第127話 死に至るまで

 空はこんなに茜色なのに、頭の中が真っ白だ。


 私はシス王女を守ろうとしたが、急に膝から力が抜けて盛大に背中から転んでしまった。


 でも、背中は痛くはない。


 なぜなら、背中の痛みよりも、胸に突き刺さった短剣が衝撃的であったためだ。


 刺された瞬間のほん僅かなの刹那は、避けられない状態で、まるで私の胸に吸い込まれるように短剣が突き刺さっていき、その切っ先が服を貫通して胸の皮膚に刺さった時には、まるで紙でさっと指を切った時のような小さな痛みが走った。


 そして、そこで痛みが止まれば良かったのだが、切っ先は私の皮膚を切り裂きながらドンドンと私の奥へと進んでくる。それと共に刃物の冷たい感触とまるで蜂にでもでも刺されたような鋭い痛みが感じられた。ただ、本物蜂刺されとは異なるのが、チクリという一瞬の痛みではなく、その痛みが、切っ先が私の奥へ進む度により大きく、より深くなっていくことだ。


 いくらシス王女への殺意に憑りつかれたコロン嬢とは言え、令嬢の力でそこまで殺傷能力があるとは思わなかったが、私が刺された瞬間に目に入った彼女を見ていると、どうやら私とシス王女が奇妙な避け方をしようとしたのと、私の足が急に力が抜けたこともあって、勢いをつけすぎで前のめりで転んでしまったようだ。だから、彼女の腕の力と彼女の体重が、私に突き立てられた切っ先に全て伸し掛かる状態になって、私の胸を貫いたのだ。


 しかし、私は胸に刃物を突き立てられても、意外と冷静でいられるようだ。本来であれば胸に刃物を突き立てられた事による。激しい痛みがあったはずであるが、いまでは感覚が麻痺した為かほとんど痛みを感じなくなっている。


 ただ、突き立てられた切っ先は私の皮膚を抜け、肋骨の一本を切り裂き、心臓まで達しているようだ。胸の鼓動がおかしな音を立てている。どうやら心臓と言うものは刃物を突き立てられてもすぐには止まらず、暫く動き続けるのであろう。突き立てられた傷口から、心臓の鼓動に合わせて、注いだ水が溢れる様に、血が溢れだしている。


 思ったよりも溢れ出る血の量がすくない。恐らく私の体内は心臓から血が溢れだして、胸腔は血で溢れかえっていると思われる。


 何故、私は自分自身が死を迎えようとしているのに、こんなに冷静でいられるのだろう。それは倒れた私の目の前の視界には茜色の綺麗な空が広がっているからであろうか。


 その綺麗な空を遮る様に、コロン嬢の顔が現れる。泣きながら必死になって私の名を呼んでいるようだ。


 シス王女の顔も現れる。彼女も私に色々と言葉をなげかけている。


 そして、離れた場所からマルティナの悲鳴が聞こえる。彼女も駆け寄ってきて私の視界に現れ、私の手を握る。


 みんな、私に涙を振り始めた雨の様に滴らながら、必死になって話しかけている。


 誰もかれも、悲壮と絶望に満ちた表情だ。その表情から察するに、私は本当に死ぬのだと思い至る。


 もっと動ける間に彼女たちに触れたかった、話せるうちに彼女たちに最後の言葉を残したかった。でも、今ではもう自分の意思で身体を能動的に動かす事もできない。残念だ…もっとみんなと色々と話をしたかったのに…


 でも、彼女たちが触れている手の暖かさだけが私に伝わって来る。血の気を失っていく私とは対照的に、生き続けている彼女たちの手は非常に暖かく感じる。


 つい先日まで、魔法陣を埋め込まれていたため、死に直面して無気力になっていて、今日の昼間には死にたくない、もっと生きていたいと嘆いていた。


 そして、今現在、私は本当に死につつある。


 あんなに無気力になって現実逃避をしたり、泣き叫んで拒絶したりしていたのに、今はどうして、こんなのも死を受け入れられているのだろう。


 なにも行動を起こさず無気力にいた昼間とは異なり、皆と生きていくための努力をした結果だから納得もするし諦めもついて、素直にうけいれられているのであろうか。


 そう言えば、前世での死の瞬間は爆発の為一瞬であったから、確認することは出来なかったが、死の瞬間には、視界はブラックアウトをするのだろうか、それともホワイトアウトをするのだろうか、確認できるかもしれない。


 それまでは、この空を見上げ続けよう。


 私を見送る友人たちの顔を見続けよう。


 それが私がこの世界で見る最後の景色になるのだから…


 あぁ…視界がぼやけてきた…


 これは視力が低下してきているからであろうか…


 それとも私の友人たちが流した涙が私の瞳に流れた為だろうか…


 もしかすると、私自身が涙を流しているのかも知れない…



 私は視界の最後の様子を確認する前に意識が途切れた。



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