第364話 祭りが終わった夜

「ほら、マルティナ、もう部屋に戻るわよ」


 私は食べ過ぎで動けなくなっているマルティナを引っ張る。


「ちょ、ちょっと、レイチェル…待って…溢れちゃう…溢れちゃうってば…」


 そう言って、マルティナは口を押さえている。


「だから二週目は止めなさいっていったでしょ? しかも、色んなものをとってきてチーズフォンデュしてたでしょ…」


「いや、あんなのめったに食べられないし、食いだめしておかないと…」


「私たちは牛ではないんだから、反芻なんて出来ないわよ、とりあえず部屋に言って休みましょ」


 とりあえず、私たちの祝賀パーティーは一度お開きになって、後はお酒を飲む大人の時間になっている。一応、コロンだけは会場に残って、今後のマルティナの活動やその利権について、色々な人と話をするそうだ。もう一端の事業家だ。


 他のメンバーというと、ミーシャは早々にお腹がいっぱいになって、お開きになるまで眠そうにしていた。オードリーはローストビーフを満喫したあと、アニトラちゃんに付きまとわれて、大変そうであった。テレジアはウルグと一緒にずっとチーズフォンデュをしていた。ウルグと同じ量を食べていたように見えたのだが…テレジアは意外と大食いで驚いた。でも、ウルグと一緒に楽しそうに食べていたので幸せそうであった。


 そんなみんなもお開きになって、それぞれ自分の部屋に戻っていく。美味しくて楽しい時間であったが、そろそろ興奮も冷めて来て、今日の疲れが表に出て来て、瞼と身体が重くなってくる。


「ほら、マルティナ、部屋に尽いたわよ」


「お帰りなさいませ、マルティナお嬢様」


 部屋では先に戻っていたシャンティーが出迎えてくれる。


「あっ、えっと、只今…シャンティーおばさん?」


 シャンティーの姿を見たマルティナは畏まって声を掛ける。


「マルティナお嬢様…今まで通りシャンティーとお呼びください」


 シャンティーはいつも通りのポーカーフェイスで答える。しかし、今思えば、このポーカーフェイスでジュノー卿との繋がりがどうして分からなかったのだろう…やはり、歳が離れているせいかな?


「いや、でもだって…」


 マルティナは言葉に詰まる。そのマルティナを見てシャンティーははぁ~と半ば呆れ交じりのため息をつく。


「こういう事になるから、マルティナには絶対に私の正体を明かさないでって兄さんに言っていたのに…」


「あっ、そうだったんだ…」


「そうですよ、それに私が叔母だと分ったら、マルティナも落ち着けないでしょ? それに、悪さをする時に、私の目の届かない所でやろうとするし…」


「あっそれはあるかも…」


 私は思わず声に出していってしまう。


「えぇ~ そんなことは… 買い食いとか大人買いはやりそうかも…」


「まぁ、その辺りは、私の分も買って下さるなら、目を瞑りますので、私の目の届かない行動はおやめ下さい」


「えっ? そうなの、賄賂を支払えば見逃してもらえるんだ。共犯なら安心できる」


 さらりと凄いことを言っているな…まぁ、やる事は子供の悪さだけど…


「とりあえず、シャンティー、お茶をいれてもらえる? 目が冴えないのがいいわ、レイチェル、ちょっとだけ付き合ってよ」


 もう普段のマルティナになっている。切り替えが早いのか、それとも共犯宣言をしたから安心したのかどちらだろう?


