第125話 特殊ルート
午後の授業が終わってから、私とマルティナはお互いに口にする言葉が見当たらず、無言のまま学園を後にして、気が付けば二人で私の部屋のソファーに腰を降ろしていた。
「あの~ レイチェル様っ、マルティナ様っ! お二人ともどうなさったのですか?」
私たちの様子に心配したエマが声を掛けてくる。
「もしかして、お腹を空かせたマルティナ様が、レイチェル様のおかずをとっちゃって喧嘩でもなさったのですか?」
シャンティーが自分の主にも関わらず、マルティナに酷い話を投げかける。
「いや、いくら私でも、承諾をとってから貰うから、喧嘩なんてしないわよ」
お昼からずっと沈黙を守っていたマルティナが、シャンティーの言葉に声を出して言い返す。
「あっ、でももらっちゃうんですね」
シャンティーは口を開いたマルティナに安心して言葉を返す。
「しかし…本当に困ったわね…」
マルティナが沈黙を破ったので、私も沈黙を破る。
「シャンティーが言うようにおかずぐらいの話ならいいのに…」
「そうよね…もう私たちでは何をどうすれば良いのか分からないわ…でも…」
「なに?マルティナ」
「シス王女の最後の言葉には驚いたわ…私には人を男を寝取って煽っている様にしか見えなかったわ…でも、シス王女には悪意はまったく見えないし…あれはシス王女の祖国の習慣なのかな?」
私も同じことを思ったが、シス王女の祖国のプラム聖王国の事については全く分からないので何も言いようがない。
「あれ?マルティナ様、ご存じないのですか?」
「えっ?なにが?シャンティーなにか知っているの?」
マルティナはシャンティーに尋ねる。
「知っているも何も、マルティナ様の実家のジュノー家やその親貴族であるウリクリ家は、元々女系一族なのですよ?」
「えっ? そうだったの?」
「はい、まだ独立国だったマイティー女王の時代に、男のお子様のマイロー様がお生まれになってから女系継承が廃止になって、今の男系継承になったのですよ。その前までは良い男は女性全員で回したそうです」
「えっ!? 何それ…怖い… 私の家は昔そんなのだったの?」
私もマルティナの実家のジュノー家やウリクリ家がそんな文化だったとは知らなかった。
「怖いと申されましても、昔は種牡馬と同じ扱いだっただけです」
「もっと怖いわよっ! で、それがプラム聖王国とどう関係があるの?」
「プラム聖王国は、昔、ジュノー家やウリクリ家から別れた分家のようなものです」
「えぇぇ!!」
マルティナが驚きの声をあげる。
「じゃあ、私とシス王女とは血が繋がっているの?」
「確かに繋がっているかも知れませんが、別れたのはマイロー様のご息女の時代ですから、無いも等しいですね」
驚くマルティナと対照的にシャンティーは淡々と述べていく。
「それではプラム聖王国はジュノーやウリクリの昔の風習が今でも続けられているってことなの?」
私はシャンティーに問いかける。
「はい、現在は帝国に合わせてた風習になってきてはいますが、根本では今でも女系の風習が強いですね」
「しかし、一人の男を使いまわすなんて…女系って怖いわぁ~」
「マルティナ様、逆に女系の一族から言わせると、女系の場合は、母親と子供は必ず血がつながっているが、男系の場合では、父親と子供が必ず血が繋がっているわけではないので、そちらの方が怖いそうです」
私もマルティナは目が点になる。
「確かに理屈は分かるけど…」
「なんか、ドロドロと言うか複雑よね…」
現代日本でも浮気や托卵妊娠の跡継ぎ問題は発生しているが、このような解決方法は聞いたことが無い。やはり、異世界恐るべし…
「とりあえず、シス王女の風習の事は置いておいて、今は、アレン皇子とコロン様の事よね…」
「そうね…もう引き返す所は過ぎてしまったわけだし、アレン皇子がどうなるのかで、コロン様の状況も変わるわね」
私もマルティナはエマが出してくれたお茶を飲みながら考える。
「以前のコロン様のお話では、アレン皇子がシス王女に手を出した場合には、国力的には帝国の方が上だけど、外交的にプラム聖王国を無下には出来ないので、アレン皇子が婿入りすることになると仰っていたわね」
「レイチェル、そうなると、コロン様は婚約破棄になって皇后陛下になる道が閉ざされる事になるの?」
マルティナは悲壮な顔をして聞いてくる。
