第148話 リーフの復活

「どうして…」


 私の口から言葉が漏れる。


「どうして、リーフが目覚めないのですか!! リーフは力を取り戻して目覚めるのではなかったのですか!!」


 私はディーバ先生の腕にしがみ付き、大きく揺らす。


「済まない…レイチェル君、私に何がどうなっているのか分からない状況なのだ… 学園で魔法陣のテスト行った時にはこの様な問題は起きなかった…ちゃんと成功していたんだよ…なのに何故…」


 私も辛いが先生も辛いのだ。これと似た状況は帝都の診療所の手伝いで何度も見た。手遅れや、診療所程度では手に負えない患者が運び込まれ、担当の治療術師が手を尽くしても患者の命は失われ、それを攻める遺族の様に、私は先生を責め立ててしまった。


 私は、先生の服を握りしめる手を離して身体の横にやり、一人で拳を握りしめ、唇を噛み締めながらただリーフを見つめる。


 ベッドの上で眠るリーフは緑の粒子が舞い上り、本当に美しく神々しい姿をしている。これがリーフの崩壊する有様であるとは思えないほど、本当に綺麗だった。


 ディーバ先生がよくやってくれたことは分かっている。ちゃんと事前にテストも行ってくれていたようであるし、最終確認も私に尋ねてくれた。では、リーフが治らず、今目の前で崩壊していく事に対する憤りはどうすればよいのであろう。


 そもそも、私が憤る事自体が間違いなのであろうか…最終的に決断を下したのは私だ…なのに、先生に憤りを感じるのはあまりにも筋違いではないか。


 そういえば、私がシス王女の邸宅で倒れた時も、皆はこの様に思いながら、私を見つめていたのであろうか… そう思うと、私は皆に死の恐怖と苦しみの別れを見せつけ、そして、次は私の判断において、リーフの存在すら消し去ろうとしているのか…私は何という罪深い人間なのか…


「ちょっと、いいかしら? 私にもその子の事を見せてもらって、状況を教えてもらえるかしら」


 セクレタさんも私たちのとてもリーフが回復したとは思えない姿を見て駆け寄ってきた。


「セクレタさん…リーフが…リーフが…」


 私は子供の様に半べそを掻きながら、セクレタさんに答える。


「魔法陣の起動も成功し、切り株の力の変換も成功して、リーフの注ぎ込めたはずだが、どういう訳が、彼女が粒子崩壊を始めたのだ…」


 リーフの姿を覗き見るセクレタさんに、ディーバ先生が状況を説明する。


「元々の自分の一部を力にして注ぎ込んだのに、粒子崩壊しているですって?」


「あぁ、彼女に注ぎ込んだはずの力が、粒子になって漏れだしているのだ…」


 ディーバ先生は眉間に深いしわを作って説明する。


「おかしいわ…それで失敗する事なんてありえない…でも…彼女自身に問題があるのなら…」


「彼女自身? リーフに何か問題があるというのですか? ノルン女史」


 セクレタさんはリーフをじっと見つめて考え込んだ後、私たちに振り返る。


「私の推察が正しければ… 彼女、タブーを犯したのだわ…」


「リーフがタブーを?」


 ディーバ先生はセクレタさんの言葉に、驚愕と共に何かに気が付いた顔をする。


「彼女はレイチェルちゃんと共生状態だったから、症状があまり表に出てこなかったけど、生粋の元の精霊の力を注ぎ込んだから、その症状が顕著に出始めたのね… 間違いなくタブーを犯したのだわ…」


