第351話 マルティナから婚約破棄
「なっ…!?」
マリンクリンの姿からマルティナの姿に戻った光景に、カイレルは目を大きく見開いて驚き、唖然とした顔で固まる。
「誰が売女ですって? 人の事をえらく口汚くいってくれるじゃないの!!」
先程のマリンクリンの時の態度とは異なり、マルティナは敵意を剥きだしにしてカイレルを睨みつける。
私は、その状況を見て、側にいたエマに小声で話しかける。
「エマ、すぐにディーバ先生を呼んできて! 早く」
エマは私の雰囲気から、コクリと頷いて、すぐにディーバ先生の元へと駆け出していく。
「しかも、あの噂の大元は貴方が流したみたいね、張本人の男から直接聞いたって言ったから、もう噂で聞いたって言い逃れは出来ないわよ! このクソ眼鏡!!」
「えっ!? いや… う、嘘だろ!?」
ここに至って、カイレルは状況を正確に理解できずに混乱している様だ。目を丸くしながら、口をまるで魚のようにぱくぱくとしている。
「その上、私の事はどうでもいいですって? 慰謝料を巻き上げてやるですって? 自分で私の事を散々こき下ろしておいて、大した言い分だわ!!」
マルティナは拳を握り締め、まるで汚物でも見るような目でカイレルを見下ろす。
「マ、マリンクリン嬢が…マルティナなのか…!?」
カイレルはわなわなと震えながら、今更、そんな事を尋ねる。
「貴方は何を見ていたの? 目の前で変わって見せたでしょ!? そんなのだから、皆にクソ眼鏡っていわれてんのよっ!!」
頭の理解が追いつかず、混乱して狼狽えていたカイレルであったが、流石にクソ眼鏡といわれて、クッ!と怒りを現す。
「ち、ちゃんと見えている!! 見えていたが…あまりの事で信じられなかっただけだ!!」
カイレルはクイっと眼鏡を掛けなおし、マルティナを睨みつけて言い返す。
「ちゃんと眼鏡が見えているというなら、目が悪いの? それとも理解できない頭が悪いの? お馬鹿さんなのね」
マルティナはふっと鼻で笑ってカイレルを煽る。
「わ、私を馬鹿にするな!!!」
今まで、馬鹿と見下していたマルティナに、逆に馬鹿と見下されたことで、カイレルは激高して、マルティナに殴りかかろうとする。
「いやぁ~ん! こわ~い!」
殴られそうになったマルティナは、咄嗟にマリンクリンの姿に早変わりすして、ぶりっこの仕草をすると、カイレルはまだマリンクリンに思いがあるのか、拳が止まる。
「御令嬢に拳をあげるとは何事か!!」
「貴族子弟として恥を知れ!!」
その光景を見ていた、コロンの長兄のカルヴィンさんはカイレルとマルティナの間に入り、次男のクリフォードさんがカイレルを後ろから取り押さえる。
「くっ!! 放せ!! 放せ!! 私を誰だと思っている!! 公爵家のものだぞ!! こんな事を許されるものか!!」
取り押さえられたカイレルは地べたに這いつくばりながら、騒ぎ立てる。
そこへテントの入口からエマに付き添われてディーバ先生が姿を現す。
「何の騒ぎだ?」
「ディーバ先生!!」
エマに付き添われて現れたディーバ先生の顔色は大変悪く、かなり憔悴しきっていて、足元が覚束ない様子であった。
エマが付き添っているが、エマの身長では高身長のディーバ先生を支えきれないので、私はすぐさま、ディーバ先生の所へ駆けつけて肩を貸した。
「レイチェル君か、済まないな… 所で私を呼び出した理由はなんだ? それとこの騒ぎはどういうことだ?」
ディーバ先生は疲れた顔を私に向けて尋ねてくる。
「ディーバ先生…実は…」
私は今までのあらましをディーバ先生に説明する。カイレルが現れ、マリンクリンに告白して、その時に今までの悪行を自白した一切合切を全て話した。
「なるほど…そう言う事か… では、後はマルティナ君次第だな」
ディーバ先生はそう述べると、視線を騒動の中心であるマルティナとカイレルに向ける。
「目が悪くてお馬鹿さんなだけかと思ったら、恥知らずでもあったのね」
マルティナは、クリフォードさんに取り押さえられて地べたに這いつくばったカイレルを、見下ろしながら言い放つ。
「くっそ!! マルティナの癖に生意気だぞ!!」
取り押さえられて地べたに這いつくばりながらも、カイレルはプライドだけは高いのか、歯を剥いてマルティナに言い返す。
「生意気もくそも無いわよ、貴方が自らの所業で招いた結果じゃないの!」
「ぐぬぬ…こんなはずでは…」
カイレルは悔しがって歯を食い閉まる。
「そういえば、以前、学園であった時に貴方言っていたわね、自分に慰謝料を払って婚約破棄しろって… 望みどおりにしてあげるわ…まぁ、有責なのはそちらで慰謝料も払うのもそちらだけどね…」
マルティナはそう言った後、カイレルを見下ろして指差す。
「カイレル、婚約破棄よ! 貴方は私には相応しくないわ!!」
マルティナは仁王立ちして片手を腰に当て、カイレルを指差し、にんまりと口角をあげる。
マルティナのあの顔は、今まで溜まっていたカイレルに対する鬱憤を、最高の状態でやり返してやって、満足した笑みだ。
「くっ!! そんな事が許されるものか!! 侯爵家の者が、上位の公爵家の者に対して、そんな無礼な事が許されるものか!!」
