第279話 マルティナの覚醒

 今日の練習を終えた私は、サッと汗を流し、シャンティーの用意してくれた疲労回復薬を飲むと倒れ伏すような感じに、ベッドの上に身を投げる。


「うぅ…つかれた… でも、皆、私の為に手を貸してくれているのだから、私自身が頑張らないと…」


 学園から帰った後は、演劇の練習に、コンサートの曲の練習と、食事とトイレに行く時間以外はずっと練習のしっぱなしだ。身も心も眠る前にはどっしりと疲れている。


 でも、レイチェルの部屋で、漫画を読んでお菓子を食べている日々に比べると、なんというか生きている実感を感じられる。


 投げうった身体を捻って寝返りをうつ時に、パステルピンクの髪が視界に入る。


「あっ、髪を戻すのを忘れていたわ」


 私はふっと念じると、パステルピンクの髪がいつものオレンジ色の髪に戻る。


 最初はこの髪の事をかつらとして誤魔化すつもりであったが、忙しい毎日にそんな事に気遣う余裕も無くなって、今日、皆の前で髪の変化を見せてしまった。エマちゃんは喜んでいたし、レイチェルも他の皆も気にしていない様だったから大丈夫だろう。


「しかし、あの人はどうしてこんな力を私にくれたんだろ…」


 


 あの人にあったのは、ムルシア先生に人生の相談をした日の夜の事だった。


 私は先生の言葉に励まされ、立ち止まったように生きていた私が、漸く進むべき方向を見つけ出した。でも、いくら進むべき方向を見つけ出したといっても、今まで立ち止まる事しか出来なかった私が、歩く方法なんて分かるはずがない。


 コロン、オードリー、ミーシャ、テレジア、そしてレイチェル…彼女たちの人生を、ゲームの中の登場人物として俯瞰的、客観的に見るのではなく、私もその輪の中に入って一緒に生きていきたい。また、私を慕ってくれる弟妹達の期待に答えられるような人物にもなりたい。でも、どうすれば良いのか分からなかった。


 私には何ができる? この世界での難しい勉強は分からないし、前世でもそうだった。漫画も見る事はできるけど、書く事はできない。それは文章でも同じ。


 私は前の世界でもこっちの世界でも、人に誇れるようなことは何一つ身に着けていなかった。程々に勉強して、漫画を読んで、アニメをして、ゲームをして、時々、オタサーの集まりのカラオケで皆の希望する曲を歌ってちやほやされるぐらい…


「はぁ~ ホント、私、今まで何やってたんだろ…」


 そんな愚痴を漏らしながら、眠れぬ夜を一人ベッドの中で悩んでいた。


「何、ため息ついているのよ」


 ふいに私の背中に声が掛かる。


 私は幻聴でも聞こえたのかと思いつつ、寝返りをうちながら、声のした窓の方向に向き直る。


「えっ!?」


 声は私の幻聴ではなく、シーツだけを身体に纏ったピンク色の髪の少女が窓の枠に腰を掛けて、月の光を背に私を見下ろしていた。


「あ、貴方、一体誰? しかも、その恰好は何よ!? もしかして痴女?」


 私は身体を起こして身構える。


「自分で私をこんな姿にしておいて、そんな言い方はないでしょっ!」


 月の光で逆光になっているが、謎の少女はぷくっと頬を膨らませながら、窓枠からぴょんと飛び降りる。


「いやいや、私はそっちの気はないからっ! 誰か女の子を裸にしたりしてないからっ!」


「私もそんな気は無いわよ! それにダーリンの為に操を守っているんだからっ!」


 少女は腕組をしてぷいと横を向く。その時に初めて、陰になっていたその少女の顔が見えた。


「あ、あれ? えぇっ! でも…まさか!?」


「ふふぅん、漸く、私が誰か分かったようね…」

 

