第278話 演劇の手応え

 学園祭の催し物を行うために、ロラード家での合宿生活が始まったのであるが、慣れない生活で疲れる事もある反面、普段の生活では味わえない楽しい事も色々とあった。


 学園にはロラード家から通い、帰ってきたら練習や打ち合わせをする。時間的に余裕があるマルティナと私、ミーシャとコロンがいる時は演劇の練習時間に充てたり、コンサートの練習を行ったりした。


 私やマルティナ、ミーシャが練習を行っている間にも、コロンはチケットの手配、人員の確保、機材の準備、コンサートの曲の選別など、様々な裏方の仕事を行っていた。


 楽曲の練習については、三日間徹夜をした時に、コロンがきっちりと楽譜を記してくれていたので、上手い下手はあれどもピアノを弾ける者であれば、伴奏を行う事ができた。ただ、やはりコロンの兄弟が担当してくれていたドラム、ベース、ギターは三人がいる時でないとセッションは出来なかった。


 コロンも出来る限り私たちで伴奏をやろうと考えていたが、ドラム、ベース、ギターは皆初めて触れる楽器なので、学園祭までに人前で演奏できるレベルに到達するのは不可能と考え、その三つの楽器はコンサート当日も三人の兄弟が行う事となった。


 コロンがその胸を三人に告げた時、三人は可愛い妹の為なのか、それともマルティナの伴奏を出来るのが嬉しいのか快諾してもらえた。


 その代わり、コンサートで手の開いた私たちは、バックコーラスを行う事になったり、合唱曲を入れて、共に合唱することになった。


 以上の役割分担、それぞれの練習に充てられる時間を考えて、学園から帰って来た後は演劇の練習、コロンの兄弟が帰って来てからは曲の練習という時間別けになった。



「クックックッ… フハハハハ ハーッハッハッハ!! 貴様の様な小娘がこの悪の女王レイディー様に歯向かえるとでも思ったかぁ! この愚か者目!!」


「あんっ! こ、このままじゃ…コリンとオリヴァーの命が…」


「マリンクリン! この魔法のステッキで変身して魔法少女になってぴょん!」


「分かったわ!ミルミル! ラヴリーミラクルパワー☆メイクアップ!  魔法少女マジカル☆マリンクリン参上! 悪い子にはおしおきしちゃうぞ☆」



 パンパン!


 演劇の練習の最中にコロンの手を叩く音と声が響く。


「はいはい、午後のお茶の時間よ、一度休憩にしましょう」


 私はその声に、ふぅと息をついて、羽織っていたマントを脱ぐ。今の私の姿はスカートの丈が床まで届く黒い喪服のドレスを纏っている。制服と異なり動きにくいので、着ているだけでかなり疲れる。


 そこへうさぎの着ぐるみパジャマを着たミーシャがやってくる。


「レイチェルさん、凄い迫力でしたね! 本物の悪の女王みたいに見えましたよっ!」


「あ、ありがとう…」


 次に、魔法少女の恰好をしたマルティナが、オドオドした感じでやってくる。


「レ、レイチェル… やっぱり怒ってない?」


「怒ってないわよ」


 私はさらりと答える。


「でも、なんだか気合というか迫力が凄くて…なんだか演技に見えなくて…」


「いや、私も普通の恰好なら、あんな演技は出来ないけど、この服装をしていたら、なんだか悪の女王みたいな気分になってきて…」


 私の服装は、ロラード家にあった喪服のドレスを仕立て直したものであるが、誰かが調子の乗り過ぎてやり過ぎたので、本当に悪の女王の様なドレスになってしまったのだ。


「もしかして、レイチェルってコスプレの才能があるの? 今度、試しにミーシャが着ているうさぎ着ぐるみパジャマも来てみる? レイチェルだぴょんって感じで」


「いや、それは遠慮しておくわ、小柄なミーシャだから可愛く見えるけど、私が着たら痛いだけよ… それよりも、マルティナその恰好…」


 私は改めてマルティナの姿をマジマジと見る。


「いや…これはその… 返す前に使っておこうかなと思って…」


 マルティナの姿は、以前ジュノー家の花園で見た魔女の彫像が着ていた衣装を纏っている。しかも、ステッキもあの彫像が持っていたものだ。


「前から思っていたけど、どうしてあの衣装とステッキを持ってきちゃったのよ」


「…彫像を調べていた時に、衣装を引っ掛けちゃって倒して破っちゃったのよ… 最初は逃げ出す事しか考えてなかったけど、後であのままじゃいけないと思って、とりあえず破れた衣装と傷が付いたステッキを持ってきちゃったのよ…」


 あぁ、あの時、何かが倒れる音がしたと思ったら、彫像を倒した時の音だったのか…それで、慌てて逃げ出して、途中で証拠隠滅を計ろうと一人で戻った訳か…


「もしかして、ジュノーから帰った翌日、学園に来ずにシャンティーにお願いして繕ってもらっていたの?」


「そ、そう…その通りよ…」


 なるほど…しかし、衣装がここにあるという事は、あの生々しい彫像は今、裸の状態であるのか…


「今、花園のあの彫像は裸の状態にあるのでしょ? 実家で騒ぎになってないの?」


 私はマルティナに耳打ちする。


「家からは何の連絡もないし、誰もあそこに辿り着けないのじゃないかな…」


 確かにあの場所に気軽に行けるのなら、貴重な植物が取り放題なので、行かない理由がない。


「はーい、みなさん、お茶とお菓子ですよっ」


 そこへエマとシャンティーがお茶とお菓子を乗せたティーワゴンを押しながらやってきて、お茶とお菓子を給仕していく。


「はいっ、マルティナ様っ」


「ありがとう、エマちゃん」


 エマはマルティナにお茶とお菓子を給仕するが、上渡しても、その場を離れず、クリクリの瞳をキラキラと輝かせてマルティナを眺めている。


「ど、どうしたの? エマちゃん?」


 マルティナがエマの視線に気が付きエマに声を掛ける。


「いや、マルティナ様が本当の魔法少女の様な姿になられているので、感動しているんですっ! 髪の毛だって、クリクリで可愛らしいパステルピンクの髪色になって、可愛らしいですっ!」


 今、マルティナの髪はパステルピンク色のツインテールの髪型になっている。よくこんなウィッグを見つけてきたものだ。


「あっ、これ、戻すの忘れていたわ」


 マルティナがそう言うと、マルティナの髪がすっと、いつもの明るいオレンジがかった外向きのミディアムヘアに戻る。


「えっ? それ、ウィッグじゃなかったの?」


「えっ? いや、その魔法でちょっと変えていただけだから」


 マルティナはえへへと笑いながら答える。


「じゃあ、本当に魔法少女みたいですねっ! 凄いですよマルティナ様っ!」


 エマはもっと瞳をキラキラとさせてマルティナを見つめている。そういえば、エマはカードシーフ・チェリーのような魔法少女ものが好きだった。だから、リアル魔法少女のようになったマルティナが眩しく見えるのであろう。


「じゃあ、エマちゃん、お茶の後の練習も見ていく?」


 マルティナがエマに声を掛ける。


「よろしいのですか!? 是非とも見てみたいです!!」


 その後、演劇の練習が続けられたが、見学をしていたエマは喜んで大興奮の状態であった。


 エマがこの様子なら、演劇も帝都の子供たちに受けそうである。


 私たちはそのエマの姿に確かな手応えを感じていた。


 しかし、マルティナはいつから髪の毛を変える魔法なんて覚えたのであろう?






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