第359話 子が子なら、親も親

 私は突然、背中からかかった声にビクつきながら振り返ると、そこには青白い顔をしたディーバ先生の姿があった。


「ディーバ先生!? 一体どうしてここへ? 先にロラード家に向かわれたのでは?」


「私もそうしたいところであったが、憲兵隊から呼び出されてな…なんでも、学園内でとんでもない事をやらかした学生がいる様でな」


 その言葉に、マルティナはキャットフードの缶を開けた時の猫の様に、目を輝かせて、耳を立てる。


「言っておくが、部外者は連れていけんぞ…だが、私も今は疲労困憊している身、誰か肩を貸してくれる人物なら同行させても良いが…」


 これは私たちの気持ちを汲んでくれているのか、本当に歩くのが辛いのかどちらであろうい?


「あぁ~ 仕方ないわね… レイチェル、インガをこちらに渡して」


 そう言って、マルティナがインガちゃんを受け取る為に、手を差し出してくる。


「えっ? どうして?」


 私は訳が分からないまま、マルティナにインガちゃんを差し出す。


「えっ? レイチェルがそれを自分でおっしゃるのですか?」


 コロンが私の言葉に、少し目を丸くした後、ほほほと笑う。


「だって…私たちがディーバ先生に肩を貸す訳には行かないでしょ?」


 そう言って、インガちゃんを受け取ったマルティナはニヤニヤと笑う。そういう意味だったのか…


 マルティナとコロンのその態度で、少しディーバ先生を意識してしまった私は、出来る限り平静を装ってディーバ先生を見る。


「レイチェル君、済まないが、肩を貸してもらえないか?」


 ここで爽やかな笑顔で言われたら、私も気持ちもどうなっていたか分からないが、ディーバ先生は本当に辛そうな顔で言ってくる。ホント、こういう所がその気になれない…


「わ、分かりました、ディーバ先生、肩をお貸し致します」


 私はディーバ先生から顔を逸らせながら肩を貸す。


「恩に着る。とりあえず、あの憲兵と押し問答している所に向かいたい」


 ディーバ先生はそう言って、貴族の男女二人と憲兵が押し問答している所を指差す。


「はい、分かりました」


 私たちは、肩を寄せ合いながら、押し問答している場所へと進む。


「だから、何度も言っていますように、取り調べ等が終わるまでお待ちください!!」


「私を誰だと思っているのだ!! イアピース公爵家当主だぞ!!」


「私はベルクード公爵夫人よ!! 貴方、姓名を名乗りなさい! 後で、首にして追放してやるわ!!」


「何をしている!!!」


 傲慢な言動をしている二人に、ディーバ先生が語気を怒らせて声をあげる。突然のディーバ先生の声に肩をビクつかせて驚いた二人は、その声の主であるディーバ先生に向き直り、自分たちを驚かせたディーバ先生に、怒りと敵意の眼差しを向ける。


「急に大声をあげるとはなんたる無礼な奴だ!!」


「そうよ、私を誰だと思っているの!! ベルクード公爵夫人よ!! 跪いて詫びなさい!!」


 二人は怒りで声を荒げ、エリシオの母親は、扇子を地べたに差して、ディーバ先生に平伏す様に言い渡す。


「ディーバ様、よく来てくださいました!」


 ディーバ先生の姿を見た憲兵が、表情を緩めて、声をかけてくるが、ディーバ先生は、手を出して、任せろというような合図をする。


「私のこの学園の教師と、学園の治安担当を任されているディーバ・コレ・レグリアスだ」


 二人は名前からディーバ先生が同じ公爵家の人間だとわかりぎょっとする。


「そちらの男性が、イアピース家のノーマン・コース・イアピース殿でしたな…そちらの女性はベルクード家のレイホン・コース・ベルクード殿ですな」


 二人はディーバ先生に名前まで言い当てられ、更にぎょっとする。


「あぁ、確かに私は、ノーマン・コース・イアピースだ」


「私は、レイホン・コース・ベルクードよ」


 二人は少し狼狽えながら、改めて名を名乗る。


 二人とも公爵家の人間に違いないが、イアピース卿は豪華な衣装を纏っていても、オリオスと同じで身長が低く、歳をとっている割には若く…いや、精神的に幼そうな顔立ちをしている。レイホン夫人は、派手な衣装と、整った顔立ちで一件華やかに見えるが、その瞳だけは、狂信的な熱を帯びた瞳をしており、顔を合わせただけで、危ない人だと分かる人相だ。


