第129話 声
意識がある。でも、ここは現実の世界ではない。
以前の時には、音もしない、匂いもしない、温度も感じない、手足の感覚もなく、上下の方向感覚もない、ただ真っ白で何もない所にいた記憶があった。
しかし、今回の死後の世界は、音もしない、匂いもしないのは同じであるが、なんだか暖かい水に身体を委ねているような感じを受ける。しかも上下の感覚もあり、深い深い、とても深い水底へゆっくりと沈んでいく様な感覚がある。
私はこの水底に辿り着いた時、一体どうなってしまうのであろうか…
やはり、新しい転生を行う事になるのだろうか…
そして、再び親しい人と二度と会えなくなるのであろうか…
しかし、前回の様に『生き返りたい』という強い渇望は湧いてこない。
前回は意識する間もない突然の死だったので、心の準備をすることも、最後に親しい人の姿も見る事もできなかったが、今回は心の準備をすることも、親しい人に見とってもらう事もできた。
あぁ、私は満足して死を受け入れる事が出来たのだ…
だから、無理に生き返る必要もない…
そう思うと背中に感触を感じる。水底に辿り着いたようだ。柔らかく暖かい感触だ。
その水底で私はゆっくりと穏やかに跳ね返る。
しかし、どうも変だ。
肉体だけが水底に沈み、跳ね返った勢いで、魂だけが浮き上がっていく。
これは古い自分を捨てて、新しい自分になってどこか別の場所に向かうのであろう。
また、『アイツ』がついてくるとは思うが、今度こそ、おばあちゃんになるまで生き続けたい…コロンやマルティナ達とは辿り着けなかったが、皆と共に歳を重ねる未来を見れるようになりたい…
私はそう思いながら、古い自分を置き去りにして水底から浮き上がろうとする。
『ダメ!』
ふいに私の頭の中に声が響く。
「えっ?」
『諦めてはだめ! 貴方にはまだやることがあるの!』
私は声の主を捜そうと振り返る。すると水底には静かに眠る私…いやレイチェルの姿があった。
「私に呼びかけているのはだれ?」
私は心の中で呼びかける。しかし、水底のレイチェルは静かに眠ったままでピクリとも動きもしない。
「ねぇ! 誰がよびかけているの!?」
私は再び、心の中で呼びかける。
すると、水底のレイチェルの胸から腕が私に伸びて来て私を抱きしめる。
「なに!何なの!?」
『ごめんなさい…貴方には私に出来なかったことをやってもらわなければならないの…』
レイチェルの胸から伸びてきた腕は私を抱きしめたまま、レイチェルの身体へと引きずり込んでいく。私にはそれに抗う事は出来なかった。
「なんのことなの!?」
『だから、力を解放するわ…』
その言葉の途端、私の中に光が溢れ始める。それと同時に私の存在は水底のレイチェルの身体と完全に同化して、光が身体に満ちていく感覚を覚えて、それと同時に先程までなかった手足の感覚を覚え始める。
『貴方に全てを託すわね…私の全てを…』
私の頭の中に響く声が遠のいていく。ダメだ、このままでは訳の分からないまま、声の主が私の側から消えてしまう。
「私は何をすべきなの!? 私は何を託されたの!?」
『それは貴方自身が知っているはず… 力もすぐに慣れるわ…でも使い過ぎてはダメよ… 全てのものには代償が必要なのですから…』
私自身が知っている? 力の代償?
「貴方は一体誰なの!! どうして私に託すの!! どうして私になの!!」
『それは運命の円環から解放される時に分かるわ…その時に貴方は私に出会えると思う…』
声は消え去りそうなぐらいに小さくなっている。
『最後に、私はいつでも貴方を見守っているわ…頑張ってね…』
その言葉を最後に、辺りは光に包まれて真っ白になった。
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