第348話 成功の裏側

「畜生!! なんで誰も来ねえんだよ!! 予約入れてた奴までドタキャンこいているじゃねぇか!!」


 人影が疎らで閑散としている大講堂の中で、オリオスが仲間以外の人目を憚らず、激高して声をあげる。


「午前中は兎も角、午後からはもっと人が来るって言っていたのに、この有様だからなぁ~ まぁ、怒りたくもなるわな…」


 片手に女を侍らせたエリシオが、周りの者に当たり散らすオリオスの姿を見て、やれやれと言った感じで述べる。


「エリシオ!! お前、何を他人事みたいに言ってんだよ!! 今、侍らせている女だって、孕ませたらすぐに捨てて、すぐに新しい女を欲しがるんだろ? お前だって困るじゃねぇか!!」


 エリシオの他人事の言葉に勘に触ったオリオスは、口角泡を飛ばしながら、エリシオに喰ってかかる。オリオスの言葉に、エリシオが侍らせていた女はぎょっと目を丸くして、オリオスとエリシオの間に視線を右往左往する。


 他の客がいるというのに、人目を憚らないとは…


 エリシオはそんな女の様子に気が付いて、女の顎に手を当てて自分の顔に引き寄せて、甘い表情で囁く。


「お前は心配することは無いさ…俺がそんな事をする男ではないって、お前が一番わかっているだろ?」


「えぇ、そうね…私のエリシオがそんな事をするはずがないわ…」


 エリシオの甘いマスクと甘い言葉に、女は顔をとろけさせて答える。


 男も男なら、そんな男に付き合う女も女だ。愚かすぎて見ていられない。


 エリシオは女の言葉を確認すると、女の顎から手を放して介抱して、つかつかとオリオスに歩み寄る。


「おい!! オリオス!! おめぇ! 俺に当たってんじゃねぇよ!!」


 エリシオは仲良さげにオリオスと肩を組み、オリオスの顔を引き寄せるが、女に表情が見えないようにしてから、顔を歪ませて、オリオスに文句を言い始める。


「うるせーよ! 俺ばっかりに考えさせて、お前が何もしてないからだろうが!!」


 肩を組まれてガッチリ抑え込まれたオリオスも言い返す。


「知らねーよ! 俺は俺でちゃんと、撒き餌の女ども連れて来ただろうが!!」


「その撒き餌の女も、一人しか来てねぇから文句言ってんだろ?」


 確かにオリオスの言う通り、エリシオは自分の取り巻きの女を10人程連れてくる予定であったが、今の所、エリシオが侍らせていた女しか来ていない。なので、女と遊べると思ってきていた男性陣も同様し始めて、ただでさえ少ない参加の人員が徐々に減りつつある。


「俺達さぁ~ 女と遊べるって聞いてきたら、わざわざやって来たのに、この有様では、外で引っ掻けた方がはやいんじゃね?」


「あぁ、そうだな、ここに来る途中で、なんかのイベントで人が集まっていたみたいだから、そこの女を口説いた方が早いな」


 ダンスパーティーに来ていたチャラそうな二人の貴族子弟が、オリオスたちに聞こえるような声の大きさで話をし始める。


 主催者が主催者なら、客も客だ。ろくでもない奴らしか来ていない。


「くっそ!!! あいつ等コロンのイベントに客を取られない為に、カイレルに対策させたと言うのになんだよ!! 蚊が飛ぶような大きさしか音が出ねぇじゃねぇか!!」


 オリオスは男たちの話に再び激高して、カイレルが作った音響装置を蹴り飛ばす。オリオスに蹴り飛ばされた装置は、ガチャンと音を立てて倒れると、蚊の飛ぶような音も途切れて完全に無音になる。


「くっそゴミじゃねぇか!! そもそも、カイレルの野郎はどこいったんだよ!?」


「知るかよ、俺はカイレルのママじゃねぇんだ」


 エリシオは吐き捨てる様にオリオスに返す。


「くっそぉぉぉ!! どうしてこんなことになったんだ!!」


 苛立ちの限界に達したオリオスはがりがりと爪を噛み始める。そんなオリオスが、顔をあげて、私に向き直る。


「おい!! エリック!!」


 まるで、犬でも呼ぶような態度だ。普通の歓声の人間であれば、あまりにも無礼で非礼な言動に怒りを憶えるものだが、生憎、私には2000年の人生の中で、この様なクソな人間はそれこそ腐るほど見て接してきている。


