第151話 レイチェルの見ていた未来

「なっ!?」


 私は二人の言葉に衝撃を受け、困惑して言葉が出ない。


 私の瞳を封印したのが私の母であり、それもこのレイチェルが首を吊る前にしたというのだ。何のために母は私…いや、レイチェルの瞳を封印して、なんの為にレイチェルは首を吊ったというのか…


 私が転生してからの二年間、この館で生活をしていたが、その事に関しては誰も話そうとはしなかったし、私が聞いても誰も答えてくれなかった。


 今から思うと、家の使用人たちはレイチェルが首吊りをしたという事実を知っているだけで全貌については何も知らなかったのであろう。しかし、父と母だけは全貌を知っていたと思われる。何故なら、私が家に帰って来た時に、私の瞳の色を見て驚いていたからだ。


 父もそして当然母も私の瞳の封印が解けたことに気が付いたのだ。


 でも、更なる疑問が浮かび上がる。何故、何のために、レイチェルの瞳を封じることによって何をしようとしていたのか、それが全く分からない。


 今、ここで私を見つめるロータルとロッテの二人はその事を知っているのであろうか…


「ねぇ、ロータル、ロッテ…」


 私は自分の声が震えていることに気が付く。


「お母さまは何故、私の瞳を封印したのか分かる?」


 私は声が震えていても、出来るだけ平静を装って、二人に問い質す。


「やっぱり、レイチェルお姉さま、覚えてないんだ…」


「でも、覚えてない方がいいかも」


 ロータルとロッテの二人が、互いに顔を見合わせながら話す。


「私、覚えていないみたいなの…だから、話してもらえる?」


 声を荒げて聞き出したい思いを、押さえて優しく話しかける。


「前のレイチェルお姉さまも好きだったけど、今の木にぶら下がらないお姉さまのままでもいいと思う…」


「…レイチェルお姉さま… 思い出しても、もう木にぶら下がったりしない?」


 ロータルとロッテの二人は、二人なりに私を気遣ってくれていたのか…


 二人は再び、私が自殺することを恐れている。私自身、自殺するつもりなど、毛頭ない事は確かだ。しかし、私の前のレイチェルがそうであったように、私では抱えきれない真実があった場合、私もレイチェルの後を追わないとは保証は出来ないのだ。


 レイチェルに何があって、彼女は自らの死を選んだのであろうか…私はその事実を知らない方が良いかも知れない。しかし、その事実を知らなければ、前に進めないと思えるのもレイチェルではなく私自身の事実だ。


 私はぎゅっと拳を握りしめ、心を決める。


「もうぶら下ったりしない…だから、話してもらえる?」


 私は極めて冷静さを保って、二人に話しかける。


 ロータルとロッテの二人は、互いに向き合い、目で話し合い、そして、決意したように小さく頷き、私に向き直る。


「レイチェルお姉さまは、未来が見えていたの」


「でも、それはとても悲しくて辛い未来…」


「未来ですって…?」


 一体、どんな未来が見えていたというのか…悲しくて辛い未来とは…自らの死を選ぶほどの未来とは…


「レイチェルお姉さまが関わった人々が不幸になる未来…」


「でも、レイチェルお姉さまは、その人々に関わらずにはいられない未来…」


「だから、レイチェルお姉さまは不幸な未来を回避する道を捜したの」


「でも、見つける事は出来なかった…」


 ロータルとロッテはお互い交互にまるで輪唱の様に言葉を続けていく。


「帝都の学園で、恋に落ちる未来」


「でも、その恋が別の人を不幸にする未来」


「学園に関わる事をやめようとした」


「でもやめられなかった」


「レイチェルお姉さまが関わらなくては」


「もっと、多くの不幸になる人が出るかもしれないから」


「レイチェルお姉さまは苦しみ続けた」


「だから、お母さまがもうそんな未来を見ないように瞳を封印したの」


 私は二人の言葉を聞いて、驚きながらマルティナを見る。すると、彼女も目を見開きながら私を見ていた。


 私ではないレイチェルが見ていた未来…それは紛れもないゲームの中の物語だ。


 彼女も転生者だったのか?いや、コロン様も転生者ではないが、ゲームの物語の夢を見たことがあると言っていた。だから、彼女はコロン様の夢のようなボンヤリとしたものでなく、はっきりとしたゲームの中の物語を予知していたと言うのであろうか…


 もし仮に彼女がゲームの物語をしっていたのなら、不幸になる人々というのは『悪役令嬢』達のことであろう。でも、そうであれば、学園に行かないと選択肢もとる事ができるはず。


 でも、ロータルとロッテの二人は言っていた。レイチェルが関わらなければ、もっと多くの不幸になる人が出ると…


 ゲームのシナリオで、多くの人が不幸になるイベントはあっただろうか…それぞれの最終イベントで取り巻きの令嬢まで処分を受けるものがあるのは確かだが、それはレイチェル自身が関わった場合の話だ。


 レイチェルが関わらなくては、多くの人が不幸になるようなイベントは…確か…『攻略対象』のルートが決定してからの最終イベントであったような気がするが、記憶に靄が掛かって思い出せない… 


 あれほど、親友のあーちゃんに見せつけられていたと言うのに何故だろう…


「マルティナ! 貴方、ルート決定後の最終イベントを覚えている!?」


「えっ!? 最終イベント? 攻略対象と一緒に…あれ? どこに何しに行くんだっけ?」


 不思議な事にマルティナも最終イベントの事を覚えていない。


「私…いや以前のレイチェルが見ていた未来は、間違いなくゲームの中の物語だわ…」


「そうね…それは間違いないかも…」


 マルティナは私に合わせて答える。


「彼女はヒロインとして他の悪役令嬢たちを不幸にすることに気を病んでいた…でも、学園には行かずにはいられなかった…彼女があの場所に行かなければもっと不幸な人が出るから…」


「話を聞いていた限り、そうみたいね…」


「恐らく、それは最終イベントの事を言っていると思うのだけれど、どうして私もマルティナも思い出せないの…なんだか、おかしいわ…」


「最初は、ただの偶然だと思っていたけど、まるで、誰かの思惑に載せられている様だわ…」


 私とマルティナは、誰かにこの世界ごと仕組まれている様な得体の知れない不気味さを感じ、また、その意図の見えない状態に歯がゆさを感じていた。


「あっ、今のレイチェルお姉さまも、マルティナおねえちゃんも、未来のことを知っているんだ」


「ちゃんと覚えていたのね」


 ロータルとロッテの二人が私たちの会話を聞いて、そう述べる。


「ねぇ、二人とも、以前の私はどんな結末を言っていたの?どんな未来の目指していたの? 覚えている事があったら話して!」


 私は二人に尋ねる。


「そこは覚えていないんだね、レイチェルお姉さま」


「でも、私たちにもどんな結末があるのかを話してくれなかったの、レイチェルお姉さま」


 二人も知らない事に、私は落胆して項垂れる。


「なんだか、答えは自分で解けって言われている見たいね…」


「確かにそんな感じだわ…」


 以前のレイチェルが見出せなかった解答への道を、私たちが自分の力で見出さないといけない様であった。


「でもさ…」


 マルティナがぽつりと言う。


「以前のレイチェルはその未来が見えたことで悩んでいたから、母親がレイチェルの瞳を封印して、未来を見えなくしたんでしょ? だったらなんで首を吊る必要があったのかしら?」


「マルティナお姉ちゃん、それは簡単な事だよ」


 ロータルがマルティナの言葉に反応する。


「それ以上未来を見る事が出来ないといっても、今まで見てきたことを消すことが出来ないからよ」


 ロッテがそう答えた。


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