第281話 奪われた大講堂
会議室の中には先程、戻って来たばかりのテレジアとオードリーも同席しており、皆の前には新しく刷られた台本が用意されている。
「あら、…また新しい改訂された台本がありますわ…」
テレジアが台本を手にとって確認する。
「また…マルティナとレイチェルの戦いが激戦になっているね… しかも、改訂を繰り返す度に、レイチェルの役のレイディーが悪の女王としての威厳が増してるね…」
パラパラと中身を確認していたオードリーが声を漏らす。
二人の言葉に台本の中身を確認しようと手を伸ばしていたコロンが、直前で思いとどまり、コホンと咳ばらいをする。
そして、立ち上がり、集まって席についている皆を見渡す。
「今、皆さんに御集り頂きましたのは、新しく改訂された台本の配布も御座いますが、それが主な目的ではありません、今回の催し物に関わる重大な問題が発生したからです」
コロンの言葉に台本に視線を向けていたテレジアとオードリーが顔を上げて、コロンを見る。
「一体、どんな問題が発生したのですか」
「時間や人員が足りなくなったとか?」
まだ、問題の大きさを知らない二人はキョトンとした顔をでコロンに訊ねる。
コロンは静かに息を吸い込んでから、二人に答える。
「押さえていた大講堂の場所を奪われてしまいました…」
コロンは悔しそうに二人に告げる。
「えぇ!? うそっ!?」
「そんな、まさか!?」
コロンの信じられない言葉に二人は驚きの声を上げる。
「嘘でも冗談でもありません…今日、使用許可証を貰い受けに言った時に、大講堂の場所は他の者が使うと言い渡されました…」
コロンは怒りで歪む口元を隠す為か扇子を取り出し、口元を覆うが、扇子では隠れない眉と瞳は、激しい怒りと悔しさを讃えている。
「申請に関しては、私たち全員で立ち会っていましたから、申請し忘れたという事はないはず…」
「なのに、どうして、他の者が使う事になるんだ!?」
二人もこの事態に激しい憤りを露わにする。
「それは…」
今まで会議の成り行きを見守っていたミーシャが口を開く。
「エリシオ様、カイレル様、そして、オリオス様の三人が、無理矢理場所を奪っていったそうです…」
ミーシャが様々な感情が入り混じって、涙を瞳に浮かべながら、震える声で説明する。
「なんだって!? あの三人が!?」
「そんな横暴が許されるのですか!?」
犯人の名前を告げられた二人が、声を荒げる。
「二人とも落ち着いて…」
コロンが二人に声を掛ける。
「事務局も三つの公爵家の人間に言われたら断れなかったのよ、そもそもこの学園は生徒の平等を謳っていても、上級貴族のごり押しが効いてしまう所なのよ… 私たちだって、他の人の場所を奪おうと思えばできてしまうわ… 今回は私たちがやられてしまっただけ…」
コロンは残念そうに目を伏せる。
「だからと言って、黙っていられるのかい!!」
「そうですよ! 取り戻す努力をしないと!」
大人しく引き下がるように聞こえたコロンの言葉に、納得できない二人が立ち上がって声を上げる。
「ちょっと、二人とも落ち着いて下さいっ!」
「まだ、話があるんです!」
ミーシャと私が二人を宥めに入る。二人ともまだ話があると聞いて、押し黙り、視線をコロンに戻してじっと見る。
コロンはすっと息を吸い込み、二人を直視する。
「私も当然、憤りや悔しさも感じました… でも、取り戻せるか取り戻せないか分からない事に時間を費やすよりも、確実に場所を確保して、その準備をする方が、有益だと判断いたしました…」
「では、大講堂は手放すというの?」
コロンの言葉にテレジアが訊ねる。
「今回は悔しいけどそうよ…私たちの親元に事情を話して、関係各所に根回しして取り戻す方法もあるかもしれないけど、そんな事をしていたら学園祭が終わってしまうわ…だから、私たちは早急に新しい場所を確保して、その場所で公演をする準備をしないと間に合わないのよ」
