第363話 愚か者たちの顛末
「ディーバ先生、まだお加減がすぐれないのですか?」
私は椅子に辛そうに腰を降ろしているディーバ先生に声を掛ける。
「レイチェル君か…」
ディーバ先生は背もたれから身体を起こし私を見る。
「体調を早く戻す為にも何か召し上がりますか?」
「いや、普段の元気な時なら美味しそうな料理なのだが、今の私では、どの料理も重そうに見えてな…」
「では、お寿司なんてどうですか?」
私はそう言いながら、ディーバ先生の隣に腰を降ろし、手に持っていたお寿司の一つを先生の前に置く。
「名前は聞いた事があるが、これが寿司というものなのか…生魚の切り身の様にみえるのだが、大丈夫か?」
「そう、仰られるのなら、私が先生の目の前で毒身をしますね」
私はそういって、目の前の寿司の中から、鯛を選んで醤油につけて一口でパクリと頂く。口の中に新鮮な鯛の歯ごたえと共に、魚の旨味と醤油のコク、そして、後からツーンの鼻に上がってくるワサビの辛みに、美味しさと懐かしさで身もだえする。
「うぅーん! 美味しい! この世界でこんな本格的なお寿司が食べられるとは思って今sんでしたよ!」
「なるほど、この寿司というものは元々、君の世界にあった料理なのだな? 君がそこまで美味そうに食べるのなら、私も頂いてみよう」
ディーバ先生は私の食べる姿を見て、自分も鯛を一つ摘まんで食べる。
「なるほど…これは思った以上に美味いな…酸味のある米が食欲をそそり、魚の美味さを引き立てている。また、僅かに添えてある清涼感のある辛い香草が、魚の生臭さを消して、味のアクセントになっているな」
どうやら、ディーバ先生はワサビは大丈夫のようだ。
「醤油につけて食べるともっと美味しいですよ」
「どれどれ、試してみるか…」
ディーバ先生はタコを摘み、醤油に付けて口の中に放り込む。
「うむ、このシャバシャバなソースがここまでの美味さとコク、そして風味を持っているとは驚きだ! しかも、寿司とよく合う!」
どうやらディーバ先生はお寿司をお気に召したようで、食欲も戻って、次のお寿司に手を伸ばす。
「お気に召して頂いたようですね、何か飲み物も持ってきますね」
「レイチェル君、すまないな」
私は立ち上がって、飲み物を置いてあるところを探す。
「ここまで、完成度の高いお寿司を作れるんだから、もしかして、緑茶もあるんじゃないかな?」
私はそう思って、先程の板前さんの所へ向かう。
「あの、すみません、もしかしてお茶も置いてます?」
「お嬢さん、分かってるね、緑茶の事だろ?ちゃんとあるよ」
板前さんは待ってましたと言わんばかりの顔をする。
「では、お二つ、いただけますか?」
「あいよ! お茶、二つね」
板前さんは威勢よく答えると、すぐさまお茶二つを用意して差し出してくれる。しかも器はティーカップではなく、ちゃんとした湯飲みだ。この板前さんにお寿司を教えた日本人転生者は結構、拘っていたと見える。
私は、板前さんに礼を言い、ディーバ先生の所へ戻る。
「ディーバ先生、飲み物です。熱いので気を付けてください」
「ありがとう、レイチェル君」
ディーバ先生はお茶を受け取ると一口啜る。
「お寿司を一つ食べるごとに、一口飲んで、口の中をリセットしながら食べると良いですよ」
「なるほど、よく考えてあるな」
そうして、私とディーバ先生は、二人で話をしながらお寿司を食べていく。
「ふぅ、これで明日からの仕事も何とかこなしていけそうだな」
お寿司を完食したディーバ先生は、満足そうな顔をしながら、椅子の背もたれに身体を預ける。
「ディーバ先生、早速、明日からお仕事なのですか?」
「あぁ、あの大講堂の一件で余計な仕事が増えたのでな、学園の法務部やら、帝国の法務局に足を運んで、審判やら証言やらせねばならん」
そう言って、ディーバ先生はお茶を啜る。
「学園の法務部の仕事は分かりますが、帝都の法務局まで足の伸ばさないといけないのですか? そちらは向こうに任せても良いのでは?」
「いや、そういう訳には行かない事情が出来たのだ」
「そういう訳には行かない事情?」
やはり、公爵家の問題となると、一筋縄では行かない事があるのだろうか?
