第353話 家族
「マルティナお姉ちゃん!!」
「おねぇちゃん!!」
子供の黄色い声が聞こえたかと思うと、テントの入口から、マルティナの弟妹達が溢れてくるようになだれ込んでくる。
「み、みんな!?」
マルティナは弟妹達にあっという間に囲まれて、涙を拭いながら目を丸くする。
「マルティナお姉ちゃん! すごかったよ!」
「スーパーシャイニングモード、めちゃくちゃかっこ良かった!!」
「歌もとっても良かった!! 今度、家でも歌ってよ!!」
弟妹達は、自分たちの姉がマリンクリンとして舞台の上で活躍した事や、コンサートの歌声を聞いて、これまで以上にマルティナを尊敬と敬愛の眼差しで見る。
そんな弟妹の中、一人だけ私の方へぴょこぴょことやってくる子がいる。私のお気に入りのインガちゃんだ。
「レイチェルお姉ちゃん」
インガちゃんは私を見上げて声を掛けてくる。
「どうしたの? インガちゃん」
私はしゃがんで、インガちゃんに目線を合わせる。
「レイチェルお姉ちゃん、はい、これ」
そう言って、インガちゃんは私にラッピングされた包みを渡す。
「わぁ! ありがと~ インガちゃん」
今日の為にわざわざ持ってきてくれたのであろう。インガちゃんは良い子だ。
「レイチェルお姉ちゃん、これあげるから、もう悪い人になったらだめだよ?」
「えっ?」
もしかして、インガちゃんは演劇の時に演じていた、悪の女王レイディーが私だと見抜いていたのか? 私だと分からないようにデビル小倉の様にコテコテに化粧をしたというのに…あっ包みの中はミルクキャンディーだ…
「レイチェルちゃん」
私が落ち込んでいる所に、インガちゃんの後ろから、マルティナのお母さんのマリアナさんが現れる。
「マリアナさん!」
「あの役よかったわよぉ~ 敵役だったけど、何か凄味があってカッコ良かったわぁ~」
「あ、ありがとうございます…」
恐らく、マリアナさんがレイディーが私だとインガちゃんに教えたから、インガちゃんがレイディーが私だと分かったのであろう…というか、そう思いたい… そうでないと、街をあるけなくなる。
「オードリーさまぁぁ!!!」
そんな私たちの後ろでマルティナの弟妹の一人が声をあげる。
「あっ…アニトラちゃん…久しぶりだね…」
オードリーはアニトラちゃんに声を掛けられて苦笑いをする。
「オードリー様!! 私、オードリー様の演劇とコンサートを瞬きもせずに拝見させていただきましたわ!! 素晴らしいです!! 特に演劇のつる薔薇に磔されるシーンなど、私、失神してしまう所でしたわ!!」
アニトラちゃんはそう言って、オードリーの腕に絡みつく。
「そ、そうか…見ていてくれたんだね…あ、ありがとう…」
オードリーは強張った笑顔で答える。
「そうそう、先日、お送りいたしました、私からの恋文…読んで頂けたでしょうか…出来れば、私の思いのお返事を頂きたいのですが…」
アニトラちゃんは顔を赤くして腰をくねらせる。
「いや、お返事って… アニトラちゃんはまだ11歳だし、私たちは女同士だろ!?」
オードリーは狼狽えながら、アニトラちゃんから避ける様に言葉を返す。
「お返事って何の事?」
そんなオードリーに弟妹達を引きつれたマルティナがキョトンとした顔で尋ねる。
「あっ! マルティナ!? いや、違うんだ! アニトラちゃんが男装した私を男と勘違いしているだけなんだ! わ、私はマルティナの大切な妹に手を出そうなどしていないから!!」
オードリーは突然のマルティナに動揺して、慌てて早口で答える。
「いえ! オードリー様! 私、オードリー様が女性である事を分かっております! …むしろ…女性である方が…」
アニトラちゃんはそう言って、なまめかしく頬を染めて、目を伏せる。
「へぇー そうなんだ…別にいいけど」
「えっ!?」
サラリと答えるマルティナに、オードリーは目を丸くする。
「いやいや、良くないだろ! マルティナ! マルティナはアニトラちゃんのお姉さんなんだから、止めないとダメだろ!!」
「えぇ~ でも、アニトラの意志も尊重しないとダメだし、まぁ、オードリーならアニトラを任せても良いかな?」
あははと笑って答えるマルティナにオードリーは唖然とする。
「ダメよ、マルティナちゃん!」
そこへ、マリアナさんが声をあげる。
「あっ、マリアナ様…」
オードリーは、非常識な姉妹二人を止める、常識人が現れたと思って安心する。
「オードリー様の事はお母さんが先だって、話を付けたでしょ! お母さんより先に手を出したらダメじゃないの!」
「えぇぇぇ!?」
マリアナさんの更にとんでもない言葉に、オードリーは更に目を丸くする。
「しかし、こうして近くで生で見るとやっぱり良いわね… 本当は演劇の後にあの耽美的な姿を拝みたかったのだけど…遠慮して残念だったわ…」
そう言って、マリアナさんはうっとりとした瞳でオードリーを見る。
「お邪魔するよ」
今度はテントの入口に、トゥール卿と、今朝の女の子を連れたミレーヌさんが姿を現す。
「オードリー、会いに来るのが遅くなって済まないね、気持ちの整理をするのに時間が掛かったんだ… あぁ、今はコンサート衣装だったね、良かった良かった…」
そう言ってトゥール卿は胸を撫で降ろす。やはり、演劇の時のあの衣装は心臓に悪かったのだろう。
「父上!!」
そんなトゥール卿に、オードリーは駆け寄って抱きつく。
「オ、オードリー? どうしたんだい?」
トゥール卿は、突然のオードリーからの抱擁に戸惑いながら尋ねる。
「こ、こうして父上が会いに来てくださったのが嬉しいのです!!」
「そ、そうか…オードリー…」
トゥール卿はそう言って、優しくオードリーの頭を撫でる。
まぁ、傍目には感動的なシーンなのであろうが、恐らく、マルティナとマリアナさんとアニトラちゃんに囲まれたあの状況から逃げ出したかったのが本心であろう…
「あら? この子、今朝の女の子ですわね?」
コロンがミレーヌさんと一緒にいる女の子に気が付いて声を掛ける。コロンがそう言って、声を掛けると、女の子は脅えた顔で、ミレーヌさんの後ろに回る。
「えぇ、この子を学園に預けようとしたのだけれど、可哀そうだったから、親御さんが見つかるまで、私が預かって、一緒に演劇とコンサートを見ていたのよ」
ミレーヌさんは女の子の頭を優しく撫でながら答える。
「そうでしたの…」
「えぇ、この子はこのテントで見つかったのでしょ? それは今日の演劇とコンサートを見たかったからだと思ったから、学園の預かり所にいたら見れないから可哀そうだと思って、一緒に見ていたのよ、でも、どういう訳かここにみんなに会いに行くのは躊躇っていたようだけど、説得して連れて来たのよ」
ミレーヌさんがそう言うと、なんだか訳アリのように女の子は顔を伏せる。
「あれ?」
突然、オードリーが声をあげる。
「どうしたの? オードリー」
トゥール卿から身体を放したオードリーは怪訝な顔をして女の子に近づく。すると、女の子はさっとミレーヌさんの後ろに回って、顔を伏せる。
「今、漸く、気が付いた…というか思い出したんだけど…」
オードリーは女の子に顔を寄せていく。
「君は…ユーミ…ではないか?」
その言葉に女の子の目が大きく見開かれた。
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