第349話 家族からの賛辞
「お疲れ様ですっ! みなさん!」
控室に戻ってきた私たちをエマがクリクリの瞳を輝かせて出迎える。
「皆さま、お疲れ様でございました」
シャンティーもいつもより口角をあげて出迎える。
「エマちゃん!、シャンティー! ありがとう!!」
マルティナはコンサートが終わって汗だくになりながら、出迎えてくれたエマとシャンティーに抱きつく。
「本当に頑張りましたね、マルティナお嬢様…」
いつもポーカーフェイスのシャンティーがまるで、頑張った妹を労うようにマルティナの抱擁を受け入れる。
「レイチェル様もお疲れ様でした、皆様もお疲れ様です。これをお使いください」
エマは汗だくの私たちにタオルを渡してくれる。
「ありがとうエマ、貴方が裏方を頑張ってくれたお陰でコンサートを大盛況で成功させることが出来たわ」
マルティナの様に気持ちの昂ぶっていた私は、タオルを差し出すエマを抱きしめる。
「朝からずっと、演劇やらコンサートを続けていて疲れているはずなのに、何だか気持ちが昂ぶってしまって、まだまだ歌い出したい気分だわ」
いつもは控えめなテレジアが声を弾ませる。
「テレジアさんもですか? 私もですっ! 今からでもステージの上に戻りたい気分ですっ!」
ミーシャもテレジア以上にはしゃいでいる。
「私も、初めて主役を演じて、観客から拍手を貰った時の事を思い出したよ、あの時の様に、もっともっと舞台の上に居続けたい気分だ…」
オードリーも大成功の余韻に浸っている。
「私は侯爵家の令嬢の嗜みの一環として、ピアノも練習してきましたが、今までピアノを弾いて来てこんなに楽しいと思った事はありませんでしたわ… あぁ、今まで私がしてきたのは『音楽』ではなく『音学』でしたのね… 漸く『音楽』という言葉の意味を実感出来ましたわ…」
コロンも恍惚の表情でじっと自分の指先を見つめている。
「私が舞台の上に上がって、演劇をしたり、歌を歌ったりして、それで、人を楽しませたり感動させることが出来るなんて思いもしなかったわ… ありがとう、マルティナ…」
私はマルティナの手を取り、感謝の言葉を告げる。
「こちらこそ、ありがとう…みんなの協力のお陰で、私…いや私たちはここまで来れたのだから… 私、この世界に来て漸く、自分の意志で何かをやり遂げる事が出来たわ…」
マルティナは瞳を潤ませながら、私だけではなく、皆に感謝の気持ちの言葉を告げた。
「コローン!!」
その時、テントの入口から、大声をあげて、ロラード卿が現れる。
「お、お父様!?」
突然、入っていた父親のロラード卿にコロンを目を丸くする。
「良かったぞ!! コロン!! お前のピアノも歌声も、全て聞き逃さず聞いて居ったぞ!!」
ロラード卿はそう言うとコロンに抱きついてそのまま抱え上げる。
「ちょ、ちょっとお父様!! おやめくださいまし! 皆が見ておりますわ!! それに私はまだ、汗をぬぐっておりませんのっ!」
抱き上げられたコロンは珍しく狼狽えながら、手足をじたばたとさせて声をあげる。
「何を構うものか! コロンの汗はいい匂いだ! 私の汗は臭いぞ!」
「な、なな、何を仰ってますの!! 意味が分かりませんわっ!」
コロンは顔を真っ赤にしながらどもる。
「ふふふっ、貴方ったら、コロンが自分の娘に戻ってから、やりたい放題ですね…」
後から入ってきたロラード夫人が、二人の姿を見てコロコロと笑う。
「あっ父上…」
「先を越されてしまいましたな…」
「遠慮せず、一直線に来た方が良かったですね…」
ロラード夫人の後から入ってきた、コロンの兄弟のカルヴィンさん、クリフォードさん、ウォーレン君が、楽し気にコロンを抱え上げるロラード卿を見て残念がる。
「ちょっと、通してもらえないか?」
そういって、コロンの兄弟たちを押し分けて、次に入ってきたのが、ミーシャの父親のラビタート卿である。
「お父様!!」
ミーシャがラビタート卿の姿を見つけて声をあげる。
「おぉ!! ミーシャよ!! ん?」
ラビタート卿もすぐさまミーシャに駆け寄るかと思ったが、コロンを抱きかかえるロラード卿に目を止める。
「むっ! ノベイル…」
「遅かったな… カーヨム」
ロラード卿はコロンを抱きかかえながら、ニヤリと笑う。それを見たラビタート卿はミーシャに向き直る。
「ミーシャ!!」
