第120話 リーフへの施術
「ディーバ先生!! 今の状態でリーフはどれぐらい持つのですか!!!」
私は先生に声を飛ばす。
「正直、どれほど持つか分からない…数日…もしかすると明日の夜まで持つかどうか…」
「そんなに!? そんなに短いのですか!!」
解決方法を捜す時間さえなさそうな短さである。
「では、もっと魔石があれば、リーフは生きながらえる事ができるのですか?」
「明日の朝、一番に私、魔石を買ってくるわ!!!」
魔石さえもっとあれば、リーフは生きながらえる事ができる。
「いや、それも難しいであろう…魔石は数が少ないうえ、かなり高価な代物だ…私でもこれだけ揃えるのにかなり苦労したのだ…」
先生はリーフに使用して、輝きを失った水晶のような魔石に目を落とす。
「では、リーフがこのまま死んでいくのを黙って見るしかないのですか!!」
私は先生の服の袖を掴む。
「先生なら…先生なら…なんとかしてくれると思ったのに…」
私はこの期に及んで、まだ先生の事を頼りにしており、子供の様に泣きじゃくりながら、先生に懇願していた。
「いや…方法はまだある…まだあるのだが…」
そういって、先生は私の顔を見る。
「なんですか、先生! 私、なんでもします!! だから、お願いします! リーフを助けてあげて下さい!!」
「ディーバ先生! 私からもお願いします!! リーフちゃんを助けてください!!」
私とマルティナは二人がかりで先生に懇願する。その私たちに先生は承諾したように目を閉じた後、再び私たちに向き直る。
「わかった、やってみよう。だがしかし、レイチェル君…」
先生はゆっくりと私の顔を見る。
「なんですか先生…」
「途中で辛くなったら、君は目を閉じていていい…」
「どういうことですか?先生…」
「見ていればわかる。それよりもマルティナ君!」
先生は私から目を逸らすようにマルティナに向き直る。
「はい!先生!」
マルティナは気合を入れた顔で答える。
「君にはかなりの負担になるが、暫くの間は我慢してほしい、良いな?」
「はい! 私、がんばります!」
マルティナの気合の入った返事を聞くと、先生は小さく頷いて物置き棚の所と事務机の中から、ペンとナイフとインク壺、小さな小皿を幾つか持ってきて、ナイフをマルティナに手渡す。このナイフは以前見たことがあるものだ。
「マルティナ君、そのナイフで指先を切って、血を数滴、この小皿の上に落としてくれないか」
「えっ? 血を出すんですか!? 自分の手で!?」
マルティナは恐る恐るナイフを受け取り、ゴクリと唾を呑み込んでナイフを見る。
「マルティナ君、苦手なら私がするがどうする?」
先生は既に自分のナイフで指先を切り、小皿に血を垂らしている。
「い、いえ…自分でやります…」
マルティナはそう言うと、歯を食いしばりながら目を閉じて、刃先を親指に当てていく。
「も、もう出ました?」
「いや、まだだ」
ディーバ先生がそう答えると、更に唸り声を上げて、震える手でナイフの刃先を親指に押し当てる。
「痛っ!」
「そこまでだ」
先生はマルティナの手を押さえながら、滴る血を小皿で受け止める。そして、マルティナの血が出ている親指を自分の手で包み込む様に握る。
「これで傷口は塞がったはずだ。この布で血を拭っておきなさい」
マルティナが言われた通りに布で血を拭うと、先程ナイフで刺したはずの傷口が消えており、何事もなかったような親指があった。
ディーバ先生は自分の血とマルティナの血を混ぜ合わせ、更にその上からインクを垂らしていく。
「先生、それでどうするのですか?」
マルティナが親指を確かめながら先生に尋ねる。
「この私とマルティナ君の血を混ぜたインクで、リーフ君に魔法陣を描く」
私はその言葉に再び身体が強張る。
「えっ!? どうしてリーフちゃんの身体に魔法陣を!? それって殺すためのものじゃないのですか!!」
私の事もあり、マルティナは目を尖らせて、先生に怒声を浴びせる。先生はマルティナに怒鳴り返すのではなく、呵責に耐える様に目を伏せる。
「これは違う…その様なものではない…」
「なら、何なんですか!」
「これは私とマルティナ君の生命力をリーフに注ぎ込む為の者だ…」
「リーフちゃんに私たちの生命力を?」
マルティナの言葉に先生は小さく頷く。
「魔石での処置は一時的なものにしか過ぎないが、魔法陣をリーフに描くことによって、絶えず、私とマルティナ君から生命力がリーフに流れる様にする為のものだ」
先生の説明を受け、マルティナは私に向き直る。
「レイチェル、どうする?」
どうすると言われても、ここまで来たらやってもらうしかないが、マルティナは私を気遣って確認の声をかけてくれたのであろう。
私は小さく頷く。
「お願いします…」
先生は私の言葉を聞くと作業を続けて、ペンに血を混ぜ合わせたインクをつけて、魔法陣の上に横たわるリーフに顔を近づける。
「レイチェル…辛かったら目を閉じていていいからね…」
マルティナはそういって震える私の手を握ってくれる。私は目を閉じたいのを我慢してリーフが施術されるのを見守り続ける。
先生は私の時と同様に、リーフの胸元の所に魔法陣を描いていく。私のような人間とはことなり、小さな人形のようなリーフの胸元に魔法陣を描くのは大変な集中力が必要なようで、先生は額に汗を流しながら魔法陣を書き込んでいく。
「良し…完成だ…」
先生がリーフから顔を話すと、リーフの胸元には緻密な魔法陣が描かれていた。
「マルティナ君」
「はい…先生」
「今から、呪文を詠唱するので、私の翳す手の上に、君も手を翳してくれ」
「わかりました」
先生はマルティナの返事を受け取ると、リーフの上に両手を翳し、マルティナもその上に手をかざした。
「では、魔法陣を起動するぞ」
マルティナは頷いて答える。
「Aktiviere den magischen Schaltkreis!」
その言葉と共に、リーフの胸元が光り始める。
「Gießen Sie unsere Vitalität in diese Person und halten Sie sie am Leben!」
その言葉にリーフの光は増していくが、先生とマルティナは何かに耐えるような苦悶の表情を浮かべる。
そして、徐々に光が収まっていき、施術が終了したことが分かる。
「どうだ…? マルティナ君…」
「ちょっと…思っていたより辛いですね…」
マルティナはやせ我慢をせず、素直につらさを述べる。
「…そうだな…私も思っていたよりもきつい…」
先生はそう言うと、事務机の所に行き、引き出しから錠剤の入った小瓶を取り出して、中から数粒、自分自身で飲み、残りを瓶ごとマルティナに渡す。
「それを飲んでおきなさい、活力剤だ。少しはマシになるだろう」
マルティナは受け取った瓶から錠剤を数粒取り出すと、ぐっと飲み干す。
「先生…マルティナ…ありがとうございます…これでリーフは助かるのですね…」
私は二人に向けて頭を下げて礼を述べる。
「レイチェル君、礼の前に説明しなければならない事がある」
私は下げていた頭を上げて先生の顔を見た。その表情から話はまだ終わってはいない様子であった。
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