第130話 覚醒

「わ、私はなんて事をしてしまったの… 私の友人を…私の大切な人を…この手で…この自らの手で…殺めてしまった… なんて取り返しの付かない事を…」


 コロン様…コロン様の声だ…私の事で嘆いているの?


「私も…ちゃんとレイチェルさんの言葉を聞いて避ければ良かったのに… せっかく、この国で初めてできたお友達だったのに…こんなことになるなんて…」


 シス王女…シス王女の声も聞こえる… 私が初めてのお友達なんて光栄だわ…


「いや! いやよ!! レイチェル!! 私を…私を一人にしないで!!!」


 マルティナね…貴方は一人じゃないわ…もうシャンティーやみんなもいるでしょ?…



 でも、どうしてなんだろ…私はあの時に意識が途切れて死んだはずでは…


 そうか…私は死んで魂だけの存在になったのね…だから、みんなの声が聞こえるんだわ…


 あぁ、これから私のいなくなった時間が始まるのね…でも、寂しくはないわ…だって、こうして、みんなの声が聞こえるのだもの…


「レイチェル君…」


 あれ?これはディーバ先生の声? どうしてここに? 私の最後に駆けつけてくれたのかしら…


「君にはもっと生きる権利があった…もっと幸せになる未来があった… しかし、それらを削り小さくしていたのは、私だったかも知れない… 次こそは君が満たされた人生を送ることを祈る… それまでは、安らかに眠りなさい…」


 先生の声が優しく耳ともで囁かれ、先生の大きくて暖かい手が私の瞼に触れている。


 あぁ、私は目を見開いたまま事切れたのね、それを先生が安らかに眠れるように閉じさせようとしているのだわ…ディーバ先生って意外と感傷的だったのね…


「君たちには今回の一件の事情を全て包み隠さず話してもらう! 長時間の拘束になるがよいな!」


 先生がきつめの語気で皆に命令をしている。先生、お手柔らかにしてあげて…


「さぁ、レイチェル君、君も行こうか…冷たい石畳の上では寒かろうに…」


 私はディーバ先生に抱きかかえられて、浮遊感と先生の暖かさを感じる…



 感じる…?



 どうして、魂だけの存在になったはずの私が、身体を持ち上げられる浮遊感と先生の体温を感じる事ができるの?



 ドクンッ!



 次の瞬間、私は胸に鼓動を感じる。そして、それに伴い、胸に激しい激痛が走る。


 ドクンッドクンッドクンッ!


『痛い! 苦しい!!』


 私は頭の中で痛みに悲鳴を上げるが、胸の鼓動が脈打つ度に胸の痛みが走る。そして、鼓動が起きる度に、身体の中心から手足の末端に向けて、今まで停滞していた血流が流れるような感覚と、それの血流に伴い身体の体温が戻っていくのを感じる。


