第362話 祝賀会パーティー

「皆さま! 今宵は私たちの公演の祝賀会にお集まり頂き有難う御座います!!」


 コロンは会場の上座にある壇上の上から、この学園の大講堂に匹敵するような広さの会場の参加者に向けて挨拶をする。


 私を含めて、今回のイベントで主演した私一同も壇上に上がり、会場の皆の注目に晒されているのだが、私自身、こんな経験は初めてなので、公演の時とは違った緊張感が湧いてくる。しかし、他の人たちは慣れているのか、全く動じていない。


「力を貸して下さった、学園の先生の皆さま、私たちの無謀とも思える挑戦を暖かく見守ってくれた家族、設備の設置や警護を引き受けて下さった軍の方々、裏方の仕事を黙々とこなしてくれたメイドや執事達。それらの人々のご協力のお陰で、私たちの公演は大成功を収める事ができました!」


 コロンは言葉で協力して頂いた人々の事を言う度に、その人々を見渡して言葉を述べていく。やはり、この辺りは演説に慣れているのだろう、人心掌握が上手い。


「それでは、ここでその成功を祝して乾杯をしたいと思います! 皆さま、お飲み物を囮下さい!」


 皆がその言葉に配られたグラスを受け取ったり、近くのグラスを手に取る。皆がグラスをてに取っている間に、コロンはマルティナに中央の場所を変わって、乾杯の音頭を取らせる準備をする。


「それでは、皆さん、お手元に飲み物はありますか?」


 マルティナは会場の皆に呼びかけて、会場を見回す。どうやら、全員グラスを持っている様だ。


「それでは、今回の成功と皆の協力に感謝を込めて乾杯します! かんぱーい!!」


「かんぱーい!!」


 マルティナのグラスを高く掲げた乾杯の声に、会場からも乾杯の声が巻きあがる。グラスを合わせる音も鳴り響き、皆がぐいぐいとグラスの中の飲み物を煽っていく。


 私たちも壇上の上で、皆でグラスを合わせて、飲み物を飲み干していく。


「ぷはぁ!」


 マルティナが親父臭い声をあげながらグラスの飲み物を飲み干す。


「ふぅ… これ、酒精も少しはいっていますが、フルーツでかなり割ってあるので飲みやすくて美味しいですね」


 私は飲み干したグラスを眺めながらそう話す。


「そうでしょ? お酒もフルーツもうちの領地で取れたものなのよ、レイチェル、何でしたら、フルーツで割らずにそのままお酒を試してもいいのよ?」


「いえ、私はこの程度の酒精で十分だわ、そのままだと、酔って倒れてしまうかも」


 私はコロンの申し出にお断りを入れる。この世界では飲酒は何歳からという法律などはない。それは、清潔な水が手に入り難い地域では、飲料水代わりに、薄めた酒を飲む地域があるためだ。また、特に貴族は若いうちから祝いの席に出席する機会が多いので、必然的に飲む機会が増えるのだ。


「それなら会場に用意した料理の中に、レイチェルが食べたがっていた、ご褒美のお寿司があると思うから、そちらを召し上がってきたらどうかしら?」


「えっ!? お寿司を準備できたのですか!?」


 私は自分での目の色が変わったのが分かる。


「え、えぇ… 厨房の者からご準備できたましたと報告があったから、あると思うわよ」


 私はその言葉を聞くと、マルティナに向き直る。


「マルティナ! お寿司があるらしいわよ!」


「えっ!? マジで!」


 マルティナは私の言葉に目を開く。


「どこにあるのかしら?」


 私は壇上から会場を見下ろし、お寿司のある場所を探す。


「その他にも、ミーシャのご希望のフルーツタルトや、テレジアのご希望だったチーズ料理はチーズフォンデュも用意しているわ、オードリーのご希望だったローストビーフもシェフが調理しながら切り分けてくれるわよ」


