第285話 メガホンとホットプレートとユリの花
午後の授業を終えた私たち、コロン、マルティナ、ミーシャの四人は、デビドが用意した荷馬車の荷台の上で揺られながら、ムルシア先生の待ち合わせ場所へと向かう。待ち合わせ場所は先生の研究室ではなく、研究棟に付属する倉庫だ。倉庫を待ち合わせ場所にするからには引き取る品がかなりあるのだろう。コロンがデビドに運送の準備をしたのも頷ける。
なお、馬車の荷台に乗っているのは、一度荷馬車に乗って見たかったコロンの希望である。
「しかし、研究棟の倉庫と言ってもどれでしょうね? これだけあるとどれがどれなのか…」
倉庫が一つだけだと思っていたが、実際に来てみると、車のガレージ程の倉庫が建ち並んでいる。恐らく、倉庫の一つ一つが先生に割り当てられた倉庫なのであろう。
「あっ、あそこから人が出てきましたよっ! あれじゃないですか!?」
ミーシャが倉庫の一つを指差す。
「あっ、本当だ、ムルシア先生とディーバ先生が出てきた」
目を凝らしていたマルティナが声を上げる。
「デビド、あちらに荷馬車を回してもらえるかしら」
「はい、コロンお嬢様」
コロンの言葉にデビドが手綱を打つと、荷台の私たちを少しゆらゆらと揺らしながら、ムルシア先生の出てきた倉庫へ向かう。
私たちの荷馬車に気が付いたムルシア先生が手を振ってくる。
「おーいっ! ここじゃよぉ~!」
「先生っ! 今、いきまーすっ!」
ムルシア先生の言葉にミーシャが大きく手を振って返す。私たちも小さく手を振る。
「しかし、麗しい御令嬢が積荷とは、なかなか贅沢な荷馬車だのう」
私たちが倉庫の前に辿り着くと、ムルシア先生がそんな冗談を言ってくる。
「でも、誰も引き取り手がいなくて困っておりますのよ」
コロンも冗談を言って返す。自分の事をネタに出来るのは強いと思う。
ディーバ先生はそんな冗談に乗らずに、荷馬車から降りる私たちに手を貸してくれる。
「ディーバよ、麗しの御令嬢たちが引受先を捜しておられるぞ」
ディーバ先生が丁度私の手を取った時に、ムルシア先生がそんな冗談を述べられる。
私は、この手を振り払うべきなのか、それとも握り締めるべきなのかを考え固まってしまう。
するとディーバ先生はふっと笑って答える。
「私も引受先を捜している側ですので…」
私はディーバ先生の手を取りながら、荷馬車を降りる。ディーバ先生の方は何事もなかったかの様に、次のミーシャに手を差し出す。
「ミーシャ、手を取ってもらうより、抱きかかえてもらった方がいいんじゃない?」
マルティナがクスリと笑いながらミーシャに告げる。
「いや、いくら私でもそんなに小さくはありませんよ、まぁ、時々お父様はやってくれますが…」
私はその言葉に吹き出しそうになる。結局今でもやってもらっているのか…
「私のお父様もたまにしようとしますが、もう私が大きくなり過ぎましたので、お父様が支えきれないように思えて、お断りしておりますわ」
コロンが扇子で口元を隠しながら、次の順番を待つ。
あぁ、私も早く扇子を買わないと…
そんなこんなあって、私たちは全員荷馬車から降りて、ムルシア先生の倉庫の中に入っていく。
すると中には、巨大なラッパというかメガホンの様な物が幾つも並んでいる。
「これが音を大きくする魔法具ですの?」
「あぁ、そうじゃ、言われた通り、全部で10台用意しておいたぞ」
ムルシア先生がポンポンと手で触れながら説明する。
「後、これが通信魔法を応用して、入力された音声を他の所に伝えるための魔法具だ。音の増幅も兼ねている」
ディーバ先生が魔法陣の描かれたホットプレートのような物を取り出してくる。
「この紐のような物はなんですか?」
ミーシャがメガホンとホットプレートを繋いでいる金属光沢のある紐を手に取る。
