第132話 マルティナの思い
私たちは研究棟に向かう道すがら、事のあらましを簡単にディーバ先生に説明をした。代替の状況を呑み込めた先生は、とりあえずコロン様とシス王女の部屋を分けて、私とマルティナは同室となった。マルティナは私の看病役になるそうだ。
私はディーバ先生に安静にしているよう、申し付けられて、先生はこれから、コロン様とシス王女の聞き取り調査を行うそうだ。
私は安静にしていろと言われたが、どういう訳か身体に全く異常は感じられないので、大人しくベッドの上で寝ている事は出来なかった。しかし、私は刺されたことにより、制服は血で能く染まっており、血糊が残っているので身体もべとべとする。マルティナもそんな私に抱きついたり、すり寄ったりしているので、マルティナも私も同様であり、私と関わった、コロン様、シス王女、そしてディーバ先生に至るまで、着替えと入浴は必要であろう。
私は入浴をする為に、この部屋を物色していく。小さいながらもバスタブがあり、蛇口もあって捻ればちゃんとお湯も出る。タンスを物色すると、被験者用の患者服も出てきた。満足できる服装ではないが、血まみれの制服を着ているよりかはマシであろう。それよりも入学して早々に二着目の制服をダメにしてしまった。
「じゃあ、マルティナお風呂にはいって汚れを落としましょうか」
「うん…そうね…」
いつもの元気なマルティナではなく、少し憂いを含んだ表情で答える。
エマやシャンティーがいれば、身体の隅々まで血を洗い流してくれるのだが、今回の事件は皇室が関わっているので、今、この部屋にいるのは私とマルティナの二人っきりである。だから、二人で身体の流し合いになる。
「今回はマルティナに一杯心配を掛けたから、先に私がマルティナを洗ってあげるわ、さぁ背中を向けて」
「うん…分かった」
こんな状況に、いつもなら『自分で洗えるわよ』と返事が返ってきそうだが、今日のマルティナは妙に大人しい。それだけ私がマルティナに心配をかけてしまって、まだその事を引きずっているのだろう。
マルティナは私に背中を向けて、小さくなりながら身体の前面を自分で洗っている。私はその背中を流していく。服を脱ぐ時に見たマルティナは顔や腕には私の血糊が付いていたが、背中は血糊が無く、綺麗なものである。
「お湯を頭に掛けるわよ、マルティナ、目を瞑って」
「うん…」
大人しいのは作業がしやすいが、こうも大人しいと調子が狂う。
「終わったわね、では次は私を頼めるかしら」
「うん…分かった…」
私はマルティナに背を向けて身体の前面を洗い始めるが、洗面器に入れたお湯がすぐに赤く染まる。
何度も洗面器のお湯を変えながら身体の前面を洗っていくが、一向に背中のマルティナが動こうとはしない。
「マルティナ?どうしたの?」
私は自分の身体を洗いながら、マルティナに声を掛ける。
「…ううん…なんでもない…先ず、お湯からかけるわね…」
マルティナはそう言うと私の背中にお湯を掛ける。すると私の背中を流したお湯が、私の前方にある排水溝に向かって流れ出すのだが、それはお湯ではなく血そのものが流れる様に赤かった。
背中を確認することは出来なかったが、私はこんなにも血を流していたのだ…
「うっ、うぅぅ…」
すると、私の背中から、マルティナの啜り泣き嗚咽を漏らす声が聞こえる。
あぁ、私はディーバ先生と同じ過ちを犯した事に今、気が付いた。すでに二人とも血糊がついており、私も無事にしているから、もう血を洗い流すなんて問題ないと考えていた。しかし、それは私が感覚が麻痺しているだけで、普通の常人では正気で血塗れになった身体を洗い流すなんて事は出来なかったのだ。
「ごめんなさい…マルティナ…こんな事をさせて…貴方には心配させたり迷惑を掛けてばかりね…」
私は振り返ることが出来ず、背中を向けたままでマルティナに謝罪の言葉を述べる。
「し、心配したってものじゃないわよ!! 私…怖くて、悲しくて、辛くて…胸がいっぱいいっぱいで…張り裂けそうだったんだからぁぁ!!!」
マルティナは嗚咽を漏らしながら叫ぶ。心の内をぶちまける様に叫んだ。
「レイチェル…貴方自身も大変だったことは分かるけど… 自分の友人が血まみれになって倒れている姿を想像してよ!! 血はどんどん溢れていくし、体温はなくなっていくし、顔色はドンドン血の気を失っていって、瞳は瞳孔が開いてうつろになっていく…」
私の死に様はそんな様子だったのか…
「私がどんな気持ちでその様子を見ていたと思うのよ!! あんなの…あんなの…もう二度と見たくはないわ!!! だから…だから…」
私の頭の後ろからマルティナの両腕が伸びて来て私を抱きかかえる。
「レイチェル…もう二度と死なないで…私の前で死んだりしないで…約束よ…」
私の頭のすぐ後ろですすり泣くマルティナの声は、耳だけではなく、マルティナと接している頭に直接響いてくる。
私は肩に回したマルティナのてに触れる。
「うん…分かった…」
私はマルティナに小さく答えた。
その後、お風呂を上がった私は鏡に向かいながら、髪を拭こうとした時に、初めて自分の瞳を見る。
「私の瞳…黄金色になってる…」
鏡に映る私の瞳は以前の血の様な赤い瞳ではなく、彩光を放つような黄金色をしていた。この瞳の色は元々の瞳の色なのだろうか、それとも臨死体験を経たことにより、変異したものなのであろうか…だが、そんな事よりも気になることがあった。
鏡の中の私の後ろに、話に聞いたことがあるものが見える。
「初めましてと言うべきかしら…私に憑りつく存在さん…」
私の後ろには、うっすらと噂に聞いた私憑りつく『アイツ』の姿が映っていた。
そう、私は『見える』人間になっていたのだ…
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※はらついの次回は現在プロット作成中です。
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