第280話 アドリブと突然の知らせ

「クククッ…なかなかやるようだな…マリンクリンよ… しかし、その程度の力で私が屈するとでも思っているのかっ! 片腹痛いわっ!!」


「う、うそ!? この技でも倒れないなんてっ!! 流石、悪の女王レイディー!! たぁ!!」


 そう言いながら、マルティナはステッキを振り上げ、私に飛び掛かってくるが、私は、杖でそれを受け止めて、鍔迫り合いのような形になる。


「レイチェル! 何、アドリブかましているのよ! さっきので倒れる所でしょ!」


 マルティナは私に顔を寄せながら小声で言ってくる。


「いや、ちょっと…段々その気になってきちゃったのよ…でも、その方が盛り上がるでしょ?」


 調子に乗ってしまってアドリブをした事をなんとか言い訳する。


 マルティナは私の言葉を聞くと、ぱっと飛びのいて距離を取り、観客(エマとシャンティー、デビドしかいないが)に向かって手を広げて向き直る。


「このままでは、悪の女王レイディーを倒せないわ! 会場のみんな!! 私に力を貸して!!」


 アドリブにはアドリブを…マルティナはアドリブで観客に向かって力を貸してくれるようにお願いする。エマは素直に立ち上がって、両手をマルティナに向けて、力を送るようなポーズをしている。シャンティーはいつもの無表情で、手だけをマルティナに向けていて、デビドはどうすればよいのかと強張った顔をしている。


「会場のみんな!! ありがとう!! 力は十分貰ったわ!」


 マルティナは会場のみんな(三人)に手を振って礼を述べると、キッとした顔つきで私に向き直る。


「いつもの倍の私の力…200万パワー!それにミルミル、コリン、オリヴァーの力も貰って200万足す300万の500万パワー!! そして、会場のみんなの力を貰って500万かける3倍の… 悪の女王レイディー!! 貴方を越える1500万パワーよ!」


 えっ!? 何?その計算式!?


「愛の呼吸! 零式!! いくぞ! ら~ぶ~りぃ~波ぁぁぁぁ!!!!!」


 何か色々と混じっているけど、この辺りで倒れないとダメだろう…


「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 私は断末魔の悲鳴を上げながら、片膝をつく。


「クックックッ… マリンクリン…今はお前に勝ちを譲ってやろう…しかし、忘れるな!! 私を倒しても、いずれ、第二、第三の悪の女王が現れるであろう…その時は今のお前のままでは勝つことはできない…それまで精進しておくことだな…」


 私はそう言い残してパタリと倒れる。


 すると、マルティナは再び会場に向き直る。


「会場のみんなありがとう! みんなのお陰で悪の女王レイディーを倒すことが出来たわ! でも、悪の女王レイディーが言い残したように、またいつの日か、第二第三の悪の女王が現れる日が来るわ… その時は再び私に力を貸してね! では、その日が来るまでさよなら… また会う日まで…」


 マルティナは暫く観客に手を振り続ける。


 エマは笑顔で手を振り返しているが、シャンティーはため息をつき、デビドは強張った顔で小さく手を降っている。


 マルティナは三人の姿を確認すると、深々と一礼する。


 これが演劇の終わりの合図である。


 

「マルティナさんっ! レイチェルさんっ! 今のアドリブ、凄く良かったですよ!! あれ、台本に書き加えましょう!! きっとみんなも驚きますよっ!!」


 ミーシャが興奮して鼻息を荒くしながら駆け寄って来る。


「レイチェル様っ! 本当の悪の女王みたいで凄い迫力でした!!」


 エマがタオルを持って駆け寄ってくる。


「あ、ありがとう…エマ…」


 私って、そんなに悪の女王が板に付いてきたのかしら…


「マルティナ様もあのラブリィー波が滅茶苦茶カッコ良かったです!! もう何度も演劇の練習を見ているはずなのに、毎回、新しさがあって素晴らしいですっ!!」


「あ、ありがとう…エマちゃん」


 エマはマルティナにもタオルを持っていき、マルティナが礼を述べる。


「では、先程のアドリブは、採用という事でよろしいでしょうか?」


 シャンティーがいつもの無表情で訊ねてくる。


「はい! 絶対に採用ですよ!! 今はいない、テレジアさんもオードリーさんも、そしてコロンさんもきっと賛成してくれますっ!!」


 ミーシャがそう言い切る。


「では、採用という事で…私が新しい台本を作成して、また皆さんにお配りしておきます…」


 デビドが演劇の内容をメモしていた紙を束ねると、立ち上がって私に近づいてくる。


「レイチェル様…」


 小声で話しかけてくる。


「な、なに?」


「先程のお言葉、本気では無いでしょうね… というか、悪の女王に目覚めたりしてないでしょうね…」


 デビドは真剣な表情で聞いてくる。


「な、何を言っているの? 演劇での話じゃないの!! 私は悪の女王になったりしないわよ」


「いや、練習の度にレイチェル様の凄味が増しておりまして…正直怖かったので…とりあえず、その言葉を聞いて安心しました。私は印刷に行ってまいります」


 そう言ってデビドは部屋を出ていく。デビドはかなり見えている人物だから、もしかして、私の憑りつくモノのオーラが滲み出ているのではないかと心配になってくる。


「ちょっと、レイチェル」


 私がぼーっとデビドの背中を見送っていると、マルティナが近寄ってきて小声で耳打ちをする。


「な、なに?マルティナ…」


「最初のアドリブもそうだし、最後の往生際の悪さは何よ! あんな第二第三とかのセリフもなかったでしょ!」


「ご、ごめんなさい…つい、役に入り込み過ぎて…」


「ちょっと、怖いのよ…」


 マルティナは真剣な顔でポツリという。


「えっ!?」


 もしかして、マルティナまで、私が黒いオーラでも滲ませているのが見えているの!?


「いや、主役は私なのに、このままではレイチェルの悪の女王に、なんだか見せ場を乗っ取られそうで…」


「あぁ…そっちか… 誰も悪役なんて応援しないから大丈夫よ…」


 私はマルティナを安心させる言葉を掛ける。


「それに見てよ、マルティナ」


 そう言って、マルティナに視線を促す。私が視線を促した先には、エマとミーシャが先程のマルティナのラブリィー波のまねごとをしている。


「ちゃんと、マルティナの役の方が子供たちに人気があるでしょ?」


「そ、そうね…ミーシャが子供の分類をされているのはどうかと思うけど…」


 マルティナも納得したように微笑む。


 その時、部屋の扉がけたたましい音を立てて開かれる。


 皆の視線が、開け放たれた扉に注目する。そこには、珍しく取り乱したコロンの姿があった。


「大変よ!! 押さえていた大講堂の場所が乗っ取られたわ!!」


 コロンの声が部屋に響いた。


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