第128話 死亡確認
ディーバは自身の事務室でイニミークからの報告書を精査していた、海峡を挟んだ隣国のセントシーナからの工作員が多数帝国に侵入しており、この帝都も例外ではないということだ。しかも、今回の工作員の数と質は前例に無いほどの大規模である。
「これは…大規模な計画が進行しているのか…」
確かに以前、レイチェルの知人で学園の生徒の一家が惨殺され、家を乗っ取り帝都内の拠点にされかける事件もあった。これはたまたま見つかった一件で、実情は数多くの帝都都民が虐殺され、帝国侵略の足がかりにされているかも知れない。
「ここまで酷い状況とは…もしかするとマルティナ君の誘拐事件もこれらの計画の一環であるかも知れない…もっと学園内の警備を強化しなくては…理事会の老人たちが納得するかが問題であるが…」
ディーバはもどかしさと歯がゆさを感じる。
彼自身、公爵家の人間で、この学園内ではそれなりに地位も権力もある存在であるが、最終的な意思決定を行う理事会の老人たちもまた、公爵家や上級貴族であったり、なんらかの分野で功績を残した人物たちである。一筋縄ではいかない。
何か対策が必要ではないか。老人たちが頭を縦に振るしかない、決定的な証拠を掴まないと、ディーバがそう考えた時、彼が身につけていた指輪が警告を発する。
「ん?」
ディーバは色々つけている指輪の警告を発しているものを見て、どんな異常が発生したかを確認する。
「なん…だと…!?」
彼が見たのは、レイチェルに魔法陣を施術する時に合わせて施した、レイチェルの異常事態を告げるものだ。そして、指輪が告げているレイチェルの異常事態は…死亡…
「馬鹿な!! レイチェルが…死亡しただと!?」
ディーバは驚いて立ち上がり、再び指輪を確認するが、結果は同じでレイチェルの死亡を告げている。そして、レイチェルが死に至るという事は、あの存在が解放された事を意味する。
「しかし、何故だ!! 彼女に対しての死が発動する前に、あの存在の解放の警告があるはずだ! しかし、それがない… 一体、どういうことなのだ…!?」
指輪と魔法陣には様々な仕掛けが施されている。先ずはあの存在が解放されようとした時だ。その時はすぐにディーバが駆けつけ、出来る限りの対策をとる予定であった。
次に解放されてしまった時。この場合はイニミークや他の協力者にも連絡をとって、帝都や帝国全域に非常警報を発令し、ディーバが現場に確認に向かう。
次に解放された存在を再拘束する為、ディーバの存在を鎖に変換して拘束を試みるもの。
次に警告されるのが、レイチェルの心臓の鼓動停止。レイチェルを死亡させ、強制的に、あの存在ごとレイチェルを転生させて、帝国が被害を被るのを押さえるためのものである。心臓の鼓動停止の方法をとったのは、できるだけレイチェルに苦しみを与えないように思うディーバの配慮である。
そして、最後に警告されるのが、レイチェルの死亡確認である。彼女の死亡が確認できない事には、あの存在が地上に残って暴れまわる恐れがある。なので、心臓の鼓動停止が働いても、彼女の死を確認できない時は、遠距離からの大規模破壊魔法を使ってその地域ごと消滅させる予定である。
しかし、現在の状況は全ての手順を飛ばして、いきなりのレイチェルの死亡確認である。本来であれば様々な警告があって、ディーバ自身も鎖に変換されているはずである。
「信じられない状況だ…先ずは確認をしないと…」
ディーバは瞳を閉じて、指輪に魔力を込める。するとレイチェルのいる場所の風景が瞼の裏に映し出される。
「…まさか!? 本当にレイチェル君が倒れている…場所は…場所はどこだ!! …ここは留学生用の邸宅街か!!」
ディーバは場所を確認すると直ちに目を開き、隣の部下の部屋に行く。
「非常事態だ!!」
