますわよ?ねぇリアン?」
「あぁ。私はエイドリアン・フィンリー、正真正銘、私が大公だ」
「………え!?!!!!う、嘘でしょう?」
「嘘なぞ付きませんわ。それと男爵令嬢如きが大公妃の私の事を呼び捨てで呼ぶのは不敬でしてよ。控え室に行きましょう、リアン」
「そうしようか」
「ま、まちなさいよコーデリア…!」
そんな声を振り切って控え室へと向かった。
呼び捨ては不敬だと言ったはずなのだけれど全くもって伝わっていないようだ。アホさ加減に頭痛がしてくる。
「ごめんなさいリアン、あの人たちがク…野蛮な人達なのは知っていたのだけど未だあそこまでの知能しか無いとは思っていなかったわ」
「私も少々甘く見ていたようだ、リア、さっき掴まれた腕は平気か?」
「平気よ!痛くないわ。助けてくれてありがとう」
そう言ってすすすとリアンに近付き、寄りかかるようにして頭をコテンとぶつける。
リアンの顔がほんのり赤くなっていてかわいい。
私より10も歳上だというのになんてピュアなんだ…はぁ、すき。
先程までの濁った心が浄化されて行くのを感じる。
この浄化の技が使えるのはジェイミーとリアンだけだわ。
私にとって特別な2人。
その2人がいればなにも怖くないと思えるほど、私の心の助けになっていた。
暫くそのままでいると、控え室の扉が叩かれた。
「大公様、大公妃様、入場のお時間が近付いて参りましたのでどうぞこちらにお越し下さいませ」
「分かりましたわ」
私が返事をして、リアンが先に立ち上がり私に手を伸ばす。
「リア、君のことは私ができうる全力で悪意から守るから、安心して」
私はリアンが伸ばしてくれた手の上に手を乗せ、立ち上がる。
「あら、だめよ。私がリアンのことを守るって決めたんだから」
「私が…」
「リアン、貴方誰かを守ろうとすると悪者になる癖があるわよ?悪者にならないのならば大人しく守られてあげるわ」
「…善処する」
「信じてるわ」
「エイドリアン・フィンリー大公様、並びにコーデリア・フィンリー大公妃様!」
リアンのエスコートを受け、私達はパーティー会場へと入場した。
______
私たちの後にすぐ王族の方達が入場し、全員が揃ったところで国王様が皆に挨拶を始めた。
「本日は集まってくれたこと、非常に感謝する。今日はいくつか発表したいことがあってだな……取り敢えず、大公夫妻、こちらに来たまえ」
国王様の呼び出しに、私とリアンは会場中が見渡せて1番目立つ王族の方達が立つところに行った。
「皆も知っているかもしれぬが、私の弟エイドリアンが1ヶ月前に結婚したことをここに正式に発表する!お相手は元ミッドール公爵家令嬢のコーデリア嬢だ」
挨拶されるように促された私は、1歩前に出て淑女の礼をした後に会場にいる貴族たちを見た。
会場がざわめく。コーデリア本人は気付いて居ないが、コーデリアはこの1ヶ月で本当に美しくなった。前から美しくはあったが、大公城で過ごすうちに幸せを感じ程よい肉付きになったのも大きい。
「先月エイドリアン・フィンリー様と結婚致しましたコーデリア・フィンリーですわ。ミッドール公爵家とは絶縁致しましたのでなんの関係もないただの大公妃ですが、どうぞよしなに」
絶縁、という言葉に会場が少しざわつく。
そして令嬢たちは私の横をチラチラと見ている。
本当にこれがあの悪名高い大公なのかと思っているのだろう。
恨めしそうな目で見てくる公爵家の方達を私は横目で見る。ふふふ、いい気味ね。
「コーデリア嬢、ありがとう。では次、我が弟がエイドリアンだ」
次にリアンが1歩前に出て一礼した。お辞儀まで素敵。
「エイドリアン・フィンリーだ。至らない所もあるがどうぞ宜しく」
