第6話

      ◆


 俺たちはテーブルを挟んで椅子に腰掛け、向かい合った。

「吸血鬼はどういうわけか、人間との間に子をもうけようとすることがある。それがどういう欲求かを把握するのは難しい。もっとも、それは人間も同じかもしれない」

 俺は手元でゆっくりとマグカップを斜めにしてコーヒーの水面を回した。

「ともかく、俺やお前のように混血者、ダンピールは生まれてくる。その時、二つの問題が生じる。一つは過激派の吸血鬼が、人間と接触した吸血鬼の行動を裏切りととらえる場合。これは吸血鬼と人間の夫婦が身を隠すことで、なんとかなるかもしれない」

「でも」

 篤郎が口を挟んでくる。いいぞ、その意気だ。

「でも、なんだ?」

「吸血鬼はすごい力を持っているんですよね。闘えるんじゃないですか? 多勢に無勢、ということでしょうか」

「いや、そうじゃない。子を作った吸血鬼はその能力の大半を失うか、もしくは全てを失う。人間と大差ない存在になるんだ。血に飢え、銀に怯える人間に」

 ハッとしたような顔で、篤郎は俺を凝視した。

 自分の父親、道郎=ウォーレンがあれほど容易く倒されたか、気づいたのだ。

 吸血鬼の超回復があれば、胸に穴を開けられても死ぬことはない。しかし死んだ。それは吸血鬼としての能力を失っていたからだと理解したのだろう。

 吸血鬼を倒す方法は幾つかあるが、今では心臓を破壊することが求められる。吸血鬼どもは不愉快なことに、ちょっと心臓を削られたところで、意図的な超治癒で復活したりする。俺たちからすれば、心臓を完全に粉砕する必要があり、厄介この上ない。

「V2MMの話をしよう。それは俺たちの話でもある」

 こくりと篤郎が素直に頷く。

「V2MMはいわば人間を吸血鬼化させる人造ウイルスだ。しかしV2MMに対してもダンピールは吸血鬼ウイルスと同種のものとして干渉する。ダンピールの使う、吸血鬼殺しの力がだ」

「吸血鬼殺しの力、っていうのはなんですか?」

 見てろ、と俺はマグカップをテーブルに置いて、人差し指を立てた。

 最初こそ何もないが、滲み出すように靄がまとわりつき、それは青い炎のように揺らめき始める。

 篤郎が目を見開く。

「手品じゃないぞ。吸血鬼どもは赤い波動をまとうが、ダンピールはそれを食いつぶす青い波動をその身に宿している」

「それって、僕にもあるんですか?」

「もちろん。お前はダンピールだし、しかもそれなりにいい血筋だ。親父さんは伯爵級の吸血鬼だった」

 そんな褒め方をされても、というところだっただろう。篤郎からすれば喜ぶには現実離れしており、落ち込むというより前に困惑と謎が立ち上がるはずだ。

 ゆっくりと学ぶしかない。

 俺がそう言おうとした時、不意に篤郎が顔を上げた。

「どうした?」

「今、カラスが鳴きました」

 そんなことを、と笑い飛ばすのは一般人、俺たちはこういう兆候を決して無視しない。

 そもそも夜にカラスが鳴くことは珍しい。

「イーグル・ワン、こちらハンター・ワン」

 俺が呼びかけると、耳元で返事がある。 

(こちらイーグル・ワン。どうした?)

「奇妙なことがあった。ポイントAAのセーフハウスの支援要員はどうなっている?」

(確認する。少し待て)

 思わず眉間にしわを寄せてしまったが、目の前では篤郎が不審そうに俺を見ている。

「ごっこ遊びをしているわけじゃない。耳に機械が埋め込まれていて、仲間と通信できるんだ」

「本当にですか? スマートフォンを使えばいいじゃないですか」

「疑うなよ。お前、考えてもみろ。両手がふさがっている状態で、どうやってスマートフォンを使える。もしかして音声入力を使うのか? ナイフと拳銃を持って、スマートフォンに呼びかけろと? それはなかなか、様になるな」

 不機嫌そうな顔になるが、すぐに篤郎は気を取り直した。

「拳銃、持ってましたよね。銃声がしませんでしたけど、あれ、おもちゃじゃないですよね」

「高性能ガス銃だ。弾速こそ遅いが、大口径だから威力はある」

「銃刀法違反にならないんですか?」

 あのな、坊主。思わず俺は身を乗り出していた。

「吸血鬼どもは法律なんて気にしないし、人道とか倫理も考えちゃいない。奴らは奴らの常識で動くし、俺たちは奴らにとっては餌に過ぎないんだ。身を守るためには法律の一つや二つ、常識の三つや四つ、気にする方が馬鹿げているってものだ」

 そうですか、と篤郎はちょっと白けたようだった。

 正義の味方が身も蓋もないことを言っている、と言いたげな眼差しだ。

 灸を据えてやろうと思った時、耳元に現場指揮官から返事があった。

(ハンター・ワン。こちらイーグル・ワン。支援を担当するゴースト・スリーと通信できない)

「それは嬉しい情報だ」

(ふざけるな、ハンター・ワン。敵が迫っている可能性がある)

「警報装置は?」

(変化なしだ。ゴースト・スリーのことがある、警戒しろ)

 やれやれ。便所に行っているとか、眠りこけているのならいいのだが。

 俺はテーブルの上に無造作に置いていたケースを開く。この時も個人認証が必要だった。

 強硬度の金属製のケースの中から拳銃を抜き出し、弾倉を差し込んで、それをテーブルに上に置いた。

 篤郎がそれを見て、次に俺を見た。

 瞳にあるのは、怯えか。

「預けておく。初弾は装填されている。安全装置はここ。相手を狙って引き金を引けば撃てる。弾は全部で十三発だ。それだけだ」

「え、えっと……」

「俺は外の様子を見てくる。何かあっても出てくるなよ。屋内なら安全なはずだ」

 言い残して俺はテーブルを離れた。

 篤郎の視線を背中に感じたが、振り返りはしなかった。

 仲良しごっこをするために俺はいるわけじゃない。

 俺はあの少年の剣になり、盾になる必要がある。

 それが仕事、役目、役割だ。



(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る