第287話 意外とうぶ
「明日の朝一に、准将の所の兵隊さんがステージの設置に来られるのでしたわよね、朝食はこちらで準備した方が良いのかしら?それともお昼と夕食だけでいいのかしら?」
「コロンお嬢様、流石に朝食の心配まではなさらずとも大丈夫だとは思いますが」
事務処理をしながら、質問の声をあげるコロンに、デビドはいつもの澄まし顔で答える。
「では、お昼と夕食の心配だけすれば良いのね、お昼はこちらで何か用意した方がよいのかしら?それとも、自由に選べる食堂を案内した方が良いかしら?」
「彼は兵士は基本的に、外部の提供に頼らず行動出来る様に訓練されておりますので、食事に関しても自前の携帯食は準備しているかと思われます。また、学園の食堂を使うのも無用な混乱を招くので控えた方がよろしいかと…」
コロンはデビドの言葉に書類から顔を上げ、ふんふんと頷く。
「なるほど、私が心配しなくても食事は大丈夫なのね、それでは、暖かいスープでもご用意するぐらいでいいかしら?」
「それで彼らも喜ぶと思います」
「では、厨房の者に連絡しておいて、100人分のスープを食器ごと用意するようにと」
「分かりました、コロンお嬢様」
デビドはそう言ってコロンに一礼すると厨房に連絡するため、部屋を退出していく。
「ごめんなさい、待たせたわね、二人とも」
コロンはデビドの会話中にこの部屋に訪れたテレジアとオードリーに声を掛ける。
「いえ、私も今来たところだから大丈夫よ」
「それより、話があると聞いたんだけど、何かあったのかい?」
用事から戻ったテレジアとオードリーが椅子に腰を降ろしながら訊ねる。
「えぇ、今日、ムルシア先生の所へ機材を受け取りに行ったのだけれど、その帰りに大講堂の前を通ったのよ」
「オリオスたちが奪った大講堂の前をかい? 一体、何があったんだ?」
自分の婚約者がしでかした事なので、オードリーは眉を顰める。
「それが、なんでもあの場所で、ダンスパーティーを行う様で、不思議に思っていたんですよ」
私が大講堂前での状況を説明する。
「あぁ、あの噂のダンスパーティーですか」
意外にもテレジアが知っている様な口ぶりで言い出す。
「テレジア、何か知っているの?」
私たちはテレジアに注目して訊ねる。
「えぇ、何でも学園の生徒ではない一般人の女性も参加できるという事で、街の方で噂になっているのよ、看護婦の方も噂をしていたし、私の所にも、参加するから傷を早く治してくれって駆け込んでくる女性もいたわ」
「そんなに噂になっていたなんで知らなかったわ…」
気が付かなかった事を自分のミスの様にコロンが呟く。
「仕方ないわよ、私たちは私たちの事で一杯いっぱいだったのだから」
私はそんなコロンに気休めの言葉をかける。
「それと、もう一つ変なというか…信じられない話も聞いたのよ…」
テレジアが眉を顰めながらそう漏らす。
「どんな話を聞いたの? テレジア」
私が声を掛けると、テレジアは部屋の中を見回す。
「マルティナとミーシャは?」
「二人は、今、ミーシャがヴァイオリンパートを曲に加えるということで、二人で演奏の練習をしているわよ」
テレジアは二人の居場所を聞いたのち、ゆっくりとオードリーに向き直る。
「えっ? どうしたの? テレジア…」
オードリーは急に真剣な表情をしてテレジアに見つめられたので、少し戸惑う。
「オードリー、不愉快な話になるけど、落ち着いて聞いて欲しいの…あくまで噂話だから…」
「なんだか尋常ではない様子だね…」
ただならぬテレジアの雰囲気にオードリーは少し身構える。
「そのダンスパーティーで、エリシオ、カイレル、そしてオリオスの三人が新たな婚約者を選ぶという噂が流れているのよ…」
「なっ!?」
あまりにも衝撃的な言葉にオードリーの言葉が詰まる。
「一体どういう事?」
私も予想外の内容に驚きの声をあげる。
「すでに関係が破綻しているエリシオとカイレルの事は100歩譲って、オリオスまでって…」
コロンは一瞬、チラリとオードリーを見たが、テレジアに向かって訊ねる。
「いや、私も噂でしか聞いてないけど、そのオリオスが中心人物らしいのよ… なんでも、僕のお姫様を募集中って…」
テレジアもチラリとオードリーの様子を伺いながら、テレジア自身が言い出した訳でもないのに申し訳なさそうにしながら告げる。
流石にオードリーも開いた口が塞がらないというか、唖然とした顔で何を言ったら良いのか分からず、口をパクパクとしていた。
「ねぇ…オードリー、貴方、何か心当たりはないの? えっと、もちろんオードリーが何かやらかしたという意味ではなくて、その…なんていうか…オリオスがこんな事をしでかす予兆みたいなものが無かったかという意味よ」
コロンは気を遣うというか言葉を選びながら、オードリーに訊ねる。オードリーもコロンの言葉ではっと気を取り直して、頭を抱えながら答える。
「いや、私も何が何だか分からないんだ…確かに以前から仲は良くなかったけど…突然、こんな事になるなんて…もしかするとあれが原因だったのだろうか…」
オードリーは困惑しながらも自分に非があるように頭を抱え始める。
「あれが原因って何があったのですか?」
テレジアが心配そうに訊ねる。
「あれは二回目の顔合わせの時だったかな… オリオスと私で庭園のベンチで話をしている時だったのだけれども、オリオスが私の膝の上に座ろうとしてきたんだ…」
私とコロン、そしてテレジアは最初はオードリーの言っている言葉の意味が分からなくて唖然とする。しかし、意味が分かってくると口元が疼いてくる。
コロンは…あっ、やっぱり扇子を出している…テレジアは顔を逸らしている…私はおもむろに顔に手を当て口元を隠す。
確かにオリオスはミーシャの様にお子様体型の見た目ショタの中身クソガキであるが…ない…絶対にない、婚約者の膝の上に座ろうとするなんて…
「私はあの時、座らせない為に足を組まない方が良かったのだろうか…」
コロンがサッと扇子で口元を隠し、テレジアは顔を逸らしているが肩が小刻みに揺れている。
「そ、それはオードリーのせいでは御座いませんわ…そもそも殿方がご婦人の膝の上にすわるのは如何なものかと…」
コロンは笑いを堪えながら言っているのが良く分かる。
「でも、膝枕というものもあるし、膝の上に座るのもあるのかなと…」
「ありません」
コロンがきっぱりと力強くいう。テレジアの肩が大きく揺れている。
しかし、意外にもオードリーがこんなにウブだとは思わなかった。
その時、突然部屋の扉が開かれる。
「テレジアとオードリーが戻って来たんだって?」
マルティナとミーシャだ。
「あれ?」
ミーシャがテレジアの様子を見て声をあげる。
「どうして、テレジアさん、笑っているんですか?」
「い、いえ! わ、笑っていませんっ!」
テレジアの声が部屋に響いた。
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