第126話 凶刃

「レイチェル!! コロン様を止めなきゃ!!」


 マルティナは私に縋りついて叫ぶ。


「分かっているわ! 今、思い出しているのよ!!」


 私はマルティナと同じでコロン嬢を止めたいのであるが、焦燥感ばかり募って、肝心の詳細な記憶が、他のシーンと入り乱れて判別が付かずにいた。


「早く! 早くしてよ! レイチェル!!」


「急かさないで!マルティナ! 誰が、どうしたかはすぐに思い出せるけど、何時、何処でかが、記憶を特定できないのよ!」


 実際、ゲーム画面でキャラ画像があるのは思い出せるが、どの様な背景だったかまでは、視覚情報として思い出せない。背景画など気にしていなかったからだ。なので、私はシナリオのテキストを遡って思い出す。


「確か…日付が変わって朝になって自分の体調の変化に気が付いて… それで妊娠が分かって…皆に報告をして回って…」


「それでどうなったのよ!? 私、そこまでやり込んでいないのよ!」


 マルティナはウルグ推しだったので仕方がない。


「それから…そうだ!!! 自室に戻る時よ!! 確かゲームの主人公は自室の扉の前だったと思うわ!」


 私はようやく詳細な情報を思い出せた。


「それ主人公の場合でしょ? では、シス王女の場合ならどうなるのかしら…」


「今日のシス王女の報告が、主人公の挨拶回りと同じならば、今日の自宅に戻った時になるわ!」


 そうなると、タイムリミットはシス王女が自宅に戻るまでとなる!


 もしかすると、もう既に事に及んでいるかもしれない!!!


「レイチェル!! 急がないと!! 早く、シス王女の所に行かないと!!」


「分かってるわ! 確か、前にディーバ先生からシス王女の滞在場所の地図を貰ったはずだけど…」


 私は机に向かい、引き出しを開いて地図を捜し始める。


「どうして覚えてないのよ!!レイチェル!!」


 マルティナはコロン嬢の事が既に事に及んでいるのではないかと心配して私を急かしてくる。


「シス王女の所へ行く前に、マルティナの誘拐事件があったのよ、だからその後忘れちゃったのよ!!」


 私も急かされて焦っていた為か、マルティナに当たってしまう。


「あぁ、ご、ごめんなさい…レイチェル…」


 マルティナはすぐにしゅんとなって、項垂れる様に頭を下げる。


「レイチェル様っ!」


 エマが私に声を掛ける。


「制服に入れていたメモ書きや貴重品などは、二番目の引き出しの中にありますっ!!」


 私はエマに言われて二番目の引き出しをあけ、中の紙束を捜すと目的の地図が出てきた。


「あったわ!! エマ、ありがとう!!」


 私はエマに向かって礼を述べる。


「マルティナ! この地図よ、確か貴方の家から近かった筈だわ」


 そういって、私はマルティナに探し出した地図を見せる。


「この地図は…うん!シス王女の家がわかったわ!!!」


「では、マルティナ! 案内は頼むわね!」


 私たちは部屋を飛び出して駆け出していく。そして寄宿舎の建屋から外に出ると、すでに空は赤くにじんでおり、大きく日が傾き沈みかかっているのが見えた。


「うそ! もうこんな時間…」


 マルティナが独り言のような小さな声で漏らす。私も胸の中を焦燥感で搔き立てられる。


「兎に角急ぎましょう!、行ってみない事には何も分からないわ!!」


「分かった!急ぎましょう!」


 私の言葉に諦めかけていたマルティナはきゅっと顔を引き締める。


「でも、レイチェル! どうしてこんな重要なイベントの事を忘れていたのよ!」


 マルティナが走りながら私に問いかける。きっと、焦る気持ちを紛らわせるために聞いてきているのであろう。


「だって、アレン皇子とのそんな事…生理的に受け付けないから、無意識に忘れようとしていたと思うのよ…」


「あぁ…それは仕方がないわね…」


 元々、私を責めるつもりは無かったので、マルティナは同意してくれる。


「それよりもマルティナ、大丈夫!?」


 私の隣を走るマルティナはとても辛そうにしている。まだマシとはいえ、動きにくい貴族向けの制服を着ているのはあるが、リーフに力を供与しているのと、昼食にかなりの量を食べているので、苦しそうである。