見下していたマルティナに、婚約破棄を言い渡される事に、カイレルのプライドが許さず、まるで捕らえられた獣の様に騒ぎ立てる。
「いや、許さるぞ」
カイレルの言葉にディーバ先生が声をあげる。
「なっ! ディーバ!!」
カイレルはディーバ先生の言葉を聞いて驚く。ディーバ先生はそんなカイレルを無視するように、ロラード卿とラビタート卿に向き直る。
「このカイレルが、別人だと思っていたマリンクリンのマリティナに告白したと言うのは本当のことですか?」
「あぁ、本当だ」
「私も聞いた」
ディーバ先生の言葉にロラード卿とラビタート卿の二人は答える。
「その際、カイレルが、マルティナ君が学園内で複数の男と不純異性交遊をしていたと、ありもしない話を当事者から聞いたと自白していた事は、本当ですか?」
「ふむ、本当だ…よくまぁ、ぬけぬけとそんな話を…」
「聞いていて、殴りそうになるのをどれだけ我慢した事か…」
二人は険しい顔をして答える。
「今の証言を神と家の名に懸けて真実と誓いますか?」
「当たり前だ! マリスティーヌ様とロラード家の名に懸けて誓う!」
「私もタロオカモト様とラビタート家の名に懸けて誓う!」
ロラード卿とラビタート卿の二人は右手を胸に当てて宣誓する。
「うむ、これで証言がなった。ディーバ・コレ・レグリアスの名において、マルティナ・ミール・ジュノーの申し立てにより、カイレル・コール・カルナスの婚約者不適切を認め、マルティナの婚約破棄を承認して、二人の婚約解消をここに宣言する!」
ディーバ先生は右手を胸に、左手を天に掲げて宣言する。
「な、な、なんだと!? 私がマルティナから不適切だと言われて破棄されるだと!?」
同じ婚約破棄でも、カイレルが予定していたものとは立場が全く逆である。その事にカイレルは激高して声を荒げる。
「馬鹿な!そんなもの! 法廷でもないのに認められる訳がない!!」
「馬鹿はお前だ、カイレルよ。今回の期末考査の法学の問題で離婚の件があったであろう?」
ディーバ先生は眉間に皺を作ってカイレルに言い放つ。
「あの離婚の問題か? あんなレアケースの事など憶えていても役に立たんし、今は婚約破棄の話だろ!!」
その言葉にディーバ先生は呆れたようにため息をつき、マルティナに視線を向ける。
「マルティナ君は分かるか?」
「はい、ディーバ先生。四級以上の資格を持つ神官が婚姻状態ではないと認めた時は、その神官の権限に於いて、離婚を認める事が出来る。婚約破棄に於いても、この条文を準用する…です…」
マルティナは尻込みや躊躇う事無く、自信を持ってそう述べる。
ディーバ先生はそのマルティナの答えと姿勢にふっと笑う。
「よろしい、マルティナ君、満点だ」
ディーバ先生の言葉にマルティナはにっこりと微笑み、対してカイレルは口を開けて愕然とする。
「ば、馬鹿な…あのマルティナが!?」
「もう一度言うが、馬鹿はお前だ、カイレル。婚姻や婚約の問題は実生活に置いてレアケースの話ではないし、お前の言っていたように役に立たない訳ではない。実際、今、こうして役に立っているではないか」
マルティナに笑顔で対応していた時とは異なり、カイレルに対しては侮蔑した顔で対応する。
「あっ…」
ディーバ先生の言葉に、カイレルは小さな声を漏らすと、観念したかのように項垂れる。
「それに、お前には刑法の事で、色々と尋問せねばならないようだな…特に学園内で発生した、誘拐未遂事件についての容疑者としてな…」
「ひぃっ!!」
ディーバ先生の侮蔑と怒りを含んだ顔と言葉に、カイレルは顔を青くして、恐怖の為かガタガタと震えだす。
「済まないがそこの二人…カルヴィン殿とクリフォード殿であったか? こやつを学園の法務部に連行してもらえないか?」
ディーバ先生はカルヴィンさんとクリフォードさんにカイレルの処置について頼む。
「分かりました、ディーバ様… さぁ!! 行くぞ!」
カルヴィンさんとクリフォードさんは、カイレルを引きずるように、テントの外へと連行していく。カイレルはこれからの自分の成り行きを察して諦めたのか、為されるがままであった。
カイレルの連行される様を見送ると、でぃーば先生は私に向き直る。
「レイチェル君、私の用事はこれで済んだかな?」
「はい! ディーバ先生! ありがとうございます!!」
私は満面の笑みで答える。
「では、少し…座らせてもらえないか… 今は立っているだけでも辛い… 魔力を使い過ぎた…」
「あっはい! 先生! こちらどうぞ!」
私はディーバ先生を近くの椅子に座らせる。ディーバ先生は今まで気を張って我慢して頑張って下さっていたようで、ふらついた身体をどっしりと椅子に預ける様に腰を降ろす。
「ディーバ先生! ありがとうございます! 先生の…」
マルティナもディーバ先生に駆け寄って、礼を述べようとしていたが、その言葉が途中で止まる。
私は不思議に思い、マルティナに視線を向けると、マルティナが別の方向を向いて強張っている。私はそのマルティナの視線の先を追ってみると、そこには一人の男性の姿があった。
「お、お父様…」
テントの入口に無表情のジュノー卿の姿があった。
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