「そうね…そうなるわね…しかも、力のあるロラード家の足を引っ張りたい貴族たちが、ロラード家の評判を落とす為に、コロン様の事を悪し様に言うでしょうね…」
「そんな…コロン様は人柄もよくてあんなに努力なさっていたのに…」
マルティナはまるで自分自身の事を様に悲しむ。
「そうね、交通事故と同じで、自分は安全運転していても貰い事故に巻き込まれる場合もあるからね、本当に難しいわね、男女の仲は…」
「……」
マルティナは両手で顔を覆って黙り込む。
自由恋愛が進んでいる現代日本であれば、婚約破棄をして、新しい恋に励めば問題ないかもしれないが、この世界においては未だ政略結婚が主流である。その政略結婚が主流のこの世界で、皇室に婚約破棄を言い渡されることは、貴族令嬢としての死を表す事が多い。なぜなら、婚約破棄をされた令嬢を後から娶る事は、皇室からの推薦でもなければ、皇室に歯を剥く事に捕らえかねない為である。
仮に皇室からの推薦で新しい婚約者が用意されたとしても、好人物を紹介されるどころか、貴族の鼻つまみものが紹介されることが多い。皇室から婚約破棄を言い渡された人物が幸せになったら、婚約破棄をした人物の評価が落ちる為である。
また、コロン嬢ほどの上級貴族となると、貴族を避けて一般人に降嫁することも難しい。今度は自分の家の価値を下げる事になるためである。
つまり、コロン様は皇后への道を閉ざされただけではなく、貴族令嬢としても、そして女としても死んだことを意味しているのだ。
「ねぇ…レイチェル…」
「なに?マルティナ…」
私もコロン嬢の行く末の考察を追えて、その悲惨な状況に力ない声で答える。
「現皇帝陛下は、兄思いで、その遺児のアレン皇子を大事にしているって話だったわよね…」
「確かに、コロン様もそのような事を仰っていたわね…」
「その皇帝陛下がアレン皇子可愛さに、外交の事なんか無視して、婿入りではなく、逆にシス王女を嫁に貰うってことはないのかしら?」
マルティナは顔を上げ、私に懇願するような顔つきで尋ねてくる。
「仮にそんな事があったとしても、プラム聖王国に対して最大限の譲歩として、シス王女は正妻になるでしょうね…そうなれば、コロン様はよくて側室の立場になるわ、それをコロン様が良しとなさるかしら…」
「あっ…」
私の説明にマルティナが何かに気付く。
「その場合に似たゲームのルートもなかった?」
私もこの世界に来て二年の月日が経っているので、すぐに詳細な事を思い出せない。
「…そんなルートって…あぁ、確かあったわね…特殊ルートだけど…」
「それだったら、コロン様もまだマシなんじゃないの?」
「いいえ、マルティナ…もっと悲惨よ、そのルートは通称「逆ハーレム悪女ルート」と呼ばれるのものなの…」
私も段々、詳細な情報を思い出してきた。
「その「逆ハーレム悪女ルート」って?」
「ある意味バッドエンドよ…『攻略対象』全員を攻略して逆ハーレムを作ることが出来るけど、主人公が国を乗っ取って、『悪役令嬢』達をこき使って、最後には用済みとして国ごと令嬢達の家も滅ぼしていくルートなの…」
マルティナに説明しているうちにドンドンとゲームの特殊ルートの詳細な記憶が明確になってくる。
「それじゃ…コロン様も私たちも救われないじゃない…」
「あれ?」
私はゲームの特殊ルートの詳細な情報を思い出し、ある事に気が付く。
「どうしたの?レイチェル」
「もう一つ、似たようなルートがあるわ…」
「レイチェル!それならコロン様は助かるの!?」
マルティナは縋りつくように私に尋ねてくる。
「いいえ、その逆よ…そのルートは「闇討ちルート」と言うの…」
私はそのルートの結末に震えながら答える。
「えっ?「闇討ちルート」?」
「そう…アレン皇子と一線を超えてしまった主人公がコロン様に闇討ちされて殺されるルートよ…」
「じゃあ、コロン様は…!?」
「主人公が死んだあと…処刑されるわ…」
マルティナはあまりにもの驚愕に顔が強張って固まっていた。
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※はらついの次回は現在プロット作成中です。
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