「リーフがタブーって…リーフは何をしたというのですか?」


 私はセクレタさんに喰いかかる様に尋ねる。


「リーフは悪いことをするような子ではありません! 純真で、無邪気で無垢で、そして、一途に私の事を思って…」


 私はそこで、リーフがなんのタブーを犯したのは分からないが、なんの為にタブーを犯したのか気付いてしまった。


「もしかして…もしかすると…私の為にリーフは何かのタブーを犯したのですか!?」


「レイチェルちゃん! 落ち着いて!」


 セクレタさんは私の肩を抱き、落ち着かせるために声を上げる。


「リーフを助ける方法はまだあるの!わかる!?」


「えっ!あるのですか!?」


 セクレタさんの瞳はその場しのぎのものではなく、確信を持った瞳であり、私はセクレタさんの言葉に目を見開く。


「レイチェルちゃん、彼女をリーフを助けたいのね?」


「助けたいです!」


「…分かったわ…」


 私の言葉にセクレタさんは目を伏せる。そして、私の両肩を解放して、私に背を向ける。


「でも…私を恨まないでね…」


 セクレタさんはぽつりと呟くと、壁の外で待機していたアープ家の転生者たちを呼び寄せる。


「ちょっと、貴方たち、全員こちらに来てもらえるかしら?」


「なんですか? セクレタさん」


「俺達に何の用ですか?」


 セクレタさんは駆け寄って来た男たちを引き連れて、そのままリーフの所へと向かう。


「みんな、この子を見てもらえるかしら?」


 男たちはみんな揃ってリーフを覗き込む。


「えっ? 人形? それともマジの妖精?」


「かわええ~」


「聖戦士に出てきそうな子だな」


「俺は重戦機派」


「はいはい、みんな、話を聞いて」


 セクレタさんは翼を打ち合わせて、男たちを注目させる。


「この子は今、存在の消滅の危機に瀕しているの、可哀そうでしょ?」


 男たちはうんうんと頷く。


「では、この子を助ける事に、自分の力を使う事に躊躇う者はいないわよね」


 男たちは力強く頷く。


「ディーバ様、この魔法陣をお借りする事に問題はないわよね?」


 セクレタさんはディーバ先生に魔法陣の使用許可を求める。


「私の魔法陣を使ってリーフが助かるのなら、なんの問題もない」


「では、決まりね。貴方たち! この子が元気になった時の姿を想像して、ありったけの力を注ぎ込んで頂戴!」


 セクレタさんが声を上げると、男たちはリーフを取り囲む様に円陣を組み、両手をリーフに伸ばし始める。


「ノルン女史、私が言うのも何だが、今さら力を注ぎ込んだ所で、どうこうできるものではないのだが…」


「大丈夫、私に考えがあるのよ…」


 セクレタさんはディーバ先生の話をリーフと男たちの様子を眺めながら答える。


「セクレタさん! 行きますよ!」


「始めて頂戴!」


 セクレタさんが掛け声を掛けると、男たちは膨大な魔力をリーフに、魔法陣に注ぎ込み始める。


「なんという、凄まじい魔力…!! これがアープ家の転生者の力なのか…!」


 男たちの姿を見ているディーバ先生が驚愕の表情を浮かべる。私も瞳が解放されたことで、魔力を見る事が出来る様になっていて始めてみる膨大な魔力量であったが、ディーバ先生が驚くぐらいなのだから、やはりかなりの魔力量なのであろう。


「セ、セクレタさん! どれだけ注ぎ込めばいいんですか!!」


 魔力を注ぎ込んでいた男の一人が声を上げる。


「目覚めるまでに決まっているじゃないの」


「で、でも…」


「貴方、男でしょ? 可愛い女の子の為に、何を弱音を吐いているのよ、目覚めた後の笑顔を見たくないの?」


「うぉぉぉぉ!! 頑張ります!!!」


 男は気を取り直し、再び全力で魔力を注ぎ込み始める。


「男って、ホント馬鹿で単純よね…」


 セクレタさんはポツリと呟く。


「セクレタさん!! この子の瞼が動き始めました!!!」


 別の男が声を上げる。


「なん…だと!? 同じように力を注ぎ込んでいるだけなのに何故!?」


 ディーバ先生が困惑と驚愕の表情をする。


「後、もう一息よ! みんな、頑張って!!」


「うぉぉぉぉ!!! 待ってろ!俺の妖精たん!!!」


「ご褒美のキスはもうすぐだぁぁぁ!!!」


 セクレタさんのもう一息の掛け声に、男たちは不穏な叫びを上げ始める。


「うぉぉぉ!!! 目を開けました!! 目を開けましたよ!!!」


 男の一人が声を上げると、男たちは力を出しつくしたようで、次々と尻もちをつくように腰を落とし始めた。


 その為、男たちで遮られていたリーフのいた中央が見える様になり、そこにベッドから上体を起こし始めたリーフの姿が見えた。


「本当に目覚めただと!? 信じられん!!」


「リーフ!!!」


 私はその姿にたまらずリーフのもとへ駆け出した。


「リーフ! よかったわ! リーフ!!」


 私は周りの状況を呑み込めなく、キョロキョロとあたりを見回すリーフを抱きかかえて叫ぶ。


「レ、レイチェル!? 一体どうしたの? ちょっと、苦しいよ、少し力をゆるめて」


 私は思わず力一杯にリーフを抱きしめていたので、リーフが苦しがる声を上げる。でも、リーフのその苦情の声ですら私には懐かしく、そして愛しく感じられた。


 私は一頻り、リーフを抱きしめ、リーフの感触と喜びを満喫した後、ようやく、力を緩めて、リーフを圧迫から解放してその姿を確認する。


「レイチェル、なんだか久しぶりだよねっ」


「リーフ…心配したのだから… えっ!?」


 リーフの姿を確認した私は、その姿に息が止まる。


「どうしたの? レイチェル?」


「リーフ…その姿は…」


 緑色の髪と瞳をしていたはずのリーフは、髪はピンクと緑のグラデーションに、瞳はピンク色になっていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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※はらついの次回は現在プロット作成中です。

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