第354話 姉妹

「えっ!?」


 女の子はオードリーが自分の名前を知っていた事に驚いたのか、目を大きく見開いて、オードリーを見つめる。


「オードリーさん、この子の事を知っているの? それなら親御さんの事も分かる?」


 ミレーヌさんがオードリーに尋ねる。


「いや、それは何というか…」


 オードリーは困った顔をして答え、どうすればいいと言わんばかりに私たちの方を見てくる。最初、何故、オードリーがこの子の名前を知っていて、その親御さんの事を尋ねられて、困った顔をしてこちらを見てくるのか分からなかった。


「あっ…」


 そこに、コロンが小さく声をあげる。私たちの視線がコロンに集中する。


「…夢…そう夢ね…」


 コロンは独り言の様に呟き、顔をあげてオードリーを見る。


「オードリー、恐らくあり得なかった夢でその子の事を見たのね…?」


 コロンがオードリーにそう尋ねると、オードリーは無言で頷く。


「夢の中で見たって…もしかして、前に捜してくれと言っていたのはこの子の事なの?」


 はっと気が付いた私は、オードリーに向き直って尋ねる。


「あぁ…そうだよ…」


 オードリーは女の子に慈しみの瞳を向けながら答える。


「じゃあ、その子って、オードリーの妹!?」


 マルティナが目を丸くして声をあげる。その言葉に周りにいたみんなも驚いて唖然とする。もちろん、トゥール卿もだ。


「ちょっと、待ってくれ! 一体、どういうことなのだ!? この子がオードリーの妹なんて、話が分からない!」


 マルティナの言葉に困惑したトゥール卿が、動揺しながらオードリーに尋ねる。トゥール卿が困惑して動揺するもの仕方がない。いきなり身に覚えのない妹の存在を言われては、混乱するのも分かる。


「父上…」


 オードリーはトゥール卿に答えながら、女の子の頭に手を伸ばす。女の子は頭を叩かれるのかと思い身を竦めて目を閉じるが、そんな女の子の頭を優しく撫でる。そして、女の子の頭に手で触れながら立ち上がり、トゥール卿に向き直る。


「父上には申し上げにくいことですが…でも、父上が一番真実を知る権利があると思います… この子は…その…レベッカ母上と…あのエリックの子供です…」


 オードリーは言いづらそうに、一言一言、たどたどしく述べる。


「なん…だと…?」


 トゥール卿は驚愕の事実に、大きく目を見開き、わなわなと身体を震わせて、オードリーと女の子を見る。


 トゥール卿のその反応にオードリーは、手を女の子の頭から肩に移して、自分の身体に密着させるように引き寄せる。そんなオードリーを女の子は不思議な顔をして見上げる。


「父上… 父上にとって、この子は、父上を裏切った母上とその愛人のエリックの子供です… でも、私にとっては妹には変わりないのです… だから、お願いです…この子の事は恨まないでください…」


 オードリーはトゥール卿にそう告げると、頭を下げる。そのオードリーを見て女の子も頭を下げたつもりなのか顔を俯かせる。


 あまりに突然の驚愕の事実に、息をする事も忘れたように唖然としていたトゥール卿は、何かを悟ったように目を閉じて、息をつく。


「オードリー、実は私も話さなければならない事がある…」


 トゥール卿はゆっくりとした口調で述べる。


「何ですか…? 父上…」


「実はな…私はまだレベッカの事を心の何処か片隅で愛しているのだよ…」


 トゥール卿は少し照れくさそうにそう告げる。私はその言葉に、目を伏せて唇を噛む。


 そんな私に気が付いたのか、トゥール卿は私に向き直る。


「あぁ、レイチェル嬢、レベッカの事で、君を責めるつもりは一切ないよ…こんな事をいうのもなんだが、逆に感謝しているぐらいなんだよ…」


「えっ?」


 私はトゥール卿の言葉に顔をあげる。


「結婚した頃のレベッカはね、私には勿体ないほどの美しい女性だった。そして、レベッカが居なくなっても、私が離婚しなかったのは、オードリーの事もあったが、私自身、レベッカを未練たらしく思っていたからかも知れない… だから、レベッカが再び私の前に戻ってきて、抜け殻となったレベッカを見た時は…私は、非道にも嬉しいと思ってしまった…もう彼女は他の男の所には行かないと…」


 トゥール卿は懺悔の様に、今まで胸の内に秘めていた思いを包み隠さず打ち明ける。


「しかし、そんな邪まな思いを秘めた自分が、どうしようもなく許せない自分もいるんだ…」


 そう言って、トゥール卿は女の子を見る。


「だから、その子は、そんな自分の罪を贖罪する為に現れた存在であるし、なにより、例え他の男の子供でも、私の愛したレベッカの子供だ… 恨みなんてしないよ…」


 そう言ってトゥール卿は女の子に微笑みかける。


「父上…そう言って頂けると助かります… 私は物心ついた時から、母上がおらず、逆にこのユーミはずっと母上と一緒にいました。でも、この子の目は、あの日、母上が居なくなった時の私の目と同じ目をしているのです… 愛情に飢えた子供の目です…」


