第284話 男女の仲

 マルティナの学園祭の催し物の協力を始めてから、本当に忙しい日々が続いている。日々の練習から、演目内容の打ち合わせ、チケットの販売やその販売経路、それに加えて、先日の様に軍部に飛び込み営業をしに行ったりと、落ち着ける時間は寝るときぐらいである。


 その睡眠の時間も疲れているので、ベッドに入り、目を閉じて、再び目を開けたらもう朝なので、自分の時間を十分とれている感じがしない。まぁ、睡眠だけは十分とれている事だけで満足するべきなのか…


 そして、学園のお昼休みにムルシア先生から連絡が入った。以前お願いしていたものが完成したようだ。なので、今日の放課後は先生の所に向かい機材の受け取りとなる。


 先生からの連絡を受けたコロンは、いつもの呼び鈴を取り出して鳴らす。


「はい、コロンお嬢様、何か御用ですか?」


 デビドがさっと姿を現す。


「今日、ムルシア先生の所へ機材の受け取りに参りますので、運搬の準備と、それと手土産を用意して頂戴、今回はディーバ先生に対しても準備して、午後の授業が終わったら先生の所へ向かうからそれまでにお願いね」


「ははっ!」


 返事を言い終わると共にデビドは姿を消す。


 ホント、最近、忍者にしか見えなくなった。しかし、コロンの言葉を聞いて、少し気になるところがあった。


「コロン、ちょっと聞いていいかしら?」


「どうしたの? レイチェル」


 気を抜くと様を付けそうになる。


「ディーバ先生にお土産と言っていたけど、ディーバ先生は何が好物なの? ディーバ先生って、出されたものはなんでもぺろりと食べてしまうから、何が好物か未だに分からなくて」


 この前の松茸のおむすびとお吸い物は、嬉しそうに食べていたけど、物珍しいのと好物は違うと思うので、どうなのだろう?


「そうね…私の知っている範囲では、下町にいもくじを買いに行ったという噂を聞いただけよ、甘いものがお好きなのではないかしら?」


「いもくじですか…」


 私の実家に行った時に食べていたあのいもくじか、今度買って持っていこうかな? いや、どうせなら自分で作って持っていくか…


「レイチェルは本気でディーバ先生を婿取りすることを考えておられるのですの?」


 コロンが私の顔を見てサラリと言ってくる。


「いやいやいや、そういう意味ではなくて、普段、お世話になっているのに、何もお返してが出来ていなくて、たまにはお礼の手土産でも持っていこうかなと思いまして…」


 私の取り繕うような言葉に、コロンは何も言わず、じっと私の顔を見る。


「な、なにか?」


 私は沈黙の凝視に耐え切れず、こちらからコロンに声を掛ける。


「レイチェルも男女の仲について疎いのですね…でも、結論は急がなくてもよろしいですが、そろそろ考えても良いころではないかと…」


「考える…ですか?」


「えぇ… 伴侶を得て、子を作り、未来に命を繋いでいくのが、人間のみならず生きとし生ける物の本能であり義務です。だから、男女の仲について色々と考えるのは避けて通れない道なのですよ」


 確かにその通りである、私も父と母が結ばれて私が産まれた訳である。父母が繋いでいた命のバトンを私の代で放り出すような無責任な事は良くないとは思う…


「私は伴侶になるという役割ばかり考えたので、残念な結果に終わってしまいました…また、ミーシャは気持ちばかり先走って、周りの事を考えていなかったので、同じく残念な結果に終わりました…」


 コロンは憂いの瞳を伏せ気味に語る。


「だから、レイチェルには私たちのような失敗をして欲しくはないのです。幸いな事に今はまだ、急き立てられるような事態ではありませんが、少し自分の中で考えを纏めて、気持ちをよく見て整理するのも良いのではないでしょうか」


 コロンは冷やかしのつもりではなく、本気で私の事を考えて言ってくれている。真剣な眼差しがその証だ。


 私のその真剣な眼差しに、軽はずみな返答をする事が出来ず、押し黙ってしまう。


「憶測の話で申し訳ございませんが、私の見立てでは、どうもレイチェルは男女の仲について、避けているというか忌避しているように見えるのです。そうなった理由として過去に何かあったかは分かりませんが、振り返して見つめなおしても良い時期ではありませんか?」


 コロンは責め立てるのではなく、優しく諭すように言ってくる。しかし、その言葉の中には私の抱える問題を的確に指し示していた。


 私はコロンの言うように男女の仲について、無意識ではなく、意識的に避けてきた。それは全て前世での父の姿を見てきたのが原因である。


 父は母というものがありながら、他に女を作り、剰え、母を家から身体一つで追い出した。それが私が物心ついてから、初めてで、一番近くで見た男女の仲の拗れてしまった結末なのである。


 母はいつも父の側にいて、父を信じて、父の為に尽くしてきた。しかし、父に女が出来た時に呆気なく捨てられた。


 その時、私は母についていくと言った。そうすれば、私と離れたくない父が、女の事は諦め、母と寄りを戻すと考えたからだ。


 しかし、父はそれでも女を選んだ。私は母と共に父から捨てられたのだ。


 男女の愛か、親子の愛かの違いはあれども、母が一番愛していて、信じていた男性に捨てられたように、私も一番愛していて、信じていた男性に捨てられたのだ。


 その日以来、私は男性が信じられなくなった、怖くなった。私にとって異性の男性とは裏切る者にしか見えなくなっていたのだ。


 だが、世界の半分は男性である。男性を避けて関わらないように生きるのは不可能である。だから、異性として男性を見るのではなく、人として男性を見る様にして、なんとか生活を送る様にしていた。


 しかし、そんな生き方が出来るのは子供時代までである。身体が成長し、女性らしさを帯びてくると、異性としての関りを持とうとする者が現れてくる。


 だから、私はずっと親友のあーちゃんの陰に隠れるような生き方をしていた。私は何かにつけあーちゃんの名前を出し、彼女との仲を取り持つような動きばかりしていた。


 しかし、そんな日々に終わりを告げたのが、あの日の事故だ。あの日、私は命を失い、この世界に飛ばされた。しかも前世の記憶を持ったままで…


 この世界に来て二年が過ぎた。コロンの言うように確かに見つめ返しても良い時期だろう。だが、私一人では答えが出せないような気がする。


 なぜなら、父に罪があるように、私にも罪があるからだ…それも、許されないような罪が…


「コロン…」


 私は彼女の名を呼んでいた。


「なに? レイチェル」


 彼女は見守るような目で私を見ている。


「今度、時間が開いた時に、私の話を聞いてもらえるかしら?」


「えぇ、私で良ければ喜んで」


 コロンは口元に笑みを浮かべて答えた。


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