第121話 気が付かなかった善意

「とりあえずは腰を降ろそう…今は立っているのも辛い…」


「先生…私もです…」


 ディーバ先生とマルティナはぐったりしており、ソファーに身体を預ける様に腰を降ろすので、私も二人に合わせて腰を降ろす。


「先生、それで説明とは…?」


「先ずはリーフがこのような状況に陥った理由だ」


 先生は思いからだを引きずる様にして私に向き直る。


「先生、リーフの病気の原因がわかったのですか?」


「病気と言うか生命力が枯渇した理由であるが…何かに力を大量に使っている事と、そして、供給源から生命力を供給源から吸収することを自ら止めてしまったからだと考える」


「力を何かに使っている? 生命力を吸収する事を止めた?それは人間で言えばご飯を貯める事をリーフ自身が止めてしまったという事ですか?」


「大体、そんなものだ…」


 ディーバ先生はリーフに視線を落としながら答える。


「でも、どうしてリーフちゃんはご飯を食べる事を止めてしまったんですか? そもそも力も何に使っているのですか? この力を吸われる感じからして、相当使っていると思うのですが…」


 マルティナも先生に疑問をぶつけるが、先生はさらに視線を落とす。


「これは私の推察でしかない、本当の事はリーフ自身から聞き出さないと分からないだろう…それでもよいか?」


 先生は伏せた顔から、覗くように視線だけを私に向ける。


「それでも結構です。話してもらえますか?」


「…分かった…先ずリーフが力を何に使っているかだが…恐らく、レイチェル君、君の魂の保護に使っている物と思われる…」


「わ、私の魂の保護?」


 私はそこにあるのかどうか分からないが、胸元に手を当てる。


「前の世界ではどうであったか私は知らないが、君はこの世界に来てから既に2本もあの存在を拘束する鎖が千切れている。それに伴いあの存在の影響力も増しているはずだ。しかし、君自体の人間性や本質は変わってはいない。それはリーフが君の魂をあの存在の影響を受けないように力を使っていたからだと考える」


「リーフがそんな事を!? でも、『アイツ』の目的は私に対して人々を虐殺する様を見せつける事であったはず、ならば私が『アイツ』の影響を受けて嗜虐性などに目覚めたら、虐殺を見せつけて私が嘆き悲しむ様を見る事が出来なくなるはずです」


 そうだ、『アイツ』の性格から考えたら私が『アイツ』の影響を受けることなど好ましく思わないはず。


「意図する意図しない、望む望まざるに関わらず、炎の近くに油を置けば、炎にその意思がなくともいずれ油が熱くなり発火して燃え盛るのと同じだ。それと同様にあの存在からの熱や火の粉から君の魂を、リーフは保護していたのだと思われる。レイチェル君、君にも何か覚えはないか?」


 ディーバ先生に言われると、思い当たる節は色々とあった。眠る時間が多くなったこと、口数が少なくなったこと、私が呼びかけてもいつも眠たそうにしていた事…私は何度も気が付く機会はあったはずなのに、気付いてあげる事が出来なかった。


 私はリーフに対する無頓着さに、自分自身を不甲斐無く思い、先生の言葉に顔を上げる事が出来なかった。


「先生、ではリーフちゃんがご飯を食べる事をやめてしまったのは?」


 口を開く事の出来ない私に代わって、マルティナが先生に尋ねる。


「そちらの事だが…」


 先生はチラリと私を見てから、小さくため息をつく。


「まず初めに言っておくが、これはレイチェル君の責任ではなく、私の責任という事をおぼえておいてくれ…」


「レイチェルの責任? 先生の責任?」


「リーフの力の供給源は恐らく、リーフが繋がっているレイチェル君だ…」


「…私…なんですか?」


 私は先生の言葉に顔を上げる。


「そうだ、私の推察では君とリーフは生命力を共有していたものと思われる。しかし…君は私が付けた魔法陣によって、生きる意味…生きる気力と言うものを失ってしまった…そのまま生命力を共有し続ければ、レイチェル君、君は本当に死んでしまっていた。だから、リーフは君からの生命力の供給を断ち切ったのだと思われる…」


「では、リーフは…私の為に力を使って…私の為に、私と生命力を供給する事を止めたと…」


 先生は無言で頷く。


 私は、気が付かないうちにリーフに守られていたのだ…しかも最後には私を気遣って、私との生命力の共有まで断ち切って…


「だから、先程の魔法には、魔法陣を怖がる殻ではなく、レイチェルの身を案じて、レイチェルを参加させなかったのですね…」


 そうだった…リーフの為なのに、私は単なる傍観者であることに気が付きもしなかった…


「レイチェル君、君が気に病むことは無い…全ては私の責任なのだ… 私は自分であれば気に病まないと考え、君の立場での事を考えなかった、だから、私は君自身がここまで精神的に衰弱するとは思わなかったのだ…本当に済まない…」


 人は得てして自分を基準にして物事を考える。あの魔法陣の事も、先生は自分自身を基準として考え、私がこの様になることなど露にも思わなかったのだろう。


 今は私への罪悪感から精神的に疲弊しているが、魔法陣を私に施術した時の先生は、自分自身が鎖になることに対して、気にかけている様には見えなかった。


 なのに私がこれ程までに憔悴しているのは、私が弱いだけなのであろうか…それとも鎖になる事を気にもかけない先生が強いのであろうか…


 この事で精神的に滅入ってしまう自分の不甲斐無さと、先生の私に対する無配慮差に対する怒りが鬩ぎ合う。


「それと、今の状態を続ける事も難しいと思う…」


 その言葉に、私は心の中の鬩ぎ合いを止めて頭を上げる。


「今の状況では、私は兎も角、マルティナ君が持たない」


 先生はそう言ってマルティナに視線を動かすので私もマルティナに視線を動かすと、マルティナは否定の声を上げずに黙っている。私が思う以上にマルティナに負担が掛かっているのか…


「なので一つ提案がある。近々、レイチェル君の実家に設置工事見学の予定があったな?」


「はい…」


 本来なら、あの時、その話もして打ち合わせをする予定だった。


「そして、リーフの元々の本体もそこにあったのだな?」


「えぇ…今は切り株しか残っていませんが…」


 これも私の罪…厳密に言えば転生する前のレイチェルが首を吊ろうとした為に切り倒されてしまったのであるが、もう私がレイチェルそのものになってしまったので私の償わねばならない贖罪だ。


「切り株しか残っていないと言えど、樹木とは地上の幹や枝はより、地下に膨大な根を持つ。そこにリーフ本来の力が残されていると思う。その力を回収し、最終的には…リーフを大地に戻してやるのが良いかも知れない…」


 その言葉に少しの希望が胸に湧いてくる。


「しかし、リーフは君との魂の繋がりは切れて大地に根を生やして戻り、君とリーフは離ればなれで暮らさなければならなくなる可能性がある…レイチェル君それでもいいか?」


 私は胸に湧き上がる希望を押さえて、先生に小さく頷いた。



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