 だから、対処の方法も分かっている。相手をまともな人間としてみない事だ。それこそ、人の言葉を喋る猿だと思えばよい。野生動物の猿だと思えば、人間の道理も知らないのも当然で、無礼で非礼で失礼な態度も腹は立たない。


「何でございましょう…オリオス様」


 私は、そんなオリオスに対しても、恭しく一礼して返す。正し、少し慇懃無礼気味に返す。


「お前! カイレルの野郎がどこ行ったのか知らないかよ!!」


「カイレル様でございますか?」


 確かにカイレルは最初の内は、大人しくこの大講堂内にいたが、お昼が近づくにつれ、そわそわとし始めて、昼過ぎ前には大きな花束を抱えて隠れて出て行ったのを憶えている。


「カイレル様は、所用があるとかで、昼頃に外に向かわれましたが…」


「なんで、その時に引き留めて置かないんだよ!!! あのクソ眼鏡がいないせいで、客寄せの音響設備が直せないだろ!!!」


 そう言って、オリオスは自分がケリとばした設備を指差す。私はその言動に呆れて思わず、笑いだしそうになってしまったが、必死に堪える。


「では、私がカイレル様を捜してまいりましょうか?」


「いらねぇーよ!! それより、お前には責任を取ってもらわねばならんだろ!!」


「はっ? 責任とは?」


 八つ当たりだと思われるが、どんな事に対しての責任と言ってくるかが楽しみだ。


「お前が用意したくっそマズい料理に、くっそ安い酒のせいで、みんな、誰も来ねぇんだよ!! こんなもん、誰が飲むかよ!!」


 そういってオリオスは、フリードリンクの酒樽の乗った台座をやけくそで蹴り飛ばす。あっ思った瞬間、台座は酒樽を乗せたままゆっくりと傾き、そのまま床に叩きつけられて、樽が割れて、中の酒が床に溢れる。


 あっ…


 私は、内心で声を漏らした。オリオスのクソガキが蹴り飛ばして、床にまき散らした酒こそ、本国がテロ工作の為に毒物を入れた酒であった。


「はっ!! こんな安酒! 床に飲ませてやった方がいいだろ!」


 八つ当たりとは言え、誰も飲まないうちから一番良い酒を台無しにしたオリオスがバツが悪そうに、踵を返して私の前から立ち去る。



 人数が少ないだけなら、言い訳も出来たが、誰一人として毒殺できないとなると、本国に対して申し開きが出来ないな…


 私が、そんな事を考えていると、イベントの使用人を装った本国の工作員が、私の身を気使うようによってきて、耳打ちをする。


「作戦は失敗だ…後で責任は取ってもらうぞ… その前に、後始末を始める…」


 私はその工作員の言葉に、無言で頷く。


 元々、あまり成功しないとは思っていたが、ここまで失敗するとは思っていなかった。私が個人的な目的の事を励むばかりに、こちらの計画を疎かにしたのは事実だ。受け入れなければならない。


「後始末か…」


 私は身なりを整えながら、姿勢を正す。


 本国の考える後始末とは、テロが成功しても失敗しても、本国セントシーナの関与を消す為に、今回の出来事の責任を、あのクソガキどもに押し付ける行為である。


 具体的には、あのクソガキどものこれまでの悪行を、実家や公の期間を使って公表して、実家から追放処分になるように仕掛ける作戦である。


 だから、元々仕込んでいた毒薬も催淫剤に近い物を用意している。つまり、彼らを学園で乱交パーティーをしようとしていたものにしたてるのである。だが、これはテロが成功した時の話である。


 失敗した時には、今までの悪行を実家に知らせた上で、これから学園で乱交パーティーを開催しようとしていると流すだけである。実際、すぐさま実行されているはずで、今頃、別の工作員が、彼らのタウンハウスへ連絡に向かっている事だろう。30分もしない内に実家の物が現れて、彼らは今後の世間体を考えて、軽くて軟禁、厳しければ、元々その家にはいなかった者として処分されるであろう…


 問題は私自身である。彼らを使ったテロが成功しなかった場合には、私自身がテロを起こさねばならない。いわゆる自爆テロ的な事を強要される。


「もう少し…レイチェル嬢と分かり合う時間が欲しかったな…」


 私は、そう呟くと、大講堂を後にした。




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