ラビタート卿はミーシャに駆け寄ると、ロラード卿の様に抱きしめて持ち上げるのではなく、ミーシャの脇の下に手を入れて、そのまま小さな子供にするように高い高いをし始める。
「ミーシャ!! ほーら!高い高い!! お前のミルミルの姿は可愛かったぞ!!」
「あははっ! お父様! ありがとうございますっ!!」
ミーシャはその高い高いを嫌がる訳でなく、喜んで受け入れる。
「むっ!」
その様子を見ていたロラード卿がむっとして声をあげる。
「へっ? お父様? も、もしかして…ちょっと、お待ちくださいまし!!」
ロラード卿の意図を察したコロンが声をあげるが、ロラード卿はお構いなしに、ラビタート卿がミーシャにやっている様に、コロンに高い高いを始める。
「ほーら! コロン! 高い高いだぞ!!」
「いや、ちょっと、お父様!! 私はもうそんな高い高いをする歳ではありませんんわっ!!」
コロンは真っ赤な顔で焦ってそう言うも、ロラード卿はラビタート卿と競うようにコロンを持ち上げて振り回す。
コロン本人は赤面状態で大変だろうが、見ている私たちは、慌てるコロンのそんな一面を見て、微笑ましく思い、笑みが零れる。
「テレジアや」
今度はカイさんがテントの入口に姿を現す。
「お爺様!」
「いや、会いに来るのが遅くなってすまんな、周りの人にテレジアがわしの孫だと自慢しておったら、遅れてしもたわい」
カイさんはそういって微笑みながら入ってくるが、娘を掲げて振り回す、ロラード卿とラビタート卿の姿が目に留まる。暫し、唖然としながらその様子を見て、申し訳なさそうにテレジアに向き直る。
「すまんが、テレジア…わしにはあれは無理じゃ…」
「うふふ、良いですのよ、私もそんな事で拗ねたりしない歳になりましたから」
そう言いながらテレジアはカイさんの手を取る。
「その代わりといっては何だが…おーい! ウルグ君!」
「はい! カイさん!!」
カイさんの言葉に応じて、テントの入口からウルグがぬっと姿を現す。
「ウ、ウルグ様!?」
カイさんの言葉に応じて現れたウルグの姿にテレジアは目を丸くする。
「お、お疲れ様でした!! テレジアさん! とても素晴らしかったです!! 感動しました!」
ウルグは少し緊張気味にテレジアを褒める。
「い、いえ、そんな…私は少しお手伝いをした程度ですから…」
テレジアは少し頬を染めて答える。
「ウルグ君や」
カイさんがウルグを見上げて声を掛ける。
「はい! 何でしょう? カイさん!」
「わしの代わりにテレジアにあれをやってもらえぬか?」
そう言ってロラード卿とラビタート卿の二人を指差す。
「えっ!?」
「ちょっと、お爺様!? そ、そ、その…わ、私…」
テレジアは顔を真っ赤にして身体を強張らせて、目を伏せて、ウルグから視線を逸らせる。
「えっ!? ちょ、ちょっと、カイさん!? あ、あ、あれは…」
ウルグもテレジアの様に顔を真っ赤にして、身体を強張らせる。
「何じゃ… 二人ともおぼこいのう…まぁいいわ! はははっ!」
カイさんは二人の初々しい姿を見て笑い声をあげる。
私はそんな三人の様子を微笑みながら見ていたが、チラリとテントの入口と、まだ家族が来ていない、オードリーとマルティナの姿を見る。
オードリーは演劇の際のあの霰の無い姿の事もあがるが、トゥール卿が現れるのを心待ちにしている様だ。
しかし、マルティナはまるで授業参観で来るはずのない親が来ることを待っている子供の様な顔をしている。父親に今回の演劇やコンサートの事が受け入れてもらえるかどうか心配している様子だった。
そんな時、再びテントの外が騒がしくなる。また誰かの家族が来たのだと思い、私たちはテントの一口に注目する。
「お待ちください!! ここは関係者以外は立ち入り禁止です!!」
警備を担当している新兵の声が聞こえる。
「通せ! 通さぬか!! 私は公爵家の者だぞ!! しかもこれから関係者になるのなら問題あるまい!!」
どこかで聞いた事のある声がテントの外から聞こえてくる。
「いや、しかし…規則でございますので…」
「えぇい!! 無礼者目が!! 公爵家に立てつくというのか!!」
食い下がる新兵を振り払って、声の主がテントの中に押し入ってくる。
「おぉ!! ここにおられたのか!! 我が女神よ!!」
そこには大きな薔薇の花束を抱えたカイレルの姿があった。
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