第347話 コンサート

 ステージの前には緞帳が降りており、会場の様子は見えないが、大勢の観客の喧噪が聞こえてくる。マルティナはステージの中央に立ち、他のメンバーは自分の所定のポジションに就く。コロンはピアノ、私も最初はコロンと連弾を行う。ミーシャはヴァイオリン、テレジアとオードリーはバックコーラスだ。コロンの兄弟のガルウィンはベース、クリフォードがドラム、ウォーレンがギターの準備をする。


「もうすぐ、時間です」


 舞台端からシャンティーの声が響く。それに合わせて、マルティナが瞳を閉じて深呼吸をする。そして、落ち着いてから振り返り、皆を見回すと、皆が目配せで準備完了の合図をマルティナに送る。それにマルティナは頷いて答える。


「それでは只今より、マリンクリンのライブコンサートを開催します」


 シャンティーの声が会場に響き、ファンファーレが流れて緞帳が上がり始める。それと共に会場から観客のわーっという歓声が巻き起こる。マルティナと私たちはその歓声を受けながら、緞帳が上がり切るまで待ち続ける。その上がり切るまでの時間は私にはとても長い時間の様に感じられた。


 緞帳を巻き切った時、カタンと音が鳴り響く。それを合図にマルティナが片足でタンタンタンとリズムをとる。演奏の合図だ。


 その合図を確認したコロンは、静かにゆっくりとピアノを奏で始める。そのピアノの音と共に会場の歓声は波を打ったように静まって、皆、ピアノの音に耳を傾け曲が始まるのを待つ。


 ステージにはゆっくりと静かにスモークが湧き上がり、それが照明に照らされて、光の粒子が舞い上がる様に見える。


 コロンの最初のアルペジオのフレーズが一周した処で、私は、ガラスの雫がぽつりぽつりと滴る様に、音を重ねていく。


 そこへマルティナのヴォーカルがピアノと調和するように入っていく。



「私である こころを 忘れないように 胸にある 記憶を だぐりよせた♪」


 ここで優しくドラムのステッキのリズムが入り始める。


「口から 零れた 懐かしい フレーズは もう一つの 心と 一つになって溢れだす♪」


 マルティナの歌詞を一区切りついたところで、タメを作って、一気に様々な楽器の音が重なって行く。


「この世界に 伝えた事を この世界に 広げたい事を


 数々の音が メロディーになって 過去と今を繋いで響いてく♪」


 マルティナはリズムを取りながら足でステップをして、身体を揺らして、歌で観客に思いを届けるため、会場に腕で音を振りまくように何度も広げていく。


「この世界で 見た事が この世界で 感じた事が


 二つの心が 手を取り合って 一つになって響いてく♪ あぁ~あぁ~♪」


 マルティナが、この歌うロイドの曲を、自分様にアレンジして最初に選んだ理由が少し分かったような気がする。


 過去の自分の心を捨てる事は出来ない、かと言って本来の心も捨てる事は出来ない。お互いの世界の良い所悪い所を見て感じて、記憶を共有して、今までバラバラであったスズキ・マリコとマルティナの心が一つとなり、この世界で生きていくことの決意表明なのだ。


 会場の観客の人々には、目新しく、今までに聞いた事のない音楽であるが、ちゃんと私にはマルティナの決意表明が届いている。ここまで苦楽を共にしたコロン、オードリー、ミーシャ、テレジアにも、そして、家族にも届いているはずだ。


 そうして一曲目が終わり、すぐさま二曲目に入るのだが、マルティナが二曲目に選曲したのは『国歌』と呼んでいた。しかし、私の知っている国歌ではなく、全く別物の歌であった。確かに良い曲だと思うのだが、何故、この曲が『国歌』なのだろう…

 

 その後もマルティナは、鬼殺しの剣や猛進の巨人の曲などや、私の知らないアニソンなどを歌っていく。それらの曲に合わせて、裏方のエマがスモークなどの演出を、シャンティーが照明などを操作してステージの上を盛り上げていく。


 それもただステージの上の私たちが盛り上がって楽しんでいるのではなく、会場の観客たちも喜んでもらっているようだ。一人一人の顔を見る事は出来ないが、前列に座る観客の顔や、マルティナの歌のリズムに合わせて、会場の観客全員が、そのリズムに合わせて蠢いている様に見える。


