第345話 成功と巣立ち
私たちは観客の盛大な拍手を受けながら、控室のテントへと戻る。
「皆さま! お疲れ様です! 大盛況でしたわ!!」
コロンが声を弾ませて喜ぶ。
「子供たちがいっぱい喜んでいましたよっ!!」
ミーシャもうさぎのきぐるみを着たまま、うさぎのように飛び跳ねて喜ぶ。
「あんなに一杯の観客が来るとは思いませんでしたよ」
テレジアも顔いっぱいの微笑みを浮かべる。
「オペル座でもあれだけの観客を見たことがないよ! 凄いじゃないか!!」
オードリーは破れた衣装の上から別の衣装を羽織りながら、興奮した声をあげる。
「マルティナ、弟妹達も喜んでいたようね、良かったじゃない!」
私は、最前列の席で大はしゃぎしていたマルティナの弟妹達を思い出しながら、声を掛ける。
「ありがとう…みんな、ありがとう…みんなのお陰で、演劇を成功することが出来たわ、そして、弟妹達に私の頑張る姿も見せる事が出来た…」
マルティナは瞳を潤ませながら、皆に頭を下げて礼を述べる。
その姿にコロンは目を細めて微笑みを浮かべる。
「マルティナ…礼を言うのはまだ早いわよ…」
「そうですよっ! 私たちも楽しんで参加しているんですしっ!」
「まだ、もう一度、演劇もあるし、午後からはコンサートもあるからね」
ミーシャとオードリーがマルティナに手を取り声を掛ける。
「私は仕事であまり出番が無かったけど、こんなことなら頑張って出番を増やしてもらうべきだったわ」
「ごめんなさい、テレジア、私の手伝いが減った分、貴方に皺寄せがいってしまって…」
私はテレジアに頭を下げるが、テレジアも頭を下げてくる。
「いえ、ごめんなさい。私こそ、そういう意味で言ったわけではないのよ、お仕事が終わってから、もっと私が頑張ればよかっただけの話ですから」
そう言って、私の手を取って微笑む。
「皆さま、大盛況の余韻に浸るのはよろしいですが、次の公演の準備をなさってください」
浮かれている私たちにシャンティーが声を掛ける。
「そうね、もう一回公演があるから、がんばらなくっちゃ」
マルティナが笑顔で答える。
そうして、私たちは二回目の公演の準備を行い、会場の方ではランディーさん達が、観客の入れ替えを行ってくれた。二回目の演劇が始まる前、私たちは観客の数を心配していた。一度目はたまたまの偶然で、会場いっぱいの観客が来てくれたが、二回目はガラガラになるのではと恐れていた。しかし、そんな心配は杞憂であった。
二回目の演劇は、一回目以上の観客が会場に溢れていたのだ。私とマルティナの戦闘シーンに興奮した子供たちの噂に、さらに子供たちがあつまり、オードリーの霰の無い姿が見れるという事で、更なるオペルファンが集まった。また、その噂を聞きつけた黒山の人だかりを見て、興味を惹かれ人々が更に集まったのだ。
偶然でもなく、ただの一度きりでもなく、私たちは、自分たちの力で勝ち取った演劇の成功を確信して、舞い上がった。
「観客の皆が喜んでいたわ!! ただの物見遊山で一度だけ来たのではなく、ちゃんと、楽しんでファンになってくれるわ!!!」
確かに一度きりでは続けていられない。今回だけではなく、今後も見据えているコロンは、観客がリピーターになってくれることに確信を持ったようだ。
コロンはアレンとの婚約破棄で、思い描いていた皇后になるという未来の地図が白紙になった。しかし、コロンは今、その白紙の地図に確かに目的地を描き、その航路が見え始めたのだ。
「私も本当にやって行けるか自信が無かったけど… 二回目の公演の観客を見ていたら、漸く自信が持てたわ… 私、実家から離れてもやっていけるのね…」
マルティナも実家の親に依存した生活をしていた。しかし、これからは自分の力で歩いて行ける確信が持てたようだ。そう、前向きに人生を歩いて行けるのだ。
「私も今までエリシオとの結婚の事しか頭になくて、婚約破棄を決めてから、これからどう生きるか悩んでいましたが、漸く見えてきましたっ!!」
ミーシャも婚約破棄の事を漸く乗り越えて、先の未来を描き始めている。
「私もオペル座にマルティナの公演と、演劇の道の更なる高みを目指せそうだ」
オードリーも自分の生き方を更に固めている。
「私も卒業と同時にウルグ様と婚姻する事だけを考えていましたが、そこから先の未来をあまり描いていませんでしたわ…でも、皆の姿を見ていたら、もっと先の未来を描かないとと思います」
テレジアも皆の姿を見て、何か思う所があったようだ。婚姻は確かにゴールの様に見えるが、しかし、それは人生にとっての通過点にしか過ぎない。婚姻してもそれから先に人生は続いていくのだ。テレジアはその先の未来に目を向け始めたのだ。
マルティナもコロンも、ミーシャもオードリーもテレジアも、ゲームで定められた運命の乗り越え、その先を目指し始めている。
では、私は? 私は何を目指す?
マルティナの付き添いでいったジュノーから戻った後、ディーバ先生と私の部屋でおむすびを食べながら話した時、私は漠然とした思いで、この学園に残る未来を思い描いた。
しかし、何の目的もなく学園に残るという事は、雛が孵化の時が来ても卵から出ないように、赤子がいつまでもゆりかごから出ないのと同じだ。
皆の姿を見ていると、羽をはためかせ、巣立ちの準備をしている皆を、自分は巣立ちが怖くて脅えている様な感覚に思える。
私も巣立ちをしなくては…でもどこへ? そんな焦燥感が少し胸に湧き上がってくる。
「ちょっといいか?」
そんな時、テントの外から声がかかる。
「はい、どうぞ」
コロンが答えると、疲労の色を見せたディーバ先生、デビド、ミハイル君が姿を現す。
「皆さん、大丈夫ですか?」
私は皆の姿に思わず声をあげる。
「いや…正直、キツイ… 音響設備が一つ盗まれたのと、思った以上に観客の声が大きいとで、出力をあげなければならなかった… このままでは魔力が持たない…」
ディーバ先生は本当に辛そうにそう話す。
「ディーバ先生、ミハイル君、デビド…終わってから渡そうと思っておりましたが、特製ドリンクをお渡しいたしますわ…しかし、これが最後の分ですので、これで何とか最後までお願いいたします…」
そう言って、コロンが三人に特製ドリンクを手渡す。
「分かった… 今日さえ乗り越えれば、あとは寝ていれば良い…」
「コロンお嬢様の為に、頑張ります…」
「私もミーシャ姉さんの為にがんばるっ…」
三人はそう答えると、特製ドリンクを受け取って飲み始めた。前回、眉を顰めていた、あのディーバ先生でさえ、躊躇いもなく特製ドリンクを一気に煽る。
「これで午後からの公演も何とかなると思う。君たちは心置きなく全力を尽くしたまえ」
私たちはディーバ先生の言葉に覚悟を決めて頷いた。
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