第358話 絶賛閑散中

 さて、私たちの弟妹を引き連れて野次馬に行くことになったのだが、マルティナが、ビリエル君と、ベルタちゃんと手を繋ぎ、アーロン君とアニトラちゃんが、エーギル君とエーヴァちゃんと手を繋いで面倒を見ている。


 オードリーは私の弟妹のロータルとロッテ、それとユーミちゃんと歩いている。


 そして、私はインガちゃんを、テレジアはヘルゲ君を抱きかかえて歩いていた。


「テレジアお姉ちゃん、おっぱい大きい! おっぱいでる?」


「ごめんなさい、まだ出ないの~」


 テレジアは苦笑いの笑顔で答えている。


「ミーシャお姉ちゃん!」


 私が抱きかかえていたインガちゃんがミーシャを呼ぶ。


「どうしたの? インガちゃん」


「ミーシャお姉ちゃん、これあげる」


 そう言ってインガちゃんは包みにくるまれたキャンディーをミーシャに手渡す。


「わぁー インガちゃん、ありがとう~ わぁ!ミルクキャンディーだっ!」


 ミーシャはお世辞ではなく、本気で喜んでいる様で、すぐに口の中に入れてコロコロと舐め始める。


「レイチェルお姉ちゃんにはもうあげたし、テレジアお姉ちゃんには必要ないけど、ミーシャお姉ちゃんには必要だから」


「えっ? テレジアさんには必要なくて、私には必要なの? どうしてだろう?」


 インガちゃんの言葉にミーシャは首を傾げる。


「えっと…理由は知らない方が良いわよ…」


 私はミーシャにその一言だけ告げて、マルティナたちの後を追う。


 インガちゃんの中では、私はミーシャと同じカテゴリーなのか…ちょっとショックだ…


 そんなやり取りがあったが、次第に目的地である大講堂が見えてくる。


 先程、正門を駆け抜けていった謎の馬車が三台止まっており、言い争うような声が聞こえ、それを取り巻く野次馬の人だかりが見えてくる。


「あっやっぱり、オリオスたちのダンスパーティーで何かあったようですね」


「そうね、ミーシャ。あれ、学園の憲兵もいるんじゃないの?」


 私は大講堂の入口にいる物々しい人影を指差す。


「あっ、本当ですね… 喧嘩でもあったんでしょうかね?」


「コロンさんのいう通り、あの馬車が公爵家の物だとしたら、オリオスたちが仲間内で喧嘩でもしたのでしょうか?」


 テレジアが眉を顰めてそう話す。


「公爵家と言っても子供の喧嘩にわざわざ実家の人が来るんでしょうか… あっ刃傷沙汰ならあり得るかも…」


 私のいる限り、道徳心や良心などなさそうな人間なので、何かの言い争いから喧嘩に発展して刃傷沙汰に発展してもおかしくない。


 私がそんな事を考えていると、野次馬の人だかりの中から、先に進んでいた、マルティナとコロンがこちらに手招きしている。


「レイチェル、ミーシャ、テレジア! こっちよ!」


「早く来ないと見逃しちゃうわよ!」


 コロンは兎も角、マルティナはよく人前でそんな事を言うなと思う。本当にもうお構いなしだ。


「それで何があったの?」


 二人の所に辿り着いた私たちは、ニヤニヤするマルティナに尋ねる。


「それはこれからみたいだけど、レイチェル、大講堂の中を覗いてみて」


「大講堂の中?」


 私はちょっと背伸びをしながら首を伸ばして、大講堂の中を覗いてみる。入口に関係者以外の立ち入りを禁止する為の憲兵がいるが、大講堂の入口は広いので、中を覗く事が出来る。しかし、何かあるのではと期待していたが、特に珍しい事はなく、大きな大講堂が閑散として、人気が無く、疎らに足止めを受けている数人の参加者らしき人物と、事情徴収をする憲兵と現場検証をする憲兵の姿が見えるだけだ。


「マルティナ、ちょっと、覗いてみたんだけど、疎らに参加者と憲兵がいるだけにしかみえないわ」


 私は背伸びを辞めて、マルティナに向き直る。


「でしょ~ あいつらのイベントには参加者が殆どいなかったみたいなのよ」


 マルティナはニヤニヤと笑いながら話す。


「私も最初から見ていた人に尋ねたのだけど、憲兵が飛んできてすぐに警戒線を張ったから、人の出入りは憲兵しかいないそうよ。だから、中にいる人しか参加者がいないそうなのよ」


 コロンも扇子で口元を隠しているが、完全に笑った目元で説明してくれる。


「えっ!? あれだけ? 大講堂を使っているのにあれだけって… 学園のマルティナの家でも十分そうな数しかいませんよ?」


「でしょ、大見得をきって大講堂を使ったのに、参加者があれだけとはね…」


「あはは、小麦一粒を馬車で運ぶようなものよ」


 マルティナが声をあげて笑いだす。これ、恐らく中に聞こえる様にわざと声をあげて笑っていると思う。今までの鬱憤をこれでもかと言うぐらいに晴らしているな…


 そんな風に私たちが話していると、大講堂の入口辺りが騒がしくなり始める。


「どうでもよいから早くオリオスに合わせろ!!」


「そうよ! 私のエリシオちゃんに早く合わなければならないのよ!!」


 騒動の方へ視線を向けてみると、かなり身分の高そうな衣装を纏った貴族の壮年男性と、同じく妙齢を過ぎ去った派手ないでたちのご婦人が、憲兵と押し問答をしている所であった。


「だから、先程から申し上げてますように、中の取り調べが終わるまで、関係者以外は立ち入り禁止で、中の人間も出る事は出来ないのです!!」


 相手が上級貴族に見えるのに、憲兵は必死に二人を押し留めている。


「だから、私は中にいるオリオスの関係者だといっておるだろうが!!」


「そうよ!! 私もエリシオちゃんの母親なのよ!! これ以上の関係者がどこにいるっていうのよ!!」


 二人は罵声とヒステリックな声をあげる。


「もしかして、あのお二人ってオリオスとエリシオの親御さんなのですか?」


 二人の声から思った事を尋ねる。


「あぁ…あそこ居る男性は、オリオスの父親のイアピース卿だね…」


 今まで無言で佇んでいたオードリーが答える。


「あちらの…甲高い声の女性は、エリシオの母親でベルクードの第二夫人のレイホン様ですね…」


 ミーシャはいやな姑の事でも話す様な顔をしている。


「では、あの馬車に乗っていたのはあのお二人だったんですか…あれ? 馬車はもう一台ありましたよね?」


「あぁ、もう一台はカイレルの親のカルナス卿が乗っていた馬車よ、なんでも、憲兵と話したら別室に連れていかれたそうよ」


 マルティナは満面の笑みで答える。


「なるほど…でも、本当に大講堂の中で何があったんでしょうね?」


 私たちがそんな事を話しながら、大講堂前のやり取りを見ていると、不意に後ろから声が掛かった。


「何をしている!」


 私はその声に肩をビクつかせた。




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