「では、今回は名誉は捨てて実利を取るという事だね…」
オードリーは悔しそうに拳を握りしめる。
「いえ…」
悔しそうにする、二人にコロンが声を掛ける。その声に項垂れていた二人は顔を上げ、コロンに視線を向ける。
するとコロンは恐ろしい目をしながらうすら笑いを浮かべていた。
「確かに場所取りでは敗北致しましたが、公演内容まで負けるつもりはありません… 出来る限りの客を呼び込んで、何をするつもりかは分かりませんが、奴らの大講堂に閑古鳥を鳴らして差し上げましょう…」
コロンは私以上の悪の女王のような笑みを浮かべ、ふふふと不敵に笑う。
「あ…やっぱり、コロンが一番切れていたんだね…」
「もちろんですわよ…さて、復讐は実際の公演の日まで我慢するとして、場所はどうしましょうか…」
コロンは普段の顔に戻して、困り眉をする。
「普段、授業で使っている大き目の教室とかではダメなの?」
「お兄様のご友人の方々に先行販売しているチケットだけで1000枚近くありますから、とても教室内では収まらないのよ…」
「えっ? もうそんなにチケットを販売したのですか!?」
テレジアが驚きの声を上げる。
「教室だと、その先行販売した数をこなすだけで、朝から何度も公演しないとダメだね…」
「それだと、当日のお客を入れる事が出来ませんよ」
オードリーの言葉に私が問題点を上げる。
「では、庭園ならどうだろう? あの場所なら結構な広さがありますよ?」
「広さは申し分無いけど、公演が終わるまで、植わっている草花を全て上かえないといけませんから、かなり難しいかと…」
ミーシャの提案にコロンが答える。
「なら、グランドはどう?」
今まで沈黙を保っていたマルティナがポツリと言う。
「グランドなら申し分無い広さだけど…席を用意したりするのが大変じゃないかしら?」
テレジアが難しそうな顔をする。
「それに開けた場所だから、曲が外に漏れるのを止める事が出来ずに、タダで曲を聞かれてしまうよ」
オードリーがそう付け加える。
「多少、曲は聞かれてもいいんじゃない? 食べ物屋だって、匂いで客寄せするところがあるから、そんな感じで客寄せになるんじゃない?」
「食べ物屋の場合は味に自信が無いとダメだけど、マルティナの曲ならいけそうね…」
確かに、今まで聞いた事のある曲なら、流れてくる音を聞くだけで良いだろうが、今まで聞いた事のない曲なら、お金を払ってでも側で聞きたいと思ってくれる人がいるはずだ。
「聞こえるのは良いとしても、講堂が使えない分、ステージを用意したり、客席の準備も残っている。その辺りの問題が解決していないよ」
普段、オペル座で公演をしているだけあって、オードリーの問題提起は的を得ている。お金を貰う以上、座席無しのステージ無しでは許されない。
「それなら…ちょっと当てがあるのだけれど…」
コロンがポツリと言う。
「その当てとは?」
皆の視線がコロンに集まる。
「マルティナ、以前、お兄様から軍事演習のチケットを貰ったでしょ?」
「えっと、これ?」
マルティナは内ポケットからチケットを取り出す。
「そうそう、それ、まだ随分と日にちがあるから、その演習の時に使用する、観客席を借りる事ができないかしらと思って」
「その演習って、いつもどれぐらいの人があつまるの?」
ミーシャが訊ねる。
「そうね、一般客とその演習に参加する家族を含めて、1万人近く集まるのじゃないかしら?」
「一万!?」
オードリーが驚いて声を上げる。
「でも、客席を借りる事が出来たとしても運搬や設置はどうするのですか?」
今度はテレジアが訊ねる。その言葉にコロンは暫く考え込んだ後、マルティナに向き直る。
「マルティナ、軍人さんを口説きに行きましょう」
「えっ? 口説く?」
マルティナは目を丸くした。
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