呪火(しゅか) -呪詛の姫君と刃の防人-

Yura。

序 幸福な呪い

 ――火恋ひれんの髪は、綺麗な黒ねぇ。


 幼い火恋の髪を指で丁寧に梳りながら、母が穏やかに微笑んだ。あたたかな、春の日差しのような笑顔。火恋の大好きな笑顔。


 ――でも、こんなにくせっ毛でまとまらないのよ。


 おしゃまな火恋は、もっと褒めてほしくて、でも素直に受け取れないのもあって、そんな風に言って頬を膨らませた。


 ――この間も、礼狼れいろうにおしとやかじゃない髪って、からかわれたの。


 拗ねた口調で弟のことを告げ口してやると、母はまぁ、と言ってくすくすと笑った。


 ――あの子はきっと、大好きなお姉様と遊びたいだけなのよ。


 ――そんなことないわ、絶対。


 お気に入りのぬいぐるみを抱きしめ、火恋は言い切った。しかし母は、まったく気にした様子もない。後ろからぎゅうと抱きしめてきたかと思うと、そのまま、頬ずりをされる。


 ――お母様とお揃いの髪は嫌?


 くせっ毛の火恋とは違い、母の髪は、癖がなくまっすぐだった。いつ見てもつややかな髪。今だって、天窓から入る夕方の蜜色の光を弾き、美しく輝いている。


 けれど、大好きな母にこんな風にぎゅっとされて、そんな風に言われては、火恋はぐっと黙る他ない。


 ――お父様はね、お母様の髪の色を、好きだと言ってくれたのよ。


 不吉な夜闇の髪。きっと悪鬼が巣食うに違いない――そう言われた髪を、父が好きだと言ってくれた。触れてくれた。


 ――だからお母様はね、お父様が好きだと言ってくれたこの髪を、好きになれたのよ。


 今だってそう。やわらかな花の香りで火恋を包み込みながら、母が言う。


 ――火恋とお揃いの色だから、もっと、好きになれるのよ。……そして、火恋の髪は、もっと、ずっと大好き。


 優しく抱きしめてくれる腕の中は温かくて、くすぐったくて。


 ――火恋も……、お母様の髪、大好き。


 ――あら、それじゃあもっとお揃いね。


 そう言って母は笑う。火恋も、母の腕を包む袖をきゅっと掴んで、一緒に笑った。こんな温かな日が、ずっと続くと思っていた。






 ――しかし髪と同じ色の夜が、母を永遠に奪ってしまった。火恋の髪を、母と揃いの黒を燃え上がらせて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る