「それが音を伝えるための導線じゃ、その紐を付け替える事で、入力先や出力先を選ぶことが出来るのじゃ、それでこれが音声の入力魔法具じゃ」
ムルシア先生はそう言うと、金属で出来たユリの花の様な物を取り出す。これがマイクの代わりになる魔法具なのか。
マルティナはムルシア先生から、ユリの花の魔道具を受け取ると、キョロキョロと見回していく。
「これ、試してもいいですか?」
「あぁ、いいとも、その花を右に捻ればつかえるようになる」
マルティナは言われた通り、花を右に回して見る。そして、息を吹き込んで、花に話し掛ける。
「あ、あ、あー、あー」
マルティナが花に掛けると、並んだメガホンからもマルティナの声が響く。とはいっても、マルティナの声の大きさの半分ぐらいの大きさだ。
「ちゃんと聞こえますが、音が小さいですね…」
「あぁ、当然じゃよ、増幅の魔道具に魔力を注いでおらんからな、魔力を注げばもっと大きくできるぞ」
マルティナの言葉にムルシア先生が答える。
「魔力はどこから注げば?」
コロンがホットプレートの様な増幅の魔道具を除きながら訊ねる。
「この上の魔法陣の所を開けば、魔石を入れられるようになっている」
そう言ってディーバ先生が蓋を開いて見せる。
「まぁ、一杯入りそうですわね」
「だが、少々問題が有ってな…」
そういいながら、ディーバ先生が梅干し程の大きさの魔石を取り出し、中にセットする。
「みんな、倉庫の外に出て離れて」
私たちはディーバ先生の言われるがまま、倉庫の外に出て、倉庫から10m程離れる。
「マルティナ君、その花に話しかけてくれ」
マルティナはディーバ先生に言われると、息を吸い込んでから、花に話しかける
「あぁぁーー!!!!」
その途端、まるでライブ会場か、ゲームセンターにでも放り込まれたような大音量が響く。
「うわ! 大きいっ!」
私たちはすぐさま、耳を塞ぐ。
「すまない、出力を最大にしていたようだな」
先生も耳を塞ぎながら、大声で説明する。
マルティナの声の響きが収まった後、皆は耳から手を放し、再び倉庫の中に戻る。
「あれだけの音量が出せたら大したものじゃないですか、どこに問題が?」
私はディーバ先生の後に続きながら訊ねる。
ディーバ先生は先程のホットプレートの蓋を開き、中から先程入れた魔石を取り出し、私たちの前に見せる。
「先程入れた魔石だが、先程の使用だけでもう半分も魔力を消費している」
「えっ?そんなに? その中にはいくつぐらい魔石を入れる事ができるのですか?」
「おおよそ、100入るか入らないかぐらいだな…」
先程のマルティナの声の長さが10秒ぐらいだとすると1000秒? 分にして16分程?
「16分程ですか…それでは二時間ある公演では魔石が持ちませんね…」
「二時間、流し続けるとなると8回交換することに… 金銭的にも厳しいですわね…」
コロンも険しい表情をする。
「技術的にその辺りが限界であった。通常の会話程度の音の大きさなら一個で一日持つぐらいの消費量であるが、会場での演奏となると、あれぐらいの音の大きさは必要になる。しかし、音の大きさを上げていくと指数的に魔力を消耗することになる」
「ディーバ先生、なんとかする方法はないのですか?」
私はディーバ先生にお願いする。皆も、同様に縋りつくような目でディーバ先生に注目する。
「いや、あるにはあるのだが…」
その言葉に皆の顔がぱっと明るくなる。
「どんな方法なのですか?」
私が先生に訊ねると、ディーバ先生は苦々しい顔をする。
「人力というか…人が直接魔力を注ぐ方法だ…」
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