第4話

     ◆


 少年、篤郎がコロッケがなくなった皿を持ち歩きそうになったので、外へ出たところで軽自動車の屋根の上に放置させた。

 警察からすれば貴重な情報源だが、もちろん警察は俺たちの組織が掌握しているから、どうとでもなる。

 表に駐車してあった大型二輪は最新モデルをついでに極端にチューンしてある、ある種の芸術品だった。シートをタンデムにしてあるのがもったいないと思うことが多いが、今のような場面を想定しているのだ。

 ヘルメットを篤郎に貸してやり、俺はさっさとまたがる。ヘルメットをつけるのに苦労しているようなので、仕方なく一度降りて、ヘルメットを俺が手伝ってかぶせてやった。

「あ、ありがとう、ございます」

 どう答えてやることもできたが、「行くぞ」と応じるだけにした。

 下手に優しくして、甘く見られても困る。

 俺がシートにまたがり、スマートキーでエンジンを始動する。ペダルを踏む必要さえないのだから、組織の技術屋たちもどこかおかしい。

 後ろに篤郎が乗り、その細い腕を俺の胴に回してきた。

 それがいかにも頼りなげで、俺まで不安になりそうだ。

 エンジンをふかし、ゆっくりとスタート。何も知らない無害な少年を、いきなり振り落とすわけにはいかない。

 そもそも組織が大型二輪で現場に急行させる事態の方が稀だ。それに道郎=ウォーレンには常に護衛がついていた。

 まず組織が開発した警報装置が反応した。そこで護衛に通報、それも緊急の通報が飛んだのだが、反応がない。

 だから俺が呼ばれた。

 こういう時、あまり良い展開は期待できないものだ。

 吸血鬼の超能力により、ある種の結界が張られて通報が届かないか、無力化されているかのどちらかが大半である。装置の技術的、物理的故障というのはありえない。組織はそんな初歩的なミスはしない。

 吸血鬼どもと、世界中で、数世紀にわたって暗闘を繰り広げているのだから、そんなダサいミスをするような奴は組織にはいない。居場所はない。

 大型二輪は徐々にスピードを上げ、住宅地を抜けて、通りへ出た。

(聞こえるか、ハンター・ワン。こちら、イーグル・ワン)

 耳元で急に声がする。それが切り裂いていく空気の雑音にかき消されないのは、耳元に内蔵されている通信装置だからだ。

「聞こえるよ」

 俺の方は声を出さなくちゃならない。思念で会話などという異常な技能は人間には基本、備わらないし、科学技術もまだそこには到達していないのだった。

 背後で篤郎がこちらを伺う気配。後で説明しなくちゃならないとなると、もう何もかもを投げ出したい。

 俺はあくまで狩人であって、説明係じゃないんだぞ。

 耳元の声は俺の怒りなど知る由もなく、平然と続く。

(ガーディアン・イレブンとトゥエルブの安否が確認された。どちらも殉職だ。ハンター・ワンはポイントAAに向かえ)

「なんだって?」

 さすがに大きな声が出てしまった。後ろで「なんですか?」と篤郎が確認してくるのに、「こっちの話だ」と伝えておく。

 もう一度、俺は唸るような声で確認した。

「イーグル・ワン、確認する。ポイントAAで間違いないか?」

(そうだ、ハンター・ワン。ポイントAAだ)

 冗談を言う相手ではないが、こういう時、冗談であって欲しいと思うことを告げられるのは、ままあることだった。

 そういう時は、俺も危険な只中にいるということを経験的に知っている。

 了解、と答えてから、頭の中の地図を検討する。

 現在地点から一般道でひたすら北上し、市街地を離れる必要がある。このあたりはある種の盆地で、その低い場所に人間の生活圏が密集する。つまり周囲にはまだ山間の森林が多くあり、道こそ様々に切り開かれているが、人家など滅多にない。

 そんなやや標高の高い私有地とされる森の中に用意されたセーフハウスが、ポイントAAだった。

 吸血鬼どもの中には、人間の気配を嫌うものたちがいる。彼らは沈黙派とか隠遁派と呼ばれ、自分たちの存在を人間たちから隠そうとする。こいつらは基本的に組織との取引か、どこか余所との取引により、人間社会での身分を手に入れたり、もっと言えば吸血衝動を解消するための人血を手配する。

 だから人間がいるところで、騒ぎを起こそうとしないのだ。

 しかし逆の立場のものも多い。

 そちらは解放派などと呼ばれ、その中でも過激派に属する吸血鬼は、人間との大戦争を渇望しているという話だ。今のところ、その予兆はないし、どうやら吸血鬼の中では少数派らしいが、あまり楽しい想像ではない。

 現代的吸血鬼はほとんど弱点を持たない。

 かろうじて彼らに対抗できるのが、太陽光と銀である。この二つだけは彼らの中にあるV2という特殊なウイルスの活動を妨げ、また半不死とも言われるその強靭な生命力を断つことができる。

 あとはダンピールだけが持つ能力が、現時点での対吸血鬼戦の命綱だ。

 ともかく、組織の現場指揮をとるイーグル・ワンに指示に従い、市街地から離れるしかないが、ピクニックやドライブならともかく、今の状況で好んで人気の少ないところへ行くのは、恐怖しかない。

 まさか解放派が総出でやってきたり、沈黙派が横槍を入れて襲撃してきたりもしないだろうが、ついさっき、道郎=ウォーレンの家で俺と戦った吸血鬼にとっては格好のロケーションといえる。

 なにせ、どれだけ騒いでも、それに気づく人間がいない。

 組織からすれば下手に民間に影響を与えたくないのだろうが、俺の安全、ついでに篤郎少年の安全は二の次らしい。

 気にくわないが、組織は俺が自分の身を自分で守り、篤郎少年の身も守ると見ているなら、その期待に応えるよりない。

 すでに任務は始まり、守るべき対象はすぐ後ろにいるのだ。

 すでに夜は深くなり、ヘッドライトには道路とそこに引かれた白線が浮かび上がるように見える。前にも後ろにも車はなく、対向車も来ない。静かな空気を、大型二輪の野太いエンジン音が破っていく。

 はるか昔に見た、SF映画を思い出した。

 冒頭で、似たようなシーンがあった。

 なんでそんなことを考えたのかを検証するのはやめにした。

 とにかく俺は護衛であり、説明係だ。

 くそったれ。



(続く)

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