簡潔に済ませる所はかっこいい。きっと緊張してるのね、かわいい。
あら、かわいいとかっこいいがごっちゃに…まあ仕方ないわ。全部事実なんだもの。
「王家はこの婚姻を祝福する。皆、異論は無いな?」
国王様に異を唱えるものなど居ないだろう。と思っていたが、思った以上に阿呆な奴らがいる事をすっかり忘れていた。
「コーデリア!少し美しくなったからといって調子に乗るんじゃない!」
それは会場中に響き、先程までのざわめきが一気に静まった。
声の元はレルウィルドだ。
「お前が私より階級が上だと…?そんなの有り得ないではないか!」
「そ、そうよコーデリア!それに絶縁だなんてこんな大勢の前で言うことないじゃないの!」
「そうだぞ、コーデリア嬢。些か常識を学び直した方が良いのではないか?」
レルウィルド、継母、ミエール公爵家当主と順に声を上げる。
頭が悪すぎて頭痛がする。
だがここで毅然とした態度を取らねばと私は私を奮い立たせると、隣にいたリアンが私の背中をさすってくれた。
リアン……ありがとう。悪者にならず私を助けてくれて。
いつまでも喚く2つの公爵家と1人の男爵令嬢に向かって私は叫んだ。
「お黙りなさい!私はフィンリー大公妃という事を忘れていないかしら?それ程までに不敬罪でしょっぴかれたいのね?」
私がそう言うと皆黙った。なんという情けなさ。
すると国王様が話に入り始めてきた。
「発表することがいくつかあると申したな、それを発表しようでは無いか
本日をもってミエール公爵家とミッドール公爵家の爵位を没収する!両家で結託し余への虚偽申告、そして国家予算の横領!コーデリア・フィンリー嬢の絶縁状や婚姻届等の書類の偽造は非常に悪質であり重罪とみなし国外へ追放とする!」
あの人たち横領までしてたのね…まるで人間の底辺だわ。
国王様の言葉を聞いた両公爵家夫妻とレルウィルドの顔のなんと面白いこと。産まれてこの方ずっと誰かにお世話して貰って生きてきたあの人たちが1人で生きていくなんて無理に等しいだろう。実質死刑宣告のようなものだ。
「そしてアミィ男爵令嬢、あろうことかそなたは婚姻どころか婚約すらしていない、婚約中の男…レルウィルドとの間に子を授かったな?」
それを聞いて会場がどよめく。
あの噂は本当だったのか__と。
「そなたの行為は恥ずべき行為ではあるが子を授かってしまったことは仕方ない。子に罪は無いからな」
それを聞いたアミィは少しほっとしたような顔になった。馬鹿な娘と私は心で毒づいた。
「よって、シルリル修道院送りとする」
それを聞いたアミィはその場に倒れ込んだ。
シルリル修道院というのはとても寒さが厳しく、そして礼儀を重んじ質素倹約を掲げる修道院だ。
離島にある為脱出は不可能で尚且つシスター達がとても厳しいと聞いたことがある。
いい所じゃない。性根を叩き直していらっしゃいな
魂が抜けたような顔をするアホな方々。
するとレルウィルドがぶつぶつと何かを言ったと思ったら私にむかって拳をあげて走り出してきた。
きゃ…と悲鳴を上げたその時、隣にいたリアンがレルウィルドの腕を掴んでいた。
「貴様…!私の妻に危害を加えようとするとは何事か!!」
リアンは見たことも聞いたことも無いような怒った声でレルウィルドを制していた。そして首根っこを掴んで衛兵の方にレルウィルドを放り投げた。
「衛兵、元公爵家夫妻たちとこの男、それからアミィとか言ったな?元男爵令嬢を連れて行け」
そう命じたリアンは間違いなくこの世で1番かっこよかった。
リアンに見とれていた私を正気に戻すように国王様がゴホンと咳払いをした。