「先程、お見受けしていた限りでは、中におられる御子息に会わせろと事でしたが…」


「そうだ! 息子に急用があるんだ! 早く会わせろ!」


「私も早くエリシオちゃんと、領地に戻らなければならないのよ!!」


 二人は壊れた機械のように、また同じことを言い始める。


「なるほど、お気持ちは察しますが…単なる事件の場に居合せた者なら、事情聴取の後、すぐに介抱しますが、私が連絡を受けた話によると、お二人の御子息は、場に居合せた者ではなく、関係者…いや、当事者と聞いておりますので、当分はお会いになれないかと…」


 ディーバ先生は厳しい表情で二人に告げると、憲兵に向き直って指示を出す。


「済まないが、現状、分かっているだけで良いから、調書を持ってきてくれない?」


「はい! 直ちに持ってまいります!」


 憲兵はさっと敬礼すると、すぐさま大講堂の中に駆け出し、そして、本当にすぐに調書を持って帰ってきた。


「はい! こちらです!」


「すまぬな」


 ディーバ先生は受け取った調書をパラパラと捲りながら中身を確認していくと、その顔の眉間の皺がドンドン深くなっていく。


「なんと破廉恥なっ!!」


 調書を見ていたディーバ先生は、荒げた声をあげる。


「帝国の最高学府である、この学園で乱交パーティーを開こうとしていただと!?」


 私はディーバ先生の怒りの声と、その内容に、驚いて口が開く。


「い、いや…私の息子のオリオスは、そのような所と知らずに訪れただけだろう…」


 イアピース卿は、さっきの勢いは消えて、なんだか狼狽えながら、目を泳がせる。


「エ、エリシオちゃんもだ、騙されただけなのよ…」


 ベルクード夫人も目を逸らせている。


「二人が主催者だというのに、そんな訳が無かろう!!」


 ディーバ先生の落雷の様な怒声が響く。


「しかも、料理に催淫剤を混ぜていたとは…なんと悪辣な…」


 ディーバ先生は怒りを露わにして吐き捨てる。


「り、料理に催淫剤だと!? オリオスがその様な事をするはずがない!!」


「そうよ! きっと誰かに陥れられたんだわ!!」


 二人は我が子を庇う為に、ヒステリックな声をあげる。


「見積書にも発注書にも、二人のサインが記されている。それでも業者が密かに仕込んだと言えない事もないが、言い逃れ出来ない証拠もある…」


 ディーバ先生は調書の中に忌々しいものでも見たような顔をしていて、その説明に関しても口にするのも汚らわしい感じだ。


「提出された企画書ではダンスパーティーを執り行うと記されているが、中を見聞した者の報告では、みだらな事をするための個室が幾つも用意されていて、その個室の中にはご丁寧に避妊具まで用意されていたそうだ…こんなダンスパーティーがどこにある!!!」


 ディーバ先生は烈火の如く、二人に今まで見た事も聞いた事もない怒声を浴びせる。その先生の怒声に、流石に二人はタジタジになって顔を伏せる。


「まぁ、幸いな事に、参加者が少なくて、被害者が居ないのが不幸中の幸いであるが、この誇りある帝国最高学府に泥を塗った事を甘く見ない方が良い… 退学ではなく、除籍処分になるものと思え!」


 二人はディーバ先生の言葉に、ショックのあまり呆然とする。退学の場合には自主的に学園を止める事であるが、除籍処分は言わば学園側から追放される意味になる。なので、除籍処分の場合は除籍された本人のみならず、その家についてもこの上ない不名誉な扱いとなる。その後、他校へ転向したとしても、今後の社交界や経済界に於いてまともに相手にされなくなるだろう。


「それは困る!! そんな事をされたらオリオスだけでなく、家名にまで傷がつくではないか!」


「そうよ! あんまりよ!! 横暴すぎるわ!! 皇帝陛下に訴えてやるわ!!」


 流石にマズいと思ったのか、二人は再び声を荒げ始める。


「そう思われるならなさればよいだろう、しかし、その前に、こちらも憲兵に対する脅迫や、婿養子で当主ではないノーマン殿が当主と仰っていた事や、そちらのレイホン殿も第二夫人でありながら公爵夫人と仰っていた事も、身分詐称で立件させてもらう」


 そこの言葉を聞いて、二人は顔を青くし始める。なるほど、外の者に対しては公爵家として傍若無人で傲慢に振舞えるが、家の中では、頭の上がらない人物が居て、その人に話が伝わるとマズい訳か…


 二人が顔を青くしながら脂汗をながしていると、ディーバ先生の所に別の憲兵が掛けて来て、何か耳打ちを始める。


「そうか…わかった」


 ディーバ先生は憲兵にそう答えると、再び二人に向き直る。


「では、お二人のご希望通りに御子息にお会いさせましょう」




 

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