「かはっ!」


 私は痛みと息苦しさから、喘ぎ声を漏らす。


 空気だ、空気が身体に足りない。呼吸をしないと身体が酸素を求めている。


 私は痛みと息苦しさを癒す為、浅く激しく呼吸を繰り返す。


「えっ!?」


「なん…だと!?」


 先程まで、遠かった皆の声が聞こえる。


「うそ!! レイチェル!? レイチェルが息をしている!!」


 マルティナの声だ。


「本当なの!!! マルティナ!!」


 コロン様の声だ。


「レイチェルさんが息を吹き返したの!!!」


 シス王女の声も聞こえる。


「心臓まで、刃が刺さっていたというのに息を吹き返しただと!?」


 ディーバ先生の驚く声も聞こえる。


 それと同時に私の胸から何かが滑り落ち、石畳の上で、少し湿った金属音を響かせる。


「なん…だと!? 刺さっていたはずなのに…傷口が見当たらない!?」


「レイチェル!!」


「レイチェル様!!」


「レイチェルさん!!」


 皆の手が私の手や顔に触れ、体温を失っていた私に、彼女たちの暖かさが伝わってくる。


「み、みんな…」


 呼吸が落ち着いてきた私は、みんなの声に答えようと口を開く。


「うそ!! レイチェルが…レイチェルが喋ったわ!!!」


「本当に息を吹き返されたのですね…レイチェル様…」


「レイチェルさんがこうして再び生き返って下さるなんて!!」


 皆が私の言葉に反応してくれる。私は皆の姿を見ようとするが、今度も両目の眼球が激しく痛み、呻き声を漏らす。


「どうしたの!!レイチェル!!」


「レイチェル様!! 死なないでください!!」


「レイチェルさん! レイチェルさん!!!」


 三人がそれぞれに声を上げる。


「ディーバ先生!! レイチェルが苦しんでる!! 癒してあげて!!」


 マルティナがディーバ先生に声をあげる。


「あ、あぁ…少し待ちなさい…」


「…いえ…大丈夫です…ディーバ先生…もう痛みは引いてきました…」


 マルティナに怒鳴られて狼狽える先生に私は声を掛ける。私の言葉通り、先程の痛みは嘘のように引いている。これなら目を開けられそうだ。


 私は、ゆっくりと目を開けていく。そして少しぼやけてはいるが、ゆっくりとみんなの姿が見えてくる。


 先程よりも濃くなった紅色の空を背景に、先程の最後の光景の様に、マルティナ、コロン様、シス王女、そして、驚いたような嬉しいような複雑な顔をしたディーバ先生の顔もあった。


 皆の声が聞こえる聴覚がある。私の血の鉄の臭いがする嗅覚もある。皆が私の手や顔を触れる触覚もある。少し口の中に血の味がする味覚もある。そして、こうして皆の姿が見える視覚もある。


 ここは死後の世界でも、夢の世界でもなく、現実世界なのだ。しかも、新たに転生した異世界ではなく、マルティナも、コロン様も、シス王女も、ディーバ先生もいる元の世界なのだ。


 もしかして、私は気を失っただけで死んでいなかった? いや、そんなことは無い、わずかしか覚えていないが、私はこの世界に転生した時に訪れた死後の世界のような所へ

行っていた記憶がある。そこで誰かと話した記憶もあるのだが、一体、誰と何を話したのであろうか…


 でも、今はそんな事よりも、皆の言葉に答えたい。どう答えたらよい?


 生き返りました? いや違う。


 生きています? それも違う。


 大丈夫です? 私の事を言いたいのではない。


 そう、みんなに答える言葉だ。



「…ただいま…みんな…」


 私は笑顔で答える。


「レイチェル!!! もうどこにも行ったらだめだからねっ!!!」


 マルティナが私の顔に自分の顔を摺り寄せて叫ぶ。


「レイチェル様!! ありがとう…帰って来てくれて本当にありがとう!!!」


 コロン様が、私の胸に覆いかぶさって、泣き声を上げる。


「お帰りなさい…レイチェルさん…」


 シス王女が私の手を強く握りしめる。


 私はチラリと先生の顔を見る。


「ディーバ先生は、何も仰って下さらないのですか?…」


 私がそう言うと、先生は驚いていた顔から、目を細めて少し優し気な笑みを浮かべる。


「心配させないでくれ、レイチェル君、私の心臓の方が止まるところだったよ」


 先生は気取った言葉を口にするが、瞳は憂いと安堵に染まっていた。


「ところで、レイチェル!! その瞳はどうしちゃったのよ!」


 顔を摺り寄せていたマルティナが、私の瞳を覗き込んで声を上げる。


「えっ?」


「レイチェル様…その瞳は…」


 コロン様も私の瞳を見て、自身の目も見開いていた。


「もしかして…先程の影響で?」


 シス王女も驚いている。


「一体、私の瞳がどうなっているの?」


 唖然として、私を見つめる皆に尋ねる。


「レイチェル…貴方…瞳の色が、赤から黄金色になっているのよ…」


「えっ!? 私の瞳の色が!?」


 どうして、私の瞳が黄金色に? 一度血の気を失ったから赤い色が抜けたとか?


「レイチェル君…」


 ディーバ先生が静かに私の名を呼ぶ。


「君の瞳の封印が解除されている…」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei


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※はらついの次回は現在プロット作成中です。


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