「少々騒がしくなってすまなかったな。余の弟、エイドリアンには常に迷惑を掛けていた。本当は心根の優しい子なのだ。なぁ、コーデリア嬢?」
私はハッとし理解した。今がリアンがどれほど素晴らしい人物なのか語る場なのだと。
「はい。それはもう優しくて誠実で……とても勇敢でいらっしゃいますわ。今まではお兄様……国王様の王位継承に関わらないために人嫌いの悪名高い大公を演じていたまでのこと。この方は素晴らしい方ですわ……」
私はそれから、照れたリアンに止められるまでひたすらリアンの素晴らしい所を言い続けた。
私とリアンの親しげな掛け合いを見て国王様や王族の方達が傍で涙ぐんでおられたので、やはりリアンのことが心配でならなかったのだろうと察しがついた。
その後美味しいものを食べてリアンと2人で踊って、あの忌々しい記憶なんて消え去るくらいにそれはそれは楽しいパーティーを過ごした。
______
それはパーティーの帰りの馬車の中のことだった。
心地良い疲労感にうとうとしていた時。
「リア」
リアンの優しい声によって目が覚めた私は、なあに?と返事をした。
「…その…リアは、私の事どう思っているんだい?」
「…どうって、そんなの聞く?」
「あぁ、」
リアンの顔はほんのり赤くなっていた。
私がリアンの事をどう思っているかなんて、そんなの決まっているのに。
「じゃあリアンは私のことどう思ってるのかしら?気になるわ」
「…それは」
言い淀むリアンを見て、私は少し悲しくなってしまった。リアンはやはり私の事を好いてくれてないかもしれない、と。
「私の事、好きじゃないのね…?」
「!?え、どうして泣いて…」
「だって。リアンが私の事好きじゃないって考えたらなんだか悲しくて」
レルウィルドに裏切られた時でさえ流れなかった涙が頬を伝って行くのが分かる。
__その時、リアンが私を抱き寄せ、私の唇にそっとキスを落とした。
状況が飲み込めないでいると、顔を真っ赤にしたリアンが言う。
「リア、私は君のことが好きだよ。この1ヶ月で君の素敵な所を沢山見てきた。噂を気にせず真っ直ぐに私を見てくれて、初めての感情を沢山教えてくれた。好きにならざるを得なかったんだ。君みたいに素敵な女性は初めてだったんだ、」
そして懐から何かを取り出したかと思えば、それは婚姻指輪だった。銀色で、ささやかながら私の瞳と同じ色のブルーダイヤモンドが付いている。普段使いを考えてこのデザインにしたのだとすぐに分かった。
「遅くなってしまったけど……これ、受け取ってくれる?リア」
……私の夫はなんてカッコイイんだろう。
恥ずかしがり屋で照れ屋なのに自分からキスをしてくれたというのは最大の愛情表現ではないか。そう思うと愛しさゆえに胸がきゅ〜っと締め付けられた。
「もちろんよ!リアン!愛してるわ!だいすきよ!」
先程までの涙も忘れ、私はリアンに抱きついて何度もキスをした。
リアンの顔が真っ赤になり照れたのは言うまでもないが、私はその全てが愛おしく、とても幸せだった。
かっこいいリアンも、かわいいリアンも、ぜんぶ丸ごと愛してるわ!
______
その後、大公領では盛大な結婚式が開かれた。
のちの2人は困難も難なく乗越えて行ったという。
人嫌いで悪名高かった大公は情が深く心優しい大公に、親や婚約者に捨てられたはずの公爵令嬢は大公領を支える立派な大公妃となり、多くの人に愛されながら末永く幸せに暮らしたという話は、また別のお話。
人嫌いな悪名大公と捨てられた元・公爵令嬢の婚姻 わたぬき ねる @lzabera
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