第12話
◆
一般人が見たら、何が起こっているかを把握するのは難しかっただろう。
二人の人間が格闘するのも、現代日本ではありえないことだし、それに今、二人の男はまるでそう決められた殺陣のようなものを繰り広げているのだ。
それも実力伯仲、二人が拮抗する決着のつかない殺陣である。そんな殺陣があるかは謎だが。
それに加えて、両者の動きは常識の範囲を大きく逸脱していた。
俺としては歯がゆいものがある。
吸血鬼の両手の爪が長く伸び、一撃で俺の首でも腕でも、もしかしたら胴までもすっ飛ばせる一撃を繰り出してくるのを、ナイフで受け続けるのだが、機動力を生かせない。
俺たちの組織でも、格闘訓練には大きく二つの設定があり、要は屋内か屋外かで分けられる。
組織では可能な限り屋内戦を選ぶように言われ、教わる。というか叩き込まれる。
理由は床に限らず壁や天井さえも足場として利用し、機動力で吸血鬼の意表をつけるからだ。
屋外ではそう都合よく足場にできるものはない。
今の俺は地面だけを頼るしかなかった。
吸血鬼の動きが早く、激しさを増していく。爪の先を避けきれず、外套があっという間に引き裂かれる。さすがに組織の作った防刃用の薄い合金の板は容易には破断されず、俺の体に爪が届くのを紙一重で防いでいた。
それもほんのひと時だ。吸血鬼がより深く、より強く爪を繰り出せば、俺は死ぬ。
ほとんど賭けとして俺は左手で吸血鬼の爪を掴み止める。指が落とされそうだ。
それでも掴んだ爪をすぐさまに引き寄せたことで、吸血鬼が姿勢を乱す。
ダンピールの青い炎で焼き捨てれば、片腕は奪える!
いや、違う。
最短距離でもう一方の手の爪が俺の胸の中心を狙っている!
腕を一つ捨てたとしても、俺を倒すという意図。
背筋が冷える。迷う暇もない。
掴んだばかりの爪を離し、地面を全力で蹴る。
V2MMは今、第二封印までが解除されている。この局面では身体機能が数割、底上げされているがために、吸血鬼もその反射速度を測りかねたようだ。切っ先は俺の胸を薄く抉るだけだった。
間合いができた。
両手を塞ぐのは俺たちの組織の戦闘術では愚策だが、他に選択肢もない。
片手にナイフを持ったまま、拳銃を引き抜き、こちらから間合いを消す。本来の銃の間合いでは、吸血鬼の身体能力で弾丸の全てを回避されるのが現実だ。
拳銃であろうと、至近距離でなければ決定打、必殺の一撃にはなりえない。
吸血鬼の方も嗜虐的な笑みを浮かべて、突進!
俺は回り込むようにするが、吸血鬼が地面を強烈にけりつけ、鋭角に跳ねる。
銃口で照準。発砲。
当たらない。
連射。やはり当たらない!
吸血鬼の手が閃く。
強烈な衝撃に手から肩まで衝撃が走り、その時には拳銃が手からもぎ取られて地面に転がる。
もう一方の手のナイフでどうにか続く攻撃を弾き、空いている手で指を複雑に動かす。
キーを入力。宣言。
「第三封印、解放」
全身に電流が走る錯覚に思わず息が詰まるが、動きは精神力で遅滞なく継続。
血管という血管に溶岩でも流し込まれたような痛みが間断なく続くが、構っている余裕はない。
運動の速度を上げ、超高速の吸血鬼の連続攻撃を跳ね返す。
ダンピールだけが持つ吸血鬼を滅ぼす青い炎が、俺の全身から噴き出し、一振りのナイフと合わさり、炎の帯と変化する。
青い炎は俺自身さえもを焼いていく。
ダンピールの生来の性質とV2MMは、決して両立するものではない。
俺たち混血者の狩人は、どこまでいっても矛盾し、自己否定するようにして戦う。
そう、吸血鬼を狩る者が、吸血鬼の力の源の模倣品で戦うなど、矛盾なのだ。
動きが一段と加速した俺に、吸血鬼は余裕をもって追随してくる。青い光の帯の複雑な軌跡さえも読む。
だが俺の空いている手が伸び、その手首を掴むのは読み切れなかったか。
俺の体が宙に舞う。
吸血鬼独特の物理限界を超えた怪力だ。
しかし手は離さない。
力を流し込む。
吸血鬼の腕が一瞬で膨らみ、爆ぜ、大量の塵に変わる。
俺が身を捻って着地した時、吸血鬼は苦悶の表情を浮かべているところだ。
本来なら俺が直接に流し込む力の影響で、全身が消し飛んでもおかしくない。しかし吸血鬼も俺たちとの戦いのノウハウを持っているのだ。
力が到達する前に腕を自ら叩き切るという方法で逃れたのだ。
時間を与えずに、畳み込みにかかる。
が、俺の踏み出した右足が唐突に力を失う。感覚さえもが瞬間だけ消えた。
攻撃を受けた? 違う、体に宿る力とV2MMの衝突による不具合だ。
半瞬の後に足に力が戻る。
その時には、吸血鬼の腕は高速再生されて元通りになり、不愉快なことに服さえも再生されていた。
蹴りが来る。
俺は両腕を掲げてそれを受けた。避けるべきだが、足の反応がまだ怪しい。
受け流しきれず、俺の体は派手に宙を舞い、廃倉庫の中に転がった。
両腕の筋肉に重度の打撲、骨も部分的に折れている。これらはV2MMが即座に回復させていく。それよりも背中を地面に打ちつけたせいで、息ができない。喘ぐようにしてなんとか酸素を取り込む。
倉庫へ吸血鬼が悠然と踏み込んできた。
俺が立ち上がろうとした時、吸血鬼の手には俺の銃があり。
そして引き金は敵の手によって無慈悲に引かれた。
ガス銃独特のささやかな銃声と、強烈すぎる衝撃が俺の左肩を破壊した。
倒れこんで、起き上がろうとするが大量の血が噴き出し、コンクリートに赤い帯を引く。それは今、夜の闇の中で黒い帯にしか見えなかった。
「意外に使い道のある武器のようだ」
そんなことを言いながら、吸血鬼が二度目の発砲。今度は俺の右太ももが爆ぜる。起き上がろうとしたのがつんのめり、胸、そして頬からコンクリートに衝突。
「お前たちの組織とやらの狩人が、どれだけ苦痛に耐えられるかは興味があるところだ。しかし今は、先に本来の用事を済ますこととしよう」
そんなことを言いながら、吸血鬼は俺の横を進み、油断なく今度は俺の背中に二発の弾丸を打ち込んでいった。
悲鳴を抑えるのに、相当な精神力が必要だった。
実際、呻いてしまうのはどうしようもなかった。痛みにどれだけ慣れていても、痛みを感じなくなることはないのだから。
吸血鬼が遠ざかっていく。
殺さなかったのを後悔させてやる。
肩、そして足から膨大な出血。胴体では防弾着が弾丸を止めきれず、銀の弾丸が食い込み、衝撃で内臓に損傷。
しかしまだ生きている。
俺の片手の指が複雑なキーを入力する。
そして俺は言葉にした。
「第四封印、解除」
全身が一瞬、膨張し、そのまま破裂するのではないかと思った。
激しい震えが走り、体が引きちぎれそうだ。その中を血液が高速で巡り、引き裂こうとする。
声が漏れた。
獣の唸り声のような声が。
(続く)
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