第131話 事態の収束

 憲兵隊が到着した後、私たちはとりあえず先生の事情聴取を受ける為、場所を移動することになる。


「いいか、とりあえずは関係者が他者に見られないように、人で壁を作って移動するように」


 先生は私を抱えながら憲兵たちに指示を飛ばす。


「あの…先生、私は大丈夫ですので、降ろしてもらっても結構です」


「いや、君はもっと自分の事を大切にしなさい。自身がどうなっていたのか知っているのだろ?」


 降りたいと提案しても、先生は眉を顰めて𠮟りつけてくる。確かに私の身体を心配してくれるのはありがたいが、人目や私の羞恥心についても配慮して頂きたい。


「分かりました…それよりもこれから私たちはどちらへ向かうのですか? 礼拝堂とは違う方角ですが…」


「あぁ、以前、マルティナ君が目覚めた時に使った研究棟だ」


 私とマルティナが数日の間、一緒に過ごした場所だ。あの場所には幾つも宿泊できる部屋がある。となると、私たちは数日は軟禁されて事情聴取を受ける事になるのだろう。


「詳しい話は向こうに着いてから聞くのだが、簡単にどの様な事が起きたのか説明してもらえるか?」


 先生は私を抱えながら歩いて尋ねてくる。


「そうですね…話せば長くなりますが、事の発端からいいますと、システィーナ王女がアレン皇子の子を身籠った事から始まりますね」


 私がそこまで話すと、先生の足が立ち止まる。


「何だと…!?あの馬鹿が!!そんな事をしでかしたのか!!」


 ディーバ先生は私が見たこともない、鬼の様な形相をして怒りを露わにしている。


「えっ!?あっ、はい!」


「で、奴は今どこにいる?」


 親の仇でも捜すような目で私に問いかける。


「私には…」


 私がそう返すと、先生は三人の方へ向き直る。


「誰か、アレン皇子の居場所を知っているか?」


 突然、先生から鬼の形相で問いかけられて、三人は肩をビクつかせて驚いていたが、三人の中の一人がゆっくりと手をあげて答える。


「ア、アレン皇子でしたら、今、私の自宅にいます…」


 そう答えたのはシス王女であったが、今度は私たちはシス王女の言葉に驚かされる。あの騒ぎがあったのに、アレン皇子が屋敷の中にいたとは…


「レイチェル君、少し済まない」


 先生はそう言うと、私の肩を抱きかかえていた手を自分の顔に引き寄せるので、私の顔も先生の顔の息のかかりそうなぐらいに直ぐ近くになる。


「イニミーク、聞こえているか! 非常事態だ、すぐに来い! あの馬鹿がしでかした!」


 まるで、無線や携帯電話でも使うように話しかけている。しかし、先生のお怒りは相当なのか、アレン皇子の事に一切敬意を払わず、馬鹿扱いしている。


 先生が顔に引き寄せていた手を降ろしたと思うと、すぐ目の前に、イニミークさんが現れる。


「イニミーク、早かったな、ご苦労」


「帝都にいたからな、それよりも非常事態とは?」


 イニミークさんは淡々と言葉を返すが、事案の心構えをしているのか少し顎を引く。


「詳しくは後で話すが、あの馬鹿の廃嫡案件だ。そこの邸宅に潜んでいるらしい、憲兵を何人か引き連れて捕まえてくれ、遠慮はいらん」


「分かった…」


 イニミークさんは、踵を返すと、何人かの憲兵を引き連れてシス王女の邸宅へと向かう。


 ディーバ先生はこれで馬鹿者に制裁できるというような顔をしているが、私や、マルティナ、そしてコロン様は目を伏せて表情を陰らせる。


 先程、先生は『廃嫡案件』だと言った.その対象となる人物は言わずもがな、アレン皇子の事で間違いないだろう。


 廃嫡になるという事は、もう次期皇帝にはなれないということである。この事は様々な意味を含んでいる。


 一つは、次期皇帝にはなれないという事は、プラム聖王国に婿入りすることに、帝国側としてなんら問題がないという事。


 もう一つは、コロン様が皇后になる道が閉ざされたという事と、プラム聖王国に婿入りする場合には、アレン皇子との婚約解消になるという事だ。


 コロン様はなにも私利私欲で皇后を目指していた訳でも、アレン皇子の婚約者でいたわけでもない。心から帝国の事を思い、帝国臣民の事を考え、アレン皇子を真人間にする為に心を砕いてきた。その全ての努力が無駄になったのだ…