 コロンのその言葉に私とマルティナだけではなく、ミーシャやオードリー、テレジアの目の色が変わる。みんな、色気より食い気である。


「とりあえず、他の皆の希望の品も食べたい!」


「そうね…ローストビーフをチーズフォンデュしたら美味しそう…」


「何それ!? 私も食べてみたいですっ!」


 皆がごくりと唾を呑み込む。


「ふふふ、沢山用意したから、皆に回るわよ、私はお世話になった方々へ挨拶回りをするから、皆さんはいってらっしゃいな」


 コロンの言葉に皆は頷くと、駆け出していくわけにはいかないので、速足で皆、それぞれの目的の料理のある場所へ向かう。


「マルティナ、先ずどこから行く?」


「お寿司も良いけど、多分食べ過ぎると思うから、一番初めにローストビーフに行かない?」


「良いわね、最初は普通に食べて、もう一枚はチーズフォンデュにしましょう」


「いいわね、それでいきましょ!」


 私たちはローストビーフのコーナーに辿り着くと、早速列に並んで切り分けてもらう。


「うま!」


 マルティナはローストビーフを口に放り込むと、目を見開いてもりもりと食べる。


「美味しいわ… 前世でもこんなの食べた事が無いわ…」


「じゃあ、次はチーズフォンデュ行くわよ!」


 私たちは小皿にローストビーフを一枚残したままチーズフォンデュのコーナーへと向かう。チーズフォンデュのコーナーでは、専用のフォークで直接食材を鍋の中にいれる事も出来るが、チーズを掛けるためのお玉も準備されていた。私たちはそのお玉を使って、チーズをローストビーフに掛ける。


「見た目だけでも、美味しさが伝って来るわね…」


「たっぷりかけましょ! たっぷり!!」


 私たちはチーズの糸を引きならチーズの掛かったローストビーフを口に入れる。


「うわぁ! めっちゃ美味しい!」


 ローストビーフの旨味を含んだ肉汁と、チーズの濃厚な味が混然一体となって口の中に広がる。


「これ、もう一枚ローストビーフを貰って来たら良かったわね…」


「もう一枚は二週目よ! まず、一週目は色んな物を食べていかなくちゃ」


 その後、マルティナの希望であった、飲むヨーグルトで口をスッキリさせた後、目的のお寿司コーナーへと向かう。そこには既に握られた寿司もあったが、恰幅の良い板前さん風の方が、寿司桶とネタを前に暇そうにしていた。


「もしかして、希望のネタを握ってもらえるんですか?」


 私が声を掛けると板前さんは、暇そうな顔から嬉しそうな顔へと変わる。


「へい! なんでも握りますよ! ここの方は寿司に馴染みが無い様で、暇していたところなんですよ」


「じゃあ、じゃんじゃん握ってもらえますか!」


 マルティナが嬉しそうに声を掛ける。


「分かりました! じゃんじゃん行きますよ!」


 そう言って、板前さんは袖を捲って、どんどん、寿司を握り始める。私たちは備え付けてある小さなカウンター席に腰を降ろし、寿司が出されるのを心待ちにする。そんな時に私たちの後ろから声が掛かる。


「マルティナ」


 振り返って見ると、そこには、マルティナの父親のジュノー卿の姿があった。


「お父様、どうされたんですか?」


「いやな、今回のイベントでお前の人気は間違いない物だと思った。そこでだ、今後、ジュノー家の商社で、お前の関連グッズを生産して作って行こと思うのだよ」


「私のグッズ!?」


 マルティナが驚いて目を丸くする。


「そうだ、子供向けのおもちゃや、衣装も需要がありそうだな、その他の品も、お前を前面に押し出せば、どんなものでも売り上げが伸びそうだ。どうだ? マルティナ」


 いつもはポーカーフェイスのジュノー卿がわずかであるが、口角が上がっている様に見える。


「ジュノー卿、お待ちくださいませ」


 そのジュノー卿の後ろからコロンの声が掛かる。


「おやおや、これはコロン嬢、ご機嫌麗しゅう」


「ジュノー卿、自分の娘だからといって、抜け駆けはよろしくありませんわよ、マルティナのマリンクリンに関するお話は私も一声かけて下さらないと」


 コロンは口元を扇子で覆いながら、ジュノー卿を見据える。


「やれやれ、これは手厳しいな…やはり、マルティナの成功の裏には、コロン嬢、貴方が糸を引いていたようだな」


「はい、マルティナはこれから先、帝国では知らない物などいない存在になると確信しております。なのでそのビジネスの話については、じっくりと話し合いを致しましょう」


 ビジネスの話に関しては二人とも一歩も引き下がらないようだ。


「分かった、では、早速何処か腰を降ろせる場所で話をしようか、マルティナ、お前もついてきなさい」


「えぇ~ これからお寿司を食べる所なのにぃ~」


「お話が終わったら、ちゃんと食べさせてあげますわよ」


 不平をあげるマルティナをコロンとジュノー卿が連れ去っていき、私は一人残されて、目の前には、二人前の寿司が置かれていた。


「えっ、私一人で二人前を食べなければ行けないの?」


 私は一人で食べる訳には行かないので、辺りをキョロキョロと見回す。すると、会場の端に設置された椅子に腰を降ろすディーバ先生を見つけた。恐らく、疲労の為に腰を降ろしているのであろう。私は二人前の寿司を持つと先生の所へと向かった。

 





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