「大丈夫…! 頑張る! 頑張るから!! ここで頑張らないと、取り返しが付かないし、後で後悔するからっ!」


 マルティナは髪を振り乱し、汗と苦悶で顔をぐちゃぐちゃにしながらも走り続ける。


「そろそろ、マルティナの家が見えてくるわね、そこからどちらの方角?」


「あっち!!」


 マルティナは少し離れた邸宅街を指差す。


「あの邸宅街の中にあるのね!?」


「うん!、先生の地図では邸宅街の左奥になっていたわ! 多分、留学生向けの邸宅だから、どこかに国旗があがっていると思うわ!!」


 マルティナは乱れる呼吸で懸命に説明する。


「分かったわ! 私が先に行っているから、マルティナは後からついてきて!」


「レイチェルっ! 頼むわっ!」


 このまま二人で歩調を合わせていては、間に合わないかもしれない。そんな事になったらマルティナが負い目を背負ってしまう。


 だから、私は先行して邸宅街を目掛けて駆けていく。


 すると、どんどん邸宅街の詳細な様子が見えてくる。人気や騒ぎになっていない所を見ると、まだ刃傷沙汰は起きていないようだ。助かった!


 私は安堵しながらも予断を許さない状況なので、速度を落とさず駆け抜けていく。


「あれ! あれだわ! プラム聖王国の国旗!!」


 マルティナの説明通りに、左奥の邸宅にプラム聖王国の国旗が掲げてある。

 

 私は最後のラストスパートを使って、その邸宅の前まで辿り着く。邸宅の門は開かれているが、門から邸宅の玄関まで続く小さな庭園の中の舗装には何もなく、私が間に合った事を物語っているようであった。


 その様子に私は安堵して、門柱にもたれながら、息切れして乱れた呼吸を整える。


 先程のマルティナよりはマシとは言え、私も貴族令嬢である。普段から運動などはしていないし、この身体も運動向きにはなっていない。なので、先程までは意識を集中していたので感じていなかったが、今になって、駆け抜いてきた足や、心肺機能が悲鳴を上げている。これは暫くまともに動けそうにない。


「あれ~! そこにいるのはレイチェルさんですかぁ~!!」


 玄関の方から私を呼ぶ声が聞こえる。私は疲労しきった身体で声の主を確かめると、玄関の所でシス王女が私に向かって手を振っている。


「良かった…シス王女は無事だわ…本当に間に合ったんだ…」


 元気な姿のシス王女を見れた私は、安堵して身体の力を抜いていく。


「レイチェルさーん! 私にあいにきてくれたのですね!!」


 シス王女が笑いながら、玄関から庭園を抜けて門の私の所に掛けてくる。


『とりあえず、シス王女に警戒するように伝えないと…』


 そう思った時、シス王女が通った庭園の後ろの繁みから、頭をすっぽりと覆うフードを着た人物が現れる。


『うそ!! そんな所に潜んでいたなんて!!!』


「シス王女!!! 危ない!!! 逃げてぇ!!!」


 私はあらん限りの声を振り絞って、シス王女のもとへ駆け寄りながら大声を上げる!


「えっ!?」


 しかし、シス王女は後ろの人物に気が付いていないので、キョトンとした顔をするだけだ。


『ダメ!』


 私はすぐ近くまで近寄ったシス王女の手をとる。そして、残った力と体重を使って無理矢理にシス王女を引き寄せようとする。シス王女のすぐ後ろには刃物を振り被った人物の姿があった。


『間に合わない!! でも!致命傷だけは避けないと!!』


 私は身体を捻って、凶刃から私とシス王女の身体を横に避けようとする。


 カクンッ!


 だが、私の膝が急に折れ曲がる。先程の全力疾走で、既に体力の限界を超えていて、この負荷に耐えられなくなっていたのだ。しかし、私たちに迫りくる凶刃はそのままの勢いで振り下ろされる。


「あっ!!」


 凶刃の切っ先が服の布地を突き破り、その下の皮膚にささる。勢いはそこで止むことなく、その皮膚のしたの肉を切り裂いていく。


 そして最後に、胸に突き刺さった一本の短剣があった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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