第5話

      ◆


 ポイントAAのセーフハウスはよくある別荘のそれだった。ログハウス風だ。しかしガレージがすぐそばにあり、そこだけがやや違和感を覚える。

 大型二輪はゆっくりと舗装されていない地肌がむき出しの道を進み、建物の前で停車した。ヘッドライトを消して、篤郎を連れて玄関へ。

 彼はどこか足元がおぼつかないようだ。それを見て、一般人は夜目が効かないんだった、と遅れて気づく俺だった。

 ダンピールはその能力の訓練の過程で、自然、夜目を習得する。これは父親ないし母親の血筋からの遺伝の一つで、身体能力の高さや治癒力の高さと比べると地味だが、吸血鬼とやりあうには都合がいい。

 いつか篤郎も、こんな真っ暗闇の中でも平然と周囲を把握するようになるだろう。

 ログハウスの玄関は普通の錠しかない。事前に渡されていた鍵のうちの一つでそれを解錠し、古びたドアノブを握る。

(認証中)

 耳元で声。

 この何の変哲もないドアノブに、個人を識別するセンサーが埋め込まれているとは、容易には推測できないだろう。

 短い時間、ほんの一秒ほど、俺はドアノブを握っていた。

(認証完了。ドアを開放します)

 ノブを捻ると、ちゃんとドアが開いた。すぐそばにあるスイッチで明かりをつけると、建物には廊下などなく、入ってすぐのところがもうリビングである。

「入ってくれ。今日はここで夜を明かす」

 篤郎が無言で頷く。そしてやや俯き気味に、憂鬱そうに俺の横を抜けて建物に入った。

 俺はといえば、一度、大型二輪に引き返し、それをガレージへ運んだ。ガレージは見た目こそ粗末だが、超一級品の頑丈さを誇るシャッターはものすごく重い。電動で開けることもできるが、あまりのんびりできる気持ちでもない。体の力で押し上げた。

 ガレージには一台の車がある。ツーシーターのスポーツカーだった。スピードは出そうだし、組織のことだから、スパイ映画の主人公が乗るような改造を施しているだろう。

 空いているスペースに大型二輪を駐車。そこから武器の入ったケースを手に取り、ガレージを出た。シャッターはもちろん、閉めておく。

 別荘の方へ戻ると、中に入った瞬間、コーヒーの匂いがした。

 思わずキッチンを探すが、何のことはない、篤郎が電気ケトルからマグカップにお湯を注ぎ、インスタントコーヒーを用意しているだけだった。

 俺に気付いて、困ったように篤郎が笑う。

「落ち着かなくて、すみません」

 いや、と俺は進み出て、テーブルに腰を預けるようにして立ち、そこにあったインスタントコーヒーの瓶を手に取った。

「賞味期限内です。確認しました」

 俺が口を開く前に篤郎がそう指摘する。勘の良い奴だ。

「腹が空いているなら、何か、保存食があると思う」

「お腹は空いていません。コロッケを食べましたから」

 迂闊だった。そうか、としか答えられない。

 二人共が黙り、それぞれにマグカップを手にとって口へ運ぶだけになった。

「あなたも、両親のどちらかが吸血鬼なんですか?」

 先に口を開いたのは篤郎だった。

 俺はコーヒーを半分ほど飲んでいて、時間稼ぎとして、ついでに少年の緊張を解くために話をする気になった。あまりあることでもないが、まったくしないことでもない。

「俺は母親が吸血鬼だ。吸血鬼の中でも沈黙派の一人だったらしい。年齢は四百を超えていて、俺たちの組織では伯爵級と呼ばれる、高い能力を持つ個体だ」

「お父さんは?」

「根っからの研究者で、今も組織で研究を続けている。元は大学で生命科学を学んでいた。それが組織の目に留まり、最初は秘密裏に、そのうちに失踪扱いになって、戸籍では死んだことになってる。組織の人間によくある、世捨て人ってことだな」

 そうですか、と篤郎は少し安心したような発音で言った。自分の境遇をどこかに落ち着かせたいのだろう。

 俺は自分が知っていることをどれだけ伝られるか、思案した。思案したが、言葉は先に出た。

「お前の父親、道郎=ウォーレンは組織に大きな貢献をした。新世代型のV2MMの基礎に関与したんだ」

 それは俺が言いたいことではなかった。言いたいことを言わず、別のことを口にするということは、俺はまだ重要な事実を口にするべきではない、と無意識に思っているようだ。

 本当に言いたいことは、もうこの少年には人生の選択肢は残されていないことだった。

 俺がする本筋とは違う話題にも、篤郎は興味を示した。彼にとっては知らないことばかりなのだ。好奇心が回復し、精神活動が活発になるのは良い傾向と言える。

「V2MM、って何ですか?」

「俺たちの組織では人間を吸血鬼化されるウイルスをV2と呼んでいる。これは吸血鬼の体液に含まれ、例えば血を吸われなくても吸血鬼化が起こる事例は多い。そのV2をモデルに人為的に生み出した人造の吸血鬼ウイルスがV2MM、そしてその発展に関する研究を行っていた学者の一人が道郎=ウォーレンだ」

「V2MM……、人造吸血鬼ウイルス……」

「俺の体にもそれは植えつけられている。まぁ、万能というわけでもないがね」

「何故ですか?」

 説明するにはいい機会じゃないか。

「もう一杯、コーヒーを用意してくれ。夜は長くなりそうだ」

 ちょっとだけ嬉しそうな顔を見せて、篤郎が頷いた。



(続く)

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