第10話 国王と総司令官
それから間もなくして、一行は謁見の間の扉の前へ到着した。
城の中は目が眩みそうなくらい煌びやかだというのに、目の前の扉はそれ以上に豪奢だ。
(どんな需要があったら、天井まである高い扉が必要になるのかしら)
いかにもな扉を前にして嫌でもいやでも緊張が高まり、ピケはどうでもいいようなことを考えた。
「キリル王太子殿下」
扉の両隣に立っていた兵たちが、キリルに気がついて頭を下げる。
キリルはそんな彼らに「ご苦労さま」とねぎらいの声を掛け、扉を開けるよう命じた。
兵たちは扉の前へ立つと、ゆっくりと扉を押し開いた。
ギギ、と重たそうな音を立てて開かれた扉の隙間から光が差し、やがて謁見の間が見えてくる。
最初に目に入ったのは、赤い
頭に王冠を被ったいかにもな人は、国王だろうか。
中肉中背の、なよなよした男だ。女性だと言われても納得しそうな顔立ちをしている。紫色の目が、妙に印象深い。目しか印象に残らない、とも言うが。
玉座の隣に立っている男は、先ほど聞いた総司令官だろう。
漆黒の髪は短く切りそろえられていて、形の良い耳が見えていた。青い目は鋭く、冷たい印象を受ける。立っているだけで遥か高くから見下ろされているように感じる威圧感は、まさしく魔王のようだった。
(魔王といえばツノよね……もしかして、収納式なのかしら?)
魔王は無言でイネスを見、それからノージーとピケを見て、「おや」と意外なものを見たように眉を上げた。
鋭い目で睨むように見られて、ピケは「ぴゃっ」と飛び上がる。
まさか、考えていることがバレたのだろうか。
ピケはとっさに、隣にいたノージーの腕に縋りついた。
「大丈夫です」
宥めるように、ノージーの手がピケの手をさする。
あたたかな体温を感じてピケは少しだけ冷静さを取り戻し、小さく頷いた。
「こらこら、ヤーシャ。怖い顔をして睨むでない。お嬢さんが怯えているではないか」
「元からこの顔なのだが?」
「では、いつも以上ににこやかに笑うのだ。良いな?」
「善処します」
「それは直すつもりがないやつのセリフだな。仕方のないやつめ」
うりうり、と国王らしき男が総司令官っぽい男を肘でつつく。
二人の気楽なやりとりがひと段落したところで、キリルがイネスを伴って入室した。
国王の前までまっすぐに進むと、イネスは
そんな彼女に、国王はくしゃりと破顔して微笑みかけた。もとより威厳などあまり感じられない人だったが、笑うとますます凡人に見える。
「よく来たな。長旅で疲れただろう? イネス王女」
話す声は穏やかで、ピケは父を思い出す。
(父さんは、ちゃんと弔ってもらえたかしら?)
チクンと痛む胸を押さえて、彼女はイネスに倣って頭を垂れた。
「いえ……馬車の用意までしていただき、ありがとうございます」
「馬車は気に入ったか? あなたに気に入ってもらいたくて、キーラが一生懸命選んでいた」
「まぁ、そうだったのですか。それは……ありがとうございます、キーラ様」
イネスが微笑みかけると、ボヒュン! と音がしそうなくらい一瞬でキリルの顔が真っ赤に染まった。
純情な息子の様子に、国王がカラカラと笑う。
「さっそく仲良くしているようで、良いことだ」
周囲に生温かい空気が流れる。
キリルとイネス、二人の間から流れ出る甘い雰囲気に、国王は満足げに頷いた。
と、その時である。それまで一言も発さずにノージーとピケを見ていた総司令官と思しき男が口を開いた。
「お話し中、申し訳ございません。イネス王女様は侍女をお連れにならないと聞いていたのですが、そちらのお二人は一体……?」
今すぐに、ピケとノージーを摘み出してしまいたい。
そんな剣呑な顔をしながら問いかけた男に、イネスは怯えたように肩を震わせた。
「侍女ですわ。なんとか途中で合流できたので、連れてきましたの。右がノージー、左がピケです。あの……二人を連れてきたのは、ご迷惑でしたでしょうか?」
不安そうな声で二人を紹介するイネスに、キリルがオロオロしだす。
総司令官相手に「イネス様をいじめるんじゃない!」と決闘を申し込みそうな勢いで手袋を床へ叩きつけようとしている息子を、国王は「まぁまぁ」とのんびりとした声で宥めた。
「いやいや、慣れ親しんでいる者がそばにいた方が、ここに慣れるのも早かろう。ヤーシャ、あいさつもせずに不躾なことを言うものではないぞ。すまないな、イネス王女。こやつの名前はアドリアン・ゼヴィン。総司令官という立場上、どうしても気になってしまうのだ。許してやってくれ」
「……では、二人はこのまま侍女としてそばへ置いてよろしいのでしょうか?」
「ああ、ぜひともそうしてくれ」
「ああ、良かった。ありがとうございます、国王陛下」
国王の許しを得て、イネスはホッと胸を撫で下ろす。
だが、ゼヴィン総司令官はまだ納得がいっていないようで、ノージーとピケを見据えたまま、無表情で腕組みをして何か思案している様子だった。
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