「あの回復剤を貰った後に、連絡が来てな、何でも私たちが立ち去った後に、イアピースの現当主とベルクードの当主、並びに第一夫人が学園に来たそうなのだ」
「まぁ、あれだけの事件ですから、最高責任者が来ても当然ですね」
「そうだ、普通は当主が直々に来て当然の問題だ。では、何故、あの二人が来ていたと思う?」
「事件を隠蔽する為…ですか?」
とりあえず、思いついた事を言ってみる。
「そうだ、だが隠蔽するのは世間にだけでなく、当主に対しても必要だったようだ」
そういえば、身分の事でディーバ先生が何か言っていた気がする。
「先ずはイアピースのノーマンの方だが、あの男は、オリオスのハーレムとやらに、親子で入り浸っていたそうだ。なので、その問題が明るみに出る事と、オリオスが廃嫡になり、これまでの悪事が明るみになるのではないかと恐れて、隠蔽しに来たそうだ」
「お、親子でそんな事をしていたんですか!? ちょっと、信じられませんね…」
前世の日本や、私が学んできた歴史に於いてもそんな話は聞いたことが無い。ちょっとどころか、かなり異常な親子である。
「そして、その話が妻で当主のイアピース卿にバレて、オリオスは廃嫡、ノーマンは貴族位剥奪の上、離婚となるそうだ。そしてイアピース卿も、当主の座を妹に譲って贖罪とするそうだ」
「そのイアピース卿もそんな夫と子供の為に災難ですね…」
「まぁ、そんな男を夫として選んだことと、子供の躾が出来ていなかった事が原因であり、責任といえなくもないが、良識ある判断を持っていたので助かった」
あぁ、確かにそう言えば、責任があると言えるな。
「次にレイホン夫人に関してだが、彼女はベルクードの第二夫人で、長男であるエリシオを産んで、エリシオが嫡男として次期当主になるものと考えていた。しかし、今回の一件でエリシオが廃嫡になるのではと思って、隠蔽に来たようだな」
これは事前に聞いていた話通りの内容だ。
「なるほど、自分の息子を跡取りにする為に隠蔽に来たのですね。私の聞いた話では、第一夫人が次男を産んでいるので、次期当主の座がその次男に奪われるのではないかと恐れていたと聞いています」
「なるほど、そこまでは私は知らなかったな、だが、レイホンは息子が次期当主となる事でベルクード内で傲慢に振る舞い手の付けられない状態だったそうだ。それで、ベルクード当主とその第一夫人が、ノーマンと同じく、貴族位を剝奪と離婚をする為の証拠集めをするために、後から学園にやって来たそうだ」
「なんだか、ノーマンとレイホンのあの二人、似たような性格ですよね… 二人が結婚していたら、恐ろしいことになりそう…」
「はははっ、レイチェル君は面白いことを言うな」
珍しくディーバ先生が声をあげて笑う。
「後は、カイレルの事だが、こちらはカルナス家の当主が来ていたようだ。優秀な一面を持っていたから期待していたようだが、カイレルの事は廃嫡して、別の者を次期当主に当てるそうだ」
「えぇ!? カイレルって優秀だったんですか?」
マルティナの影響でただのクソ眼鏡と思っていた。
「一応はな、魔術具、特にゴーレムに関してはそれなりの功績があった。しかし、その才能が当主として必要な才能とは、私は思わんがな… 小さな領地の当主なら、一芸秀でた者でも領地を繁栄させることが出来るが、カルナス家のような公爵家となると、一芸よりも、人材運用や人心掌握が必要になる。人一人の力では大領地の全てを統治することはできないからな」
「なるほど、そうですね…そういえば、以前話をしていたセクレタさんのアープ家はどうなんでしょう? 当主のマールさんは凄い方なんですかね?」
「あそこは例外だ。一芸秀でた人材が100人もいて、その上で人材運用や人心掌握に長けた、セクレタ女史がいる。当主が余計な事さえしなければ、栄えていくだろう」
「でも、そんなセクレタさんを取り込むぐらいですから、マールさんも何か凄い能力をお持ちなんでしょうね」
「かもしれんな、学園時代はぱっとしない人物であったが、私が見抜けなかっただけであろう」
ディーバ先生はそう言うと、湯飲みのお茶を飲み干して、テーブルの上に置く。
「さて、私はそろそろ、先にお暇させてもらう。明日の仕事があるからな、レイチェル君は十分楽しんでいくと良い」
ディーバ先生はそう言うと、会場を後にした。
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