第123話 生きていたいと思う気持ち
「そう…そのようような事がございましたの…」
私とマルティナの話を聞き終えたコロン嬢は、食後のお茶を一口飲んでからそう答える。
「そうです! コロン様も酷いと思いませんか!? 後からリーフちゃんの助けてもらったのはありますが、やっぱり私は納得できないです!」
マルティナが目を尖らせながら、ディーバ先生に対しての怒りをぶちまける。
「そうね、レイチェル様の身体に死に至る魔法陣を埋め込む事なんて、確かに酷いことだわ…でもね…」
コロン嬢が少し目を伏せる。
「私はディーバ先生のお考えも理解できるのよ… 私はアレン皇子との婚約者の立場、そうなると、帝国臣民や帝国全体の事を考えなくてはならないの…」
「そ、そんな… だからといって、レイチェルを犠牲にしなくても…」
マルティナが私の為にコロン様に食い下がってくれる。
「そう、それなのよ…その様な事になったのが見ず知らずの誰かであれば、私は帝国の為だと考えて、心動かされなかった事でしょう… でも、私の…私の大切な友人のレイチェル様が、その犠牲になるなんて、耐えられないと思ってしまう自分がいるのよ…」
コロン嬢は恥じ入るように顔を伏せる。
「私は今はただのアレン皇子との婚約者でしかない…でも、皇后になるかもしれない人物にとって、帝国臣民は等しく平等に見るべきなの、誰か一人を特別視してはダメなの…でも…」
コロン嬢は顔を上げ、私の手をとる。
「もう私にはレイチェル様をただの帝国臣民の一人だと見れなくなっている…それはマルティナも同じ…」
コロン嬢はマルティナに向き直る。
「コロン様…」
「私はよくアレン皇子にダメ出しをよくしているけど、帝国の未来よりもレイチェル様を助けたいと考えてしまう私は、未来の皇后失格かもしれないわね」
コロン嬢は憂いを含んだ笑顔を作る。
「コロン様、私の事をそこまで思って頂きありがとうございます。でも、私一人なんてこの国の人々の事を考えたら…」
「レイチェル様、そんな事を言ってはダメ! 他の誰かがそんな事を言い出しても、貴方自身が自分を大切にしなければ、誰が自分を大切にしてくれると言うの?」
私はまるで子供の様にしかりつけられる。
「人は自分自身を大切に思うから、他人も自分自身を大切に思っている事に気が付く事ができると思うの。自分自身が大切に思わなくなったら、他人も大切に思えなくなるわ」
「コロン様…」
私はコロン様の顔を見る。
「トゥール卿にそう気付かせたのはレイチェル様自身でしょ? だから、レイチェル様もそれに気付かないとダメよ」
確かにトゥール卿は自己犠牲の上に、オードリーの幸せを築こうとした。
「そんな事を言いつつも、人は過ちを繰り返す物ですし、自分自身の事や大切な人の事を思うと冷静に客観的なものの見方を失いやすいものですわ」
「そうそう、私だって、食べ過ぎたら太る事なんてすぐに分かるのに、今日だってレイチェルの奢りだから、こんなに食べちゃったのよ」
コロン嬢もマルティナも、この過ちを私一人の欠点ではなく、全ての人が持つ欠点だと言って、気遣ってくれる。
「だから、失敗したからといって諦めてはダメ、人間は失敗を繰り返す生き物ですから、その度に立ち上がって歩き続けないと」
「そうですね、コロン様、私なんか食欲に負けたからといって諦めていたら、すぐに豚のようになっちゃいますわ」
コロン嬢はマルティナの言葉にふふふと笑い、私に向き直って瞳を覗き込む。
「だから、レイチェル様も私なんかと思ってはダメですし、魔法陣の事も最後のその時が来るまで諦めてはダメよ。足掻いて藻掻き続けて解決方法を捜し続けないと…私やマルティナ、他にもレイチェル様に協力してくれる人はいるわ」
私はコロン様を見つめ返す。
「ディーバ先生だって、今はこんな方法しかなかったけれど、何か別の方法を思いつくことだってあるわ、だから歩き続けましょう、私たちと一緒に…」
コロン嬢が重ねていた手に力をいれる。そしてマルティナもその手を重ねて微笑みかけてくれる。
以前、礼拝堂のベッドの上で、マルティナが手を握ってくれた時のように、二人の手から私の中に暖かさが伝わって、私の胸の内にその暖かさが流れ込んでくる。
私の頬に一筋の涙が流れる。死を受け入れて冷めきっていた私の心に、二人が再び生きる事に対しての灯の炎をつけてくれたのだ。
「コロン様、マルティナ、ありがとう…ありがとうございます…」
私は二人に頭を下げる。
「私は死んでしまうのだから、もうどうでもいいと考えていました…でも…でもどうでいいことなんてなかった…私は…私は…もっと皆と生きたい、生きていたいです…」
そうか…わかった…分かってしまった…
私は転生前の事故で、突然前世での人々の繋がりが断ち切られてしまった。その事は苦しく悲しい出来事であった、けれど、私はこの世界で生きる為、その思いに蓋をして閉じ込めていた。諦めようとした。だがそれは人生に対する諦め癖になっていたのだ。
本当はもっと母やあーちゃんやトモコとも過ごしていたかった、一緒にいたかった、でも転生してしまった私は諦めるしかなかった。
だから、再びディーバ先生からの死の宣告を受けても、私はこの世界に済む人々との関係を諦めて、感情を封じ込めようとしていただけなのだ。
「コロン様とはもっと楽しいことをして、色々な表情をみたいです」
「えぇ…」
コロン様は優しく微笑む。
「マルティナとはもっと一緒に色んな本を読んだり、一緒に駄菓子を食べたい!」
「うんうん」
マルティナも優しく微笑む。
「ミーシャには色んなお菓子作りを教えてお菓子を作ってもらいたし、オードリーの演劇をもっと見たい。テレジアにはもっと治療魔法を教えてもらいたい。エマをぎゅっと抱きしめたい、ポーカーフェイスのシャンティーの別の表情を見てみたい…」
二人はうんうんと頷いて私の話を聞いてくれる。
「そして、ディーバ先生とももっと話してみたい…もっともっと…私は生きていたい…」
「そうね…みんなでしわしわのおばあちゃんになるまで一緒に生きましょう」
「それで、昔、こんな話をしたって笑い合いましょう」
「私もみんなとそんな歳まで生きていたい、そんな未来まで辿り着きたい…」
私は私も涙顔になりながら二人に微笑み返した。
「さぁ、そろそろ午後の授業が始まるわ、レイチェル様、これで涙を拭いて」
コロン嬢は私にハンカチを差し出してくれる。私は自分のハンカチも持っているのだが、この差し出されたハンカチを受け取りたかった。
私は涙を拭うためハンカチを目元に寄せると、そのハンカチにはコロン様の似顔絵の小さな刺繍がしてあった。
「あっ、そ、それはデビドが面白半分で施したものですねよっ! わ、私の趣味ではありませんのでっ!」
コロン嬢は顔を赤くして取り繕う。
「でも、これは凄く可愛らしいです。いいハンカチですね、コロン様」
「そ、そうですの? で、でしたら差し上げますわ…」
コロン嬢は少し照れながら答える。
そんな私たちに唐突に声が掛かる。
「あのぅ…」
私たちは声の主に振り返る。するとそこには今まで姿を隠していたシス王女の姿があった。
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※はらついの次回は現在プロット作成中です。
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