ディーバはノックも言葉も掛けずに乱暴に扉を開き、中にいたディーバの部下たちは突然のディーバの声と姿に驚いて肩をビクつかせる。
「留学生の邸宅街で異常事態が発生した!! 私はこれより転移魔法で先に向かうが、お前たちは憲兵たちを集めて直ちに留学生の邸宅街に迎え!! 至急だ!!」
部下たちはディーバの形相と話の内容から只ならぬ事態が発生していることを理解して、すぐに動き始める。
ディーバは懐から一個の魔石を取り出す。
「非常事態の為に、一個残しておいたが、こんなにすぐに使う事になるとは…」
ディーバは魔石を握る手に力を込める。パキンッ!と音を立てて割れ、視界が歪み始める。
一瞬の浮遊感の後、空気の変化と足の裏に接地感を感じる。間違いなく留学生の邸宅街のようだ、しかもプラム聖王国の旗がはためいていることは、ここはシスティーナ王女の邸宅であると思われる。
そして、数名の女性の泣き声や叫び声が聞こえる。ディーバはそちらに視線を移すと邸宅と門の間の庭園で、レイチェルが仰向けになって倒れ込み、令嬢達その周りで寄り集まって声を上げていた。
ディーバは状況が理解できず、確かめる様にゆっくりと近づいていく。
「レイチェル様ぁぁぁ!!! ごめんなさい!!! 私は…私はぁ!!!!」
「ダメぇぇぇ!!! レイチェル!! 死んじゃダメ!! 死んじゃダメェェ!!!」
「折角、この国でお友達になれたのに…こんな別れ方なんて嫌よ!!!!」
彼女たちの心からの叫びがレイチェルの死を物語っている。
ディーバがゆっくりと近づく影が、彼女たちやレイチェルに重なる。
「ディ、ディーバ先生!!!」
彼女たちの一人のマルティナが、その陰でディーバの存在に気が付く。
「ディーバ先生!! レイチェルが!! レイチェルが!!!」
マルティナはディーバに駆け寄り胸元に飛びつく。
「ディーバ先生なら、レイチェルを治せますよね!! レイチェルが大変なんです!! すぐに治してあげて!!!」
マルティナはディーバに縋りつきながら、泣き声の懇願をする。
マルティナがディーバに駆け寄ったので、ディーバからレイチェルの状態が直視できるようになる。ディーバはマルティナに縋りつかれながらも、ゆっくりとレイチェルに近づき、その側で膝をつく。
レイチェルの胸の心臓の位置には深々と短剣が突き刺さり、彼女の制服や辺りを茜色の空よりも赤く染め上げている。
元々、色白であった彼女の顔色は更に青白くなり、その瞳は開かれているが、瞳孔も開いており、うつろに空を見上げている。彼女は胸を貫かれ、激しい苦痛に苛まれたはずであるが、彼女の表情はとても穏やかだ。
「先生!! 早く! 早く、レイチェルに治療をしてあげて!!」
マルティナがディーバに治療をせがむが、ディーバは無言で、レイチェルの手首に触れ、じっと手首を見つめる。
「お願い!! 先生!! 私、なんでもするから、レイチェルを…レイチェルを助けて!!!」
「…マルティナ君…」
ディーバはマルティナの名を口に開く。
「…残念だが…レイチェル君は既に亡くなっている…」
ディーバは言葉一つ一つを噛み締める様に告げる。
「…うそ…」
マルティナは見開いた目で、ぽつりと呟く。
「レイチェル君の瞳孔は開いており、手に脈も感じられない… 状況から判断して、心臓が貫かれたのであろう…ほとんど…即死だったと思う…」
ディーバは唇を噛み締めながら頭を項垂れた。
「いやぁぁぁぁぁ!!!!!!」
マルティナは天を仰ぎ、絶叫した。茜色から紅に染まっていく空は、無情にもマルティナの叫びを吸い上げ、彼女の叫びは消えていった。
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※はらついの次回は現在プロット作成中です。
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