第147話 回復の儀式

「これなら、リーフに力を送り込めそうだ。ただし、元の切り株は消えてしまうがな…良いかレイチェル君」


 先生は立ち上がり、私に真剣な目で尋ねてくる。


「その…一応、聞いておいても良いですか?」


「何かね?」


「切り株の方に新しい精霊というか、リーフと別れた新しい存在なんてありませんよね?」


 私はなんとなく、プラナリアの話を思い出していた。プラナリアは生き物なのに、半分に切り分けると、切り分けた同士に新しい部位が生えて来て、二匹の別の生命体になるのだ。もし仮に、この切り株にもリーフの姉か妹かは分からないが、新たな精霊の存在があるのなら、別の方法を考えなくてはならない。


「ふむ、新たな生命という事なら有る。しかし、人格や知性を持つ生命体という事であれば無い。元々、この樹に芽生えた精霊としての人格や知性は、リーフの形で現れていたので言わば、リーフが頭で、この切り株は身体という事になる」


「でも、身体の方も生きているのですよね…」


「その辺りは気に病んではいけない。そもそも、我々は他の命を奪って生きているのだ、それにリーフの場合は、物理的に切断されたものを魔術的に結合して一つにするだけの話だ」


「それでしたら納得できます。すみません…事態の直前にこんな事を言ってしまって…」


 私はディーバ先生に素直に頭を下げる。


「いや、そんな君の中の、疑問点や心残り、もやもやなどを払拭するために、わざわざ儀式を始める前に確認を取ったのだよ…」


 私は頭を上げ、儀式前に、私に最終確認をしてくれた先生の顔を見る。


「私もこれでも成長しているのだよ。同じ過ちは繰り返さないさ」


 そう言って、先生は小さく微笑む。


 先生は、私に埋め込んだ魔法陣の時のことを反省して、私を気遣ってくれたのだ。


「ディーバ先生…ありがとうございます…では、リーフの事をお願いします…」


 私は再び先生に頭を下げる。


「これも私の罪滅ぼしだ。改めて礼を言われる事ではない。それより、儀式を始めようか」


 先生はそういうと、ミニチュアハウスに被せていた布を裏返し、切り株の上に掛ける。


「あっ、魔法陣…」


 あの布は単なる埃避けや、遮光のいみだけではなく、裏面にすでに魔法陣が描かれていた。


「レイチェル君、ちょっと手伝ってもらえるか?」


「なんでしょう?」


「この布の四辺の角を紐で結んで、離れた所に杭で留めておいて欲しいのだ」


 そう言って、先生は布の中央にある魔法陣の上に、リーフをベッドごと載せて、私に紐と杭を渡す。


「魔法陣が完成し、リーフが切り株の力を吸収した時に、切り株が消失するやもしれん。その時にただ布の上に載せていただけでは、一緒にリーフが地面の底に落ちてしまう。なので、紐は張り気味で頼むぞ」


「わ、分かりました!」


 先生の説明を受けなければ、ゆるゆるで結んでいて、リーフが落ちていたかも知れない。私は気合と神経を使いながら、紐を結び、杭を打ち込んでいく。


「よし、紐を張って布を浮かせようか、そこのお二人も手を貸してもらえるか」


 ディーバ先生は、父とセクレタさんに声を掛ける。


「この紐を引っ張って杭に留めればいいのね?」


「調整のお声がけをお願いします」


 セクレタさんと父が先生の言葉に応えて、四方の杭の場所に立ち、紐の張りを調整していく。


「レイチェル君は引っ張り過ぎだ。ステーブ卿はもっと引いて!」


 先生の指示が響く。


「ステーブ卿、もうっちょっと! よし! そこでいいです」


 先生が紐の張りの調整の終わりを告げる。私はこの調整を行っている最中、中央の布の上にいるリーフがベッドの上から落ちないかとハラハラしながら作業を続けていた。


「…先生…リーフは後から魔法陣の上に載せれば良かったのではないですか?」


 私はディーバ先生の所へ行って、胸を撫でおろしながら、恨み事のようにいう。


「いや、私も最初はそう考えたのだが、魔法陣が大きくなりすぎて、後からでは手が届かない」


 そう言って、ディーバ先生は視線を魔法陣へと促す。


「あぁ、確かに大きいですね、あれでは確かに後から載せるのは難しそうです…」


「私も若い時に、似たような失敗をしていてな…その時は魔法で運んだのだが、その魔法が魔法陣に作用して、失敗したことがあるのだよ」


 先生は手についた杭の汚れを払いながら答える。先生の若い時って、確かに見た目は30代に見えるけど、まだ24歳だったはず…その先生の若い時って何時だろう…


「この魔法陣はディーバ様が掛かれたものなのですね…あとでじっくりと見せてもらえるかしら? 転移魔法陣と引き換えという事で」


 セクレタさんも布の上の魔法陣を見ながら近づいてくる。


「転移魔法陣に比べたら、この様な魔法陣、いくらでも良いですよ、ノルン女史」


 ディーバ先生はセクレタさんにそう答えると、皆に向き直る。


「それではこれより、魔法陣を起動させます! 切り株や根の喪失により、地面が陥没するかもしれません。皆さん、少し離れてください!」


 先生が声を上げると、皆、後ずさって魔法陣から距離を取る。


 皆が安全と思われると距離を取ると、先生は魔法陣に向き直り、両手を広げる。


「Reagiere auf meine Stimme, die in der Welt der Weisheit existiert!」


 私はゴクリと息を飲む。


「Aktiviere den magischen Schaltkreis.」


 先生の言葉に合わせて、魔法陣が輝きだす。


「Die Person über diesem magischen Kreis wird physisch aus dem Körper gerissen.Verwandeln Sie dieses amputierte Körperteil in Kraft und führen Sie es ihr wieder ein.」


 先生は呪文だけではなく、手を使って様々な印を結び始める。


「Ich bete, dass sie aufwacht und wieder lächelt.」


 そして、最後には、片膝を付き祈るようなポーズで最後の呪文を終える。


 そして、暫く息を整えた後、先生はすっと立ち上がり、私たちに振り返る。


「儀式はこれで終了だ…」


 私はその言葉を聞いて、先生とリーフのもとへ駆け出していく。


「先生! これでリーフが目覚めるのですね!」


「あぁ、私の魔法陣がうまく作動していれば、十分な程の力が注ぎ込まれて、再び意識を取り戻すはずだ」


 先生は駆け寄ってきた私に答えると、魔法陣の上にリーフに向き直る。


「……!!」


 しかし、魔法陣に向き直った先生は身体を強張らせて立ち止まる。


「何故だ!!」


「どうしたんですか!?先生!!」


 私は先生の横から顔を出してリーフを覗き込む。そこには緑の色の光の粒子を纏いながら静かに眠るリーフの姿があった。その様子はなんだか神秘的で、神々しくも思えた。


「リーフがなんだか、神々しくなっている… リーフが神様とかになっちゃった訳ではないですよね?」


「いや…そうじゃない…そうじゃないんだ…」


 私は先生のその言葉が不思議になって、先生の顔を見上げると、先生は驚愕の表情を浮かべている。


「君の眼には、光の粒子が舞って、神々しく見えるのかも知れないが…これはそうではない… 粒子崩壊を起こしているのだよ…」


 私はその言葉に息が詰まったように立ち竦んだ。

 


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※はらついの次回は現在プロット作成中です。

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