第346話 終了後のご褒美

 昼食の時間は、午前中の演劇の成功があったものの、午後からのコンサートに皆、緊張して、固形物は喉に通らない様子であった。パンを摘んでは下げて、食べ物をナイフで切ってはため息を漏らし、そんな感じである。かと言って、何も飲み食いせずに午後のコンサートを乗り切る訳には行かない。


 こうなる事を見越してか、コロンは新鮮な果物を搾ったジュースを用意していてくれた。それだけが、私たちの午後からのコンサートを乗り切る糧となっていた。


「固形物が喉を通らないわね…」


 一番初めにそう言い出したのはマルティナであった。


「そうですわね…緊張して食べる気になれないわ…」


 テレジアが、ナイフとフォークをコトリと置いて顔を項垂れる。


「私もオペル座でなれたつもりだったけど、やはり歌だけのコンサートは初めてだから緊張するね…」


 離れしているオードリーでも緊張しているようだ。


「コロンさんがジュースを用意してくれていなかったら、何も飲み食いせずに午後のコンサートに望むところでしたね」


 ミーシャが空になったグラスを見つめる。


「こんな事を言うのはなんだけど、今日、皆で演奏して歌う曲は、この世界には無かった新しい曲ばかりで、ジャンルとしても聞いた事が無かったと思うの、だから、失敗しても誰も気が付かないし、失敗は恐れず、楽しんで歌うのはどうかしら?」


 我ながら、凄い言い分ではあるが、皆の緊張を和らげるために、そんな話をしてみる。


「確かにレイチェルの言う通りね、歌って演奏する私たちが楽しまないと、聞いている観客たちも楽しめないわ、オロオロとする初めてお使いを見て、楽しくなる人なんていないでしょ? だから、失敗を恐れず楽しんでいきましょう!」


 コロンが、皆を諭すように優しく語る。その言葉にマルティナが意志を決めたように顔をあげる。


「そうね…精一杯、全力出し切って、自分自身で楽しみながら歌って、その後、ヘロヘロのお腹ぺこぺこになって、コロンの家で盛大にお祝いのパーティーをしましょう!!」


 マルティナが立ち上がる。


「えぇ、もちろん、そのつもりよ、今日は皆さんのご家族や、新兵さんたちも招待して豪勢なパーティーを行うつもりよ」


「私、フルーツタルトがたべたいですっ!」


 ミーシャが立ち上がる。


「えぇ、ちゃんとあるわよ」


 コロンが答える。


「私はこってりとしたチーズ料理が…」


 テレジアが少し照れながら要望を述べる。


「えぇ、ロラード産の物を用意しているわ」


 コロンが答える。


「私は先日頂いたローストビーフがもう一度食べないな」


「そう言うと思って、用意しているわよ、オードリー」


 コロンが答える。


「コロンの領地の物と言えば…あの飲むヨーグルトが美味しかったわ、あれのフルーツを混ぜたものをできる?」


「そうね、前にマルティナに御馳走になったイチゴミルクの様に作ってみましょうか」


 コロンはマルティナに答える。


「私は…お寿司が食べたい…」

 

 私は思わずポロリと言う。


「おすし? それは一体何かしら?」


 コロンが首を傾げる。流石にお寿司は無いみたいだ。


「いや、無ければいいのよ、コロンの家の食事はどれも美味しいから…」


「いえ、そう言う訳には行きませんわ、皆にご褒美の料理を用意するのにレイチェルだけ無ければ可哀そうですわ、どんなものか仰ってください!!」


 コロンはそう言って詰め寄ってくる。


「えぇっと、では、ご飯を酢でしめて、その上に魚介類の切り身を乗せて握ったもので、醤油をつけて食べるんですよ…」


「ご飯に酢? 魚介類の切り身? 切り身はもちろんソテーにしたものですよね?」


 炙りもあるけど、ソテーはないと思う…


「いえ、生です…」


「生!?」


 コロンが目を丸くして声をあげる。


「えっ? 生魚を食べるのかい?」


「寄生虫とか怖くないの?後、痛んでいたり…」


 オードリーとテレジアも驚きの声をあげる。帝都は内陸部にあるから、新鮮な魚は手に入りにくいから、二人が驚くのも当然である。海のものとなると更に手に入りにくい。


「前の世界では一度冷凍したものを溶かして、寄生虫を殺してから調理したり、寄生虫がいたら取り除いたり、包丁で薄切りにして生きたままにしないようにしてましたね…」


 一応、前の世界で聞いた事を説明する。


「ちなみにどの様な魚介類をつかっておりましたの?」


 コロンはメモ用紙を用意しながら聞いてくる。


「そうですね…イカやタコにエビ、ハマチや鯛に…マグロ!! そうマグロです!! あと、うにも良いですね…あと、サーモンやいくらも美味しいです…」


「ヒラメとカッパも忘れないで」


 マルティナが付け足してくる。


「カッパ?」


 コロンが筆を止めて顔をあげて聞いてくる。


「あぁ、カッパはキュウリの事です。ノリでごはんを巻いてその中の具材としてキュウリが入っているんです。薬味にワサビがあるとなお良いですね」


 マルティナが手振りを加えて説明していく。


「ノリ? ワサビは聞いた事があるわね… 確か、ホワイトマスタードのようなものだったかしら? ホースラディッシュだったかしら?」


「海苔は海藻を紙のように固めて干したものですね、おむすびを巻くのにもつかいますよ」


「あぁ、思い出したわ、あの黒い紙のようなものね、あれも独特の風味があって美味しいわね」


 コロンはそう言ってメモに書き記すと、使用人を呼ぶ。


「このメモに記された料理を今日のパーティーに用意してもらえるかしら? 分からなければ、分かる人を探し出して、いるのなら、教えてもらうのではなく、お金を払って雇ってきても良いから」


 私の我儘の為に、コロンの家にそんな負担をさせる事に気が止みそうであったが、この世界でお寿司が食べられるのであれば、今回ばかりはコロンのご厚意に甘えようと思う。


「皆さま、そろそろ、開演のお時間です」


 時計を見ていたシャンティーが時間を告げる。


「あら、もうそんな時間なの…」


 コロンがステージ衣装が汚れないように羽織っていた上着を脱ぐ。


「ふふふ、レイチェルさんの要望の話をしていたら、緊張が解れましたね」


 テレジアもわらいながらステージ衣装になる。


「そうだね、話を聞いていたら、私もそのお寿司というものを食べたくなってきて緊張を忘れたよ」


 オードリーも立ち上がり、ステージ衣装になる。


「しかし、生魚ですか…どんな料理か見てみたいです」


 ミーシャもステージ衣装で椅子からぴょんと降りる。


「お寿司が出来るなら海鮮丼もいけるかもね…」


 マルティナもマリンクリンのステージ衣装でそう述べる。


「では、今日のステージが終わったら寿司パーティーね」


 私も上着を脱いでステージ衣装になる。


「さぁ!みんな、行きましょうか!!」


 マルティナの声に皆が続いてステージへと向かった。




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