第145話 真実を知る父

 私がセクレタさんの後に続き、リーフの本体があった庭園へと進んでいくと、庭園のあった場所に突然大きな壁が現れて、その前に、私の父やディーバ先生の姿があった。


 私も学園に入学する前には存在しなかった壁の存在に驚いたが、父も驚いた表情をしている。恐らく、私がこの場に同席するとは思わなかったのだろう。


「レイチェル、お前、どうしてここに?お前はいいから、部屋に戻ってなさい」


 父は私を気遣って言葉を掛けてくれる。


「いえ、レイチェル君は私が呼び出しました、ステーブ卿」


 ディーバ先生はそう言って、父に向き直る。先生の側には、布が掛けられたリーフの眠るミニチュアハウスがある。


「そして、今日の目的はアープ家の転移魔法陣設置工事の視察もありますが、もう一つ目的があります」


「なんでしょうか? ディーバ様」


「それはこの場所とレイチェル君に関わる事です」


 ディーバ先生の言葉に父が動揺を示す。


「大丈夫です、ステーブ卿、その自殺の事については、レイチェル君本人から伺っております」


「レイチェル…お前…」


 父は動揺を浮かべた表情のまま、視線を私に移す。


「彼女が今、こうして過去の問題の場所と決意を持って向き合っているのは、ご家族の皆様方の献身的な努力もございますが、もう一人、陰で彼女を支えた小さな功労者の存在もあります」


「小さな功労者…ですか?」


 父は自分だけ事の全貌を分かっておらず、戸惑いながら、再び先生に視線を戻す。


「はい、それがこの彼女です」


 そういって、先生はミニチュアハウスの布を取り払う。そこにはベッドで眠る小さなリーフの姿があった。


「こ、これは…!?」


「彼女は、ここにあった樹木に宿る精霊です。今は眠り続けています」


「あの樹の精霊!?」


 父はディーバ先生の言葉に目を見開く。


「彼女の名はリーフと言い、レイチェル君が首を吊ろうとした時に、必死に彼女の命を救おうとして、その時にレイチェル君の魂と彼女が癒着してしまったそうです。そして、その後もずっとレイチェル君の側に付き添い彼女のよき理解者として励ましてきたそうです」


「では、部屋でずっと独り言のように話していたのは、精神を患っていたのではなく、その彼女と話していたのですか… 私はなんて事を…」


 私は父の言葉に目を伏せる。父に気苦労を掛けていた事に申し訳ない気持ちもあるが、リーフと話す所を見られていて、一人でぶつぶつと喋る危ない女の子と思われていた事もある。


「気に病まないでください、ステーブ卿。精霊の存在を知らなかったのであれば、仕方がありません。私も同じ立場であれば、同様の事を行ったでしょう… なので、ここにあった樹が精霊の樹であった事はこの場にいる人物しか知りません」


 精霊の樹を切り倒すという事は、例え娘の為であっても、道義的にも社会通念的にもタブーな行為である。更にその精霊が娘の恩人ともなれば、良心の呵責に苛まれるのは想像に容易い。


「では、私が樹を切り倒してしまった為、この場所を塀で覆ってしまった為に、その精霊は

眠り続けているのでしょうか…私はなんという罪深い事を…」


 父は苦悩と後悔の表情を浮かべる。


「お父様、それは違います! リーフは樹を切り倒された後も、学園に行っている間も元気にしておりました。リーフがこの様に突然に眠り始めたのは10日程前の事です!」


 私の為に頭を抱えて苦悩する父の姿を放っておけず、思わず声を掛ける。


「そうです、ステーブ卿。リーフは私の前でも元気にしておりましたが、突然、昏睡しはじめました。ステーブ卿が行った事と因果関係はございません」


「では、何故、レイチェルの恩人である精霊が…」


 父は頭を上げて、ディーバ先生の見る。


「私も詳しい事は申せませんが、精霊のリーフは、レイチェルから生命力を供与してもらう形で生存していましたが、突然、その供与をしなくなってしまったのです」


 ディーバ先生は眉を顰めながら父に事情を説明する。


「では、ディーバ様、その精霊はこれからどうなってしまうのでしょうか… 娘の恩人を、私は放っておけません」


 父は縋る様にディーバ先生に訴えかける。


「それは私も同じ思いです、ステーブ卿。だから、今日、ここに来たのですよ」


 ディーバ先生は表情を緩める。


「本体を切り倒されたといっても、樹木とはその根に膨大な力を貯えております。その力を吸収してリーフに注ぎ込むつもりでここに来たのです」


「では、その精霊は助かるのですね!?」


「はい、恐らくは…しかし…」


 ディーバ先生はそう言って、リーフの本体があった場所を取り囲む壁に顔を向ける。


「庭園があった場所を取り囲むこの壁はどこに出入口があるのでしょうか? 中を確認しない事には、手の施しようがありません」


「申し訳ございません…レイチェルが元気になった後でも、家族や、家の者にとってこの場所は見るに堪えない場所でございました… なので、レイチェルが学園に旅立った後に、誰も見る事が出来ないように壁で覆ったのです。なので、出入口はございません…」


 あの日からもう二年以上も経つが、関わった人々の心にそんなに深い傷を残していたのか…皆、顔には出さなかったが、ずっと私を気遣ってくれていたのだ。


「あの…ステーブ卿」


 様子を見守っていたセクレタさんが父に話しかける。


「なんですかな? ノルン女史」


「この壁がもう不要で、建材もいらないのでしたら、私がなんとか致しましょうか?」


「ノルン女史がですか? 別に構いませんが… 元々、この場所の一部をお貸しするつもりでしたので…」


 父は怪訝な顔で答える。


「分かりました。今から作業に当たる者をつれて参りますので、暫くお待ちください」


 セクレタさんはそう言うと、屋敷の表の方へと飛んで行った。そして、三分も経たないうちにゆっくりと大きく飛びながら戻ってくる。その下を、私たちが館に入る前に出会った同じ姿の集団がついてくる。


「お待たせいたしました。あの者たちが、工事にあたる当家の技術者たちです」


 セクレタさんがあの同じ顔、同じ姿をした集団を指して告げる。


 あの人たちが、アープ家の転生者達だったのか…



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同一世界観の作品

異世界転生100(セクレタさんが出てくる話)

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はらつい・孕ませましたがなにか?(上泉信綱が出てくる話)

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※はらついの次回は現在プロット作成中です。



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