「えぇ、後で眠れるお茶ならいいわよ」


 そう答えて、私はマルティナの前のソファーに腰を降ろす。


「さて、イベントは今日で終わったし、ここでみんなと共同生活するのも今夜で最後になるわね…」


 マルティナがソファーの背もたれに身体を預けながら、天井を仰ぎ見て、そう漏らす。私は、そのマルティナの言葉ではっと気が付く。


 今日でここの生活も終わりなんだ…


 そう思うとなんだか、寂しいような切ないような気持ちになってくる。


「色々、大変だったけど、毎日がお祭りみたいで楽しかったわよね…」


「そうね…明日の片づけが終わったら、そのまま夏休みになるから、もっと寂しくなるかも…」


 しみじみというマルティナの言葉に、私もこのロラード家の天井を仰ぎ見ながら答える。


「あっ!そうか… もう夏休みになるんだっけ…忘れていたわ…」


 今度は私の言葉でマルティナが気が付く。


「そうですよ、マルティナお嬢様、明日から夏休みになります」


 そう言ってシャンティーがお茶を出してくれる。


「あっ、ありがとう、シャンティー」


 マルティナはお茶を受け取るとちびりちびりと飲み始める。


「まぁ、マルティナお嬢様が、夏休みの事をお忘れになっておられるようでしたから、どうころんでも良いように準備はしておりますが、ダラダラとするのはおやめください」


「シャンティーってさぁ…もしかして、私の心を読めるの?」


 マルティナはジト目でシャンティーを見ながら尋ねる。


「ふふふっ、それはマルティナが分かり易い性格をしているからよ」


 私は笑いながら、マルティナの言葉に口をはさむ。


「ふふっ、そうですね、マルティナお嬢様は分かり易い性格をなさっています」


「そうかなぁ~ まぁ、自分の欲望に正直だし…」


 珍しくシャンティーも笑みを浮かべている。


「話は戻りますが、ダラダラするなとはいいましたが、実際にはダラダラする暇なんて無いと思いますよ」


「えっ? どうして? 実家の方で何かあるの?」


 マルティナはカップから顔をあげて、シャンティーを見る。


「お嬢様、お忘れですか? 軍の演習で歌わなければならない事を、その他もの、コロン様より色々と予定が飛び込んできていると伺っておりますよ」


「あっそうだ…演習で歌う約束をしたから、資材や兵隊さんを貸してもらえたんだっけ」


 マルティナは本当に忘れていたような顔をする。


「そんな事を言っていたら、あの准将やランディーさん、兵隊さんたちに怒られるわよ?」


 私がそう言うと、マルティナはてへっとベロを出す。


「しかし、今日、公演したところなのに、もう次の話が来ているのね…私もコロンからまだ詳しい話を聞いていないわ…」


「レイチェル様、決まっているのは、軍の演習だけで、他まだ、打診のされた状態ですので、詳しい話は今後になりますね。もしかすると、コロン様の代わりにレイチェル様がその対応をしなくてはならないかも知れませんよ」


「コロンの代わりに私が? どうして?」


 そう言った交渉はコロンの担当だと思っていたので、予想外の話だ。


「コロン様はマリンクリンのグッズや広告宣伝の交渉に追われると思うので、イベントについては消去法でレイチェル様が引き受ける事になるかと…」


 消去法というのが気にかかる。


「具体的には?」


「ミーシャ様はあの御姿なので、交渉には不向き化と…オードリー様はオペル座の事がありますし、テレジア様も治療院の事や、お家騒動の事もありますので、あまり動けないかと…そう言う訳で、レイチェル様が担当になるかと…」


「なるほど…納得したわ…所でグッズの方はどんなのかしら?」


「私も詳しくは知りませんが、ジュノー卿がグッズ製作に熱意を燃やしているそうで、かなり前向きだと仰っていました。マリンクリンのキャラクター全員のグッズを作って一儲けするとかで…」


 この世界でもフィギュアとか作るのだろうか?


「全員のキャラクターグッズね…マリンクリンとミルミル、オリヴァーは人気ありそうよ…私のグッズは売れないと思うけど…」


「いえ、そんな事はありませんよ、なんでもレイチェル様の悪の女王レイディーは二番人気だそうですよ」


「えっ!? マジで!?」


 シャンティーの言葉にマルティナが驚きの声をあげる。…失礼な…


「えぇ、なんでも親御さん向けに、子供にいう事を聞かせる為に、悪の女王レイディーの絵を販売しようという事で…」


「えっ!? ちょっとまって!! なによそれ!?」


「レイチェルのレイディーってもしかして、なまはげ扱い?」


 なまはげ扱いって…悪い子はいねが~ってあれよね…


「ちょっと、それ…ショックだわ…」


 私は頭を項垂れる。


「そんな事をコロン様の前で言ってはダメですよ、コロン様のコリンが人気最下位なんですから…それでもグッズの交渉をなさっているのですよ?」


 それもそれで、結構、キツイな…


 そんな話をしていると、マルティナが大きな欠伸をし始める。


「あっマルティナ、そろそろ限界の様ね、お茶会もお開きにしましょうか」


「ん…そうね…急に眠くなってきたわ…」


 マルティナはごしごしと瞼を擦る。


「では、私もこの辺りでお暇するわね、おやすみ、マルティナ」


「ん、おやすみ、レイチェル…ありがとね…」


 こうして、私はマルティナの部屋を後にした。


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