第282話 音楽の飛び込み営業

 今、私はロラード領の南方、港湾都市クレセントに、マルティナとコロン、コロンの三人の兄弟のガルウィンさんとクリフォードさん、そしてウォーレン君と共に、帝国海軍の施設へと向かっている。


 あの時の会議でコロンが軍人さんを口説きにいきましょうと言ったのは、公開軍事演習の時に使用する観客席などの施設を借り受けると言った意味なのである。そして、あわよくばその運搬や設置に伴う人手も借り受ける事が出来ないかお願いすることも含まれる。


 最初、その話を聞いた時には、いくら兄弟がコロンの事を可愛がっていると言っても、帝国に所属する軍の軍人が、一個人に設備を貸し出し、尚且つその設置の人員を割く事なんて不可能だと思った。


 そこの事を含めて、コロンの兄のガルウィンさんとクリフォードさんに相談すると、とある条件を付けるなら、大丈夫であろうと告げられる。


 その、となる条件が何かと尋ねると、二人の上官を歌で説得させろとの事だった。いくらマルティナの歌と曲がこの世界に於いては、かなりセンセーショナルなら代物であるが、なんでもかんでも歌で解決するはずがないと考えていたが、彼らには彼らなりの特殊な事情があるそうだ。


 その特殊な事情とは、今回、借りる事をお願いしている客席であるが、それを使用する公開軍事演習で、ガルウィンさんとクリフォードさんの所属する部隊も参加するのであるが、都市を占領した敵軍の役回りをさせられる為、部下の士気が全く上がらないそうなのである。


 しかも、その都市を解放するための部隊が、二人の上官のライバルのような人物で、ここ儘では、演習まで士気は上がらないわ、その上、ライバルに負けてしまうわで、ずっとイライラが収まらない状態が続いており、そのストレスを発散するため、非常に厳しい訓練が続いているそうなのである。


 そこで、マルティナの歌を使って士気回復、戦意向上できるのであれば、上官も快く設備や人員を割いてくれるであろうとの事だった。


「マルティナ、貴方、ドンドンとあの歌を歌って敵と戦うアニメのヒロインみたいになってきたわね…」


「いや、あのヒロインみたいに可愛い歌を歌っているだけならいいけど、実際には戦う系の曲ばかりだから、なんか方向性がかなり違うと思うけど…」




 そんな訳で、私たちはまず、その上官に認めて貰う為に、その上官の元へ行ってその前で歌う事となった。


 これも飛び込み営業といえば飛び込み営業かも知れないが、商品説明ではなく歌を歌う飛び込み営業である。しかも、一般企業などでなく、軍の施設にである。


 軍の施設に到着した私たちは、ガルウィンさんとクリフォードさんの二人に案内されて施設の中を進んでいく。


「ところでお二人の上官の方は、どれぐらいの階級の方なのですか?」


「あぁ、まだ説明していなかったね、帝都方面南方地区担当司令官のパトリック・ピカード准将だよ」


「准将!?」


 私は高くても大佐とか少佐辺りの佐官ぐらいだと思っていたのに、思った以上に位の高い人だった。


 チラリと、マルティナとコロンを見る。二人は今の言葉を聞いても顔色を変えずに歩ている。度胸があるのか、地位の高さを分かっていないのかどちらであろう…でも、変に緊張して失敗するよりかはマシか…


 そんな事を考えながら歩いていると、奥に衛兵が警備している扉が見えてくる。


「あそこだ」


 クリフォードさんが指差す。


 部屋の前まで到着すると、衛兵が二人に敬礼する。


「ガルウィンとクリフォードだ。例のお客人をお連れした、准将に取次ぎを頼む」


「はっ!」


 衛兵はそう答えると、扉の向こうに向かって、我々との到着を告げる。すると扉の向こうから短い返答が帰ってくる。


「入れ」


 私は固唾を飲みながら部屋の中に進んでいくと、部屋の奥に窓を背にして、将軍の椅子に腰を降ろす人物が見える。その側にはまるで仁王様のような厳つい姿の警護の兵士が私たちを睨みつけている。


「ガルウィン中佐、クリフォード少佐、ご苦労。その御令嬢が君たちの言っていた歌姫か?」


「はっ! マルティナ・ミール・ジュノー嬢とレイチェル・ラル・ステーブ嬢で、こちらが我が妹のコロン、弟のウォーレンであります」


 二人に紹介された私たちは、カーテシーで准将に一礼する。


「私が、帝都方面南方地区担当司令官のパトリック・ピカード准将だ。私も忙しい身だ、早速、その実力の程を見せてくれるかね?」


 准将がそう言って部屋の片隅に視線を向けると、アップライトピアノと、ガルウィンとクリフォードの使うドラムとベース・そしてギターがすでに用意されてあった。


 設備を確認するとマルティナは瞳が真剣なものに変わる。


「じゃあ、予定通り、今日はバタープロジェクトのあの曲で行くわよ」


 そう言いながら、マルティナは演劇の時に使っているステッキを取り出す。最近、このステッキをマイク代わりに使っている。


 私はコロンとピアノで連弾の位置に着き、ガルウィンはベース、クリフォードがドラム、ウォーレンがギターの準備をする。


 そして、皆が目配せで準備完了の合図をマルティナに送る。それにマルティナは頷いて答える。


 そのマルティナを見て、ドラムのクリフォードさんがドラムのステッキでカッカッカッと叩いて、曲の開始を告げる。


 まず初めに、ピアノでイントロを奏でていき、そこからクリフォードさんのドラムが地響きの様に入ってくる。


 そして、マルティナの勇ましい歌詞のヴォーカルが入り、ウォーレンのギターが響いていく。


 今回のピアノはグランドピアノでなく、アップライトピアノなので、観客である准将に背を向ける形で弾いているので、准将がどのような反応をしているのかを伺い知る事は出来ない。


 しかし、例え准将がどの様な反応をしていようが、今の私は力の限り最大限の集中力をもって演奏を成功させなければならない。


 この歌という面接をクリアしない事には、私たちは学園の何もないグランドで間抜けな公演をしなくてはならなくなる。


 だから、私はコロンと二人で必死に弾き続けた。皆の姿も確認する事は出来なかったが、奏でる音や、搾り出す声からその必死な思いが伝わってくる。



 そんな、思いをして演奏し終わった時、後ろから盛大な拍手が聞こえてくる。


 准将は一人なのに、こんな音量の拍手は変だと思って振り返ると、准将のみならず、警護の兵士までもが、必死に拍手を送ってくれていた。


「合格だ! 合格だよ!!」


 准将は満面の笑みでそう声を上げた。


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