 女の子はオードリーのその言葉を聞くと、ぎゅっとオードリーに顔を押し付ける様に、しがみ付く。恐らくオードリーの言葉が図星だったのだろう。そして、小さな声で話し出す。


「お母様もお父様もいつも自分の事ばかりで、私…お母様にもお父様にも、全然構ってもらえませんでした… そんな時に、オードリーお姉さまの事を知りました。お姉さまはお母様がいないのに、私にはキラキラと輝いて見えました。だから、お姉さまと会って話をしてみたいと、ずっと思っていました… でも、私はお母様がお姉さまを捨てた後に、違うお父様の間に出来た子供…絶対に受け入れられないと思っていました…でも…お姉さまが学園でイベントをなさるという噂を聞いて、いてもたってもいられなくなって、学園に向かうお父様の馬車に忍び込んで学園に来てしまったんです。でも…お父様の馬車が先に帰ってしまって、取り残された…それで…」


 女の子は矢継ぎ早に一気に話し出した。きっと、胸の内に溜まった思いが一気に溢れたのであろう。この子はずっと我慢してきたのだ。誰かに愛される事と誰かに胸を内を聞いてもらう事に…


「そうか…ユーミもずっと辛かったんだね…」


 オードリーは女の子の目線にしゃがみ、優しく抱きしめる。


「私はユーミを嫌ったりしないよ、だって姉妹だからね…だから、いつでも会いにおいで、いくらでも話を聞いてあげるから…」


「お、お姉さま!!」


 女の子は胸のつかえが外れたのか、声をあげてわんわんと泣き始める。


「それで、この子は今後どういたしますの?」


 女の子の事が気になっていたコロンが尋ねる。


「確かに私の妹でもあるけど、エリックの娘でもあるんだよね…」


 そう言ってオードリーは難しい顔をする。確かにオードリーの妹だと言っても、エリックの娘でもあるこの子を、虐待などの問題が無い限り、このままオードリーが保護するのは問題があるような気がする。それにまだ本人の意志も確認していない。


「ユーミ…」


 オードリーは女の子のユーミに声を掛ける。


「お家に帰りたいかい? ユーミの家はどこかな?」


「…馬車に荷物入れの中に隠れていたから…帰り道が分からないの… でも、お父さんの所に戻らないといけないと思う…」


 ユーミちゃんは少ししゃくりあげながら答える。


「そうか…お家に戻りたいけど、帰り道が分からないのか…」


 オードリーはユーミちゃんの答えに困った顔をする。


「オードリー、その事なんだけど…」


 私にはとある考えがあるのでオードリーに声を掛ける。


「なんだい? レイチェル」


「恐らくなんだけど、エリックは再び、私に接触してくると思うのよ… だから、その時にユーミちゃんの事を伝えたらどうかしら?」


 エリックの事だ。このままでは終わらず、必ず接触をしてくるはずだ。


「えっ? レイチェル、ユーミちゃんを人質にするの?」


 マルティナが余計なくちばしを突っ込んでくる。


「そんな事はしないわよ!! 悪いことをするのは演劇の舞台の上だけよ!」


 ただでさえ不安なユーミちゃんを怖がらせない為に、私は全力で否定する。


「レ、レイチェル…怒らないでよ…単なる冗談だってば」


「マルティナ…お願いだから…時と場合を選んでよ…」


 私はそう言ってため息をつく。


「ふふふ、では、そのユーミちゃんはエリックが連絡してくるまで、オードリーの所で預かる事でよいのね?」


「あぁ、コロン、そうするよ、その方がユーミも安心すると思うし」


 コロンの言葉にオードリーは微笑んで答える。


「では、話は終わった事ですし、家に帰って成功を祝うパーティーを致しましょうか! 勿論、皆さまもご招待いたしますわ! よろしいですわよね?」


 そう言ってコロンはみんなの家族を見渡す。


「あぁ、誘って頂けるのなら喜んで参加するよ!」


「私も身体が良くなったから、皆と騒ぎたかったのだよ」


「わしはこうして皆と集まるのはハギスの時以来じゃな」


「勿論、私もご一緒させてもらいますよ」


 ラビタート卿もトゥール卿もカイさんも、そしてジュノー卿も喜んで答える。


「ディーバ先生も勿論、参加して下さいますわよね?」


「あぁ、こんな身体の調子であるが、私も是非とも参加させていただくよ」


 ディーバ先生は疲れて力ない顔で答える。


「では、早速、移動しましょうか」


 そう言って、皆はテントを出て移動し始める。


「ディーバ先生、肩をお貸しします」


「済まないな、レイチェル君」


 私は疲れていて立つのがやっとのディーバ先生に肩を貸して、テントの出入口へと向かう。そうしてテントの外に出ると、テントの外でとある人物の姿が目に入る。


「お父様?」


「あぁ、レイチェル…」


 そこには、強張った顔の私の父親と家族がいた。



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