 それではコロン様は今までなんの為に努力をして来たのだろう…コロン様の気持ちを推し測ると、悲しさと空しさで胸が張り裂けそうになる。


「レイチェル君…」


 コロン様の気持ちを考えていた私に、ふいにディーバ先生が顔を覗き込んで声を掛けてくる。


「君があの馬鹿の事を気に病む必要はない。あの馬鹿が自分自身でしでかした事だ、自業自得と言えよう」


 ディーバ先生はアレン皇子の事となると鬼の様な形相になる。先生に疎まれるとこんな顔をされるのか、私も気を付けないと…


「いえ、私はアレン皇子の事で気を病んでいるのではありません、私は…」


 そう言って、私はコロン様に視線を動かし、ディーバ先生もそれを追う。


「あぁ、あのバ…いや、アレン皇子の婚約者のコロン嬢か…」


 先生はコロン様に気を使って、馬鹿ではなくアレン皇子と言い直す。


「私が彼女の立場であれば、アレン皇子との婚約が解消されることを諸手を挙げて喜ぶところであるが…」


 ディーバ先生はそこまで言うと、私に向き直る。


「私の考えではなく、彼女の気持ちが重要だな」


 そう言って、私に優しく微笑む。


「先生…」


「私は自分の考えばかりで、君の気持など考えずにあのような事をしてしまった…私も教師の端くれ、同じ過ちを繰り返す事は出来ない…そうだろ?レイチェル君」


 ディーバ先生は立場的にも身分的にも、私の事など一切無視してもいいはずだ。でも、私を気遣って、ちゃんと直してくれた。その事を私は嬉しく思い、少し照れながら、ディーバ先生の言葉に小さく頷いて答えた。


「とはいえ、私は仕事一筋、研究一筋に生きてきた男だ、女心など微塵も分からない」


 折角、私の中の株が上がったのに台無しな言葉である。


「だから、君が私や、彼女に助言や相談を聞いてもらえるとありがたい」


 あぁ、先生はこういう人なのだ。私から見て先生はとても大人で頼りがいのある人物であるが、確かまだ20代で、帝国の為に仕事や研究一筋に生きて来て、私が思った以上に人間関係の機微を分からないのかも知れない。そういった欠点のあるところが今まで以上に人間らしく思えた。


「分かりました…」


 私は先生に答える。


「では、女心について色々と教えて差し上げますね」


「いや、そうではなくて、傷心した彼女の心のケアをだな…」


「それでしたら、益々、女心について勉強しないといけませんね」


 私は微笑で言い返した。


「…参ったな…善処しよう…」


 先生は困り顔をしながら答える。私はその表情にくすっと小さく笑う。


「放せ!! 放せよ!!! 僕にこんな事をして許されると思っているのか!!!」


 突然、後ろから大声が響く。


 先生と共に振り返って見てみると、下着姿でほとんど半裸状態のアレン皇子が後手で縛られて、イニミークさんに引っ立てられていた。


「僕を誰だと思っているんだ!! 僕はこの帝国の皇子のアレンだぞ!!!」


 アレン皇子は髪を振り乱して、口角泡を飛ばしながらがなりたてる。


「あっ!! 貴様! 貴様かぁ!!!」


 アレン皇子がディーバ先生の姿を見つけて睨みつけてくる。後ろにいたイニミークさんとディーバ先生と目が合う。


「遠慮するなと言われたからな…」


 イニミークさんはぽつりと述べる。確かに先生は遠慮するなとは言っていたが、捕縛をしてからは少しは配慮した方が良いのではないだろうか… 仮にも帝国の皇子が下着姿の半裸とは酷すぎる。


 イニミークさんの言葉か、それともアレン皇子の姿か、どちらかは分からないが、先生は眉間を押さえる。


「ディーバ!! この僕にこんな事をしでかして、分かっているのか!! タダで済むとは思うなよ!!!」


 アレン皇子は皇族とは思えない暴言を言い出す。


「分かっていないのはそちらだ! アレン皇子! お前こそ、こんな事をしでかして、タダで済むとは思っていまい…いや、馬鹿だから分からないのか?」


 アレン皇子は顔を真っ赤にして歯をむき出しにして先生を睨む。


「まぁ、よい。イニミーク、早々にこの者をひったてて地下牢にでも放り込め! アレン皇子、貴方は頭が悪いようだから、地下牢で教えてやろう…なに時間はたっぷりとある…」


 先生はラスボスの様な笑みを浮かべる。相当にアレン皇子に対しての鬱積が溜まっていたのだろう。


 アレン皇子は私たちの前で叫び声を上げながら引きずらてていった。


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