 少女は私の言葉にクスリと笑う。


「で、でも…あれは彫像で…生きた人間では無かったはず…」


「ちゃんと生きているわよ、ただダーリンが死んでいなくなっちゃったから、ああしていただけよ」


 その少女はジュノーに帰った時に、あの迷い込んだ花園で見つけた彫像の少女と瓜二つの姿をしていたのだ。


「でも、急に裸にされたから、ダーリンが戻って来たのかと思ったら、こんな女の子だったとはね…」


 そう言いながら少女は私に近づいて来て、前のめりでマジマジと私の顔を見る。


「ん? あれ? あぁ…そっか…」


 少女は私から身体を放して、ポンと手を叩く。


「な、なによ!?」


 私が声を上げると、少女は妖艶な笑みを浮かべてクスリと笑う。


「貴方、私の子孫なのね…しかも、ちょっと面白い魂をしているわ…なんだかダーリンと一緒に匂いがする…」


 私はその言葉にはっとする。


「も、もしかして、貴方は、あのウリクリを危機に陥らせた魔女のご先祖様!? しかも生きていたの!?」


「そうよ、私は貴方のご先祖様よ、そして貴方は私とダーリンの愛の行為で産まれた子孫って訳」


 いや、この人、さらりと愛の行為とか言ってる…こんなのが私のご先祖様なの?


「いやいやいや、ありえない! 本当に伝承通りの魔女だったら、しわしわのお婆さんのはず、そんなピッチピチな姿はありえないわ!」


 私の言葉に激高するかと思っていたが、逆に少女はシュンとする。


「私もね、若気の至りというか、不老不死の力を得ちゃったのよ…それでダーリンには気に入られたんだけど、一緒に逝く事が出来なかったのよね… だから、ダーリンが向こうから迎えに来るその日まで、あの花園で彫像の姿になって待っていたのよ」


 その言葉に私はあの彫像の前で見た碑文を思い出す。


『ダーリンの居なくなった世界なんてつまらない。だから、私は眠ります』


「えっ!? 本当にあの魔女なの!?」


「そうよ、ダーリンがこの世界に再び来た時の為にずっとあそこで待っていたのよ、邪魔者が来ないようにしてね」


「でも、私ははいれたわよ、私の友人も…」


 私が子孫だから入れるのは分かる。でもレイチェルが入れた理由が分からない。


「貴方は私とダーリンの子孫だから入れるとして、そのお友達ちゃんももしかして、転生者なのかな?」


「えっ? もって…私が転生者って事もわかっているの!? というか、初代皇帝も転生者だったの!?」


 少女はクスリと笑う。


「そう、だから、あの花園には私かダーリンの血を引くものか、転生者しか入られない仕組みしておいたのよ」


 ジュノー家の血筋か、皇帝の血筋か、もしくは転生者?


「それって結構ガバガバじゃないの?」


「そうでもないわよ、ここ最近じゃ貴方たちを除いて一人ぐらいしか入って来てないし…」


 その一人って誰だろ?


「それより、貴方、何をため息なんて付いたりしているのよ、私とダーリンの子孫なんだから、もっとシャキッとして人生を楽しみなさいよ」


 ご先祖様に怒られた…しかも人生を楽しめって…


「でも…私はご先祖様のような力なんてないから…」


 私が愚痴をこぼすと、ご先祖様はじっと私を見つめる。


「…分かったわ、力を覚醒させてあげるわ、まぁ、かなり血が薄まっているけど、私の百分の一ぐらいの力を出せるようになるんじゃないかしら?」


「えぇっ!? 力を覚醒!? 本当に!? でも、どんな力を覚醒させてくれるの?」


「うふふ、貴方が一つだけ自信を持っている事よ、そうね…少し身体を書き換えるから、明日の午後ぐらいには力を使えるようになるわよ」


 そう言いながら少女は私の額に手を翳す。すると、様々な事が頭の中に流れ込んでくる。


「私の一つだけ自信を持てる事… あぁ…これなの?…」


「そうよ、だから、頑張ってね、私の子孫ちゃん、私はあの花園で見守っているから…私の持ち物は貴方が満足するまで貸しておいてあげるわ…それでは、シーツを纏って待っていてあげる」


 その言葉を最後に私の意識は消えていった。


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