 マルティナも、前世の世界の曲をこの世界に持ち込むにあたって、ただ自分の好きな曲を並べたてているわけではない。例え、マルティナが、全力、誠心誠意で歌ったとしても、全ての曲が全ての人に同じく喜んで気に入って感動してもらえるとは限らない。だから、数多く、様々にある曲の中から、楽しい曲、美しい曲、愉快な曲、可愛い曲、勇ましい曲、悲しい曲、切ない曲など、様々なタイプの曲を選曲しているのだ。


 マルティナの前世のスズキ・マリコは、前世ではオタクサークルの姫様状態だったという。しかし、ただちやほやされているだけではなく、ちゃんとカラオケの際には、自分をちやほやとしてくれる一人一人の好きな曲を選んで歌っていたのであろう。


 そんな事ぐらいしか自慢できることが無かったと考えていた自分の長所を、今、最大限に利用して、この世界に向き合っているのだ。


 私には、そんなマルティナの姿が、今までで一番輝いて見えた。


 そして、楽しく演奏してきたコンサートに終わりの時が来る。次の曲がフィナーレの曲だ。


 隣で一緒にピアノを連弾していたコロンが、優しく頷く。私はそのコロンの笑顔に頷いて答えて、立ち上がり、マルティナのいる舞台中央へと向かう。


 そこには私だけではなく、ミーシャや、オードリー、テレジアも集まってきている。


 最後の曲はみんなで歌う曲なのだ。ピアノを担当するコロンは、ピアノの演奏があるので、一緒に舞台の中央には来れないが、ピアノを弾きながら、私たちと一緒に歌う。


 私たちは舞台中央に集まり、互いの顔を見回し微笑む。ふりかえりコロンを見ると彼女も微笑んでいる。そして、みんな、頷く。


 それに合わせてコロンの兄弟のカルヴィンさん、クリフォードさん、ウォーレン君、そしてコロンが、メロディーとリズムを奏で始める。


 それに合わせて、私たちは一緒にステップを踏んで同じリズムを取り始める。


 身長も違う、体格も違う、見た目も違う。でも、今、私たちは同じリズムを刻んでいる。それが心地濃く感じられた。


 そして、まず初めにマルティナが一歩前に進み出る。まずはじめにマルティナから始まる。


「小さな頃から ずっと側にいたから それだけで皆 親友だとおもってた♪」


 次にミーシャが前に出る。


「その友情と 恋する愛情とは 別のものだと考えて 自分の中で比べてた♪」


 次にオードリーガ前に出る。


「自分の苦しみに 嫌気がさして逃げ出して 友達は都合の良い 逃げ場所だと思ってた♪」


 次にテレジアが前に出る。


「皆が眩しく見えて そんなみんなに遠慮して 私一人で皆の後ろを 恥ずかし気に歩いてた♪」


 次はピアノを弾きながらコロンが歌う。


「自分さえちゃんとしてれば みんな、大丈夫だと思ってた そんなの独り善がりと 築かずに♪」


 次は私の番だ。


「みんな、悩みを抱えてた でも、言い出せずに困ってた 友達だから気にしなくてもいいのね♪ wow♪」


 次は全員で歌うサビの部分だ。


「ころんだっていいよ 泣いてだっていいよ♪ 

 

 恥ずかしがらなくたって 大丈夫♪


 だって、みんな 失敗して いきているんだから♪


 お互いに 手を差しのべていこうよ♪


 それが 本当の 友達だって わかったから♪ あ~あ♪」


 この曲は、皆で考え皆で作った曲。


 お互いの失敗や問題を言い出せず、一人で抱え込んで苦しんでいた。でも、あの時のマルティナが皆を集めて、お互いの失敗や問題を言い合って、内面に貯めた恥ずかしいと思っていた事をみんなで共有して、みんなで助け合ってきた。


 だからこそ、みんな、ただ昔から一緒にいただけの友達ではなく、本当の友達となれたと思ったのだ。


 その思いを込めてフィナーレで歌いたい。それがみんなの、本当の友達になれた皆のおもいだった。



「ころんだっていいよ 泣いてだっていいよ♪ 

 

 遠くに離れていたって 大丈夫♪


 だって、みんな 心が 通じ合っているんだから♪


 お互いに 歳をとっていこうよ♪


 私たちは ずっと 友達だって わかったから♪ あ~あ♪」



  私たちは一体となって最後の歌詞を歌い切った。


 心の中は、何とも言葉で言い表せられない満足感で満たされていた。


 会場の観客からは盛大な歓声が湧き起こる。皆、立ち上がって、私たちと一緒に楽しんで喜んでもらえたのだ。その歓声は緞帳が降り始め、閉まり切っても鳴りやまなかった。



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