第119話 トラウマ
「でも…どうして急にリーフがこんな事になっちゃたんだろ…」
私は礼拝堂に向かって走りながら呟く。
「病気かも?って精霊だから、病気なんてしないか…でも、苗木本体の方なら、植物とかの病気に掛かったかも…こんなに葉も散っちゃっているし…」
樹の病気なら、農学を専攻していたサナーに相談するべきであろうか…
「でも、本当の物言わぬ植物だったら、気が付くのが遅れるかもしれないけど、リーフちゃんの場合には、喋る事が出来るんでしょ? だったら、体調や苗木の様子がおかしくなった段階で相談してくると思うわ」
「そうね…確かにそうだわ…」
「リーフちゃんからの相談や、変わった様子なんてなかったの?」
マルティナにそう言われて、私はここしばらくのリーフの様子を思い出す。
「前はもっと活動的で、お喋りだったけど、最近は眠っていることが多かったわ…もしかして、その時から何か病気が進行していたのかしら…」
学園に来てから暫くは普通の日々を送っていたが、暫くしてからはやたらと眠り込む事が多くなっていた。名前を呼べば、眠気眼を擦りながら髪の中から出て来ていたので気にかけなかったが、その時に異常に気付くべきだったのかもしれない。
そんな事を話しているうちに、礼拝堂まで辿り着く。
「勢いでここまで来ちゃったけど、ディーバ先生はまだいるのかしら…」
「その時は、夜勤の人手も捕まえて、ディーバ先生の宿舎の場所でも聞き出しましょう」
「そうね…事務室にいてくれたり、宿舎にいてくれたらいいのにね、ディーバ先生の実家は公爵家だから、こんな時間には会いに行けないもの…」
いくらディーバ先生が学園の教師で、私たちが学園の生徒であってもこんな時間に公爵家の邸宅に行けば追い返されるであろう。
祭壇横の扉を抜けて、奥の廊下を進むとディーバ先生の事務室の扉が見えて来て、扉の隙間から明りが漏れているのが見える。
「扉の隙間から明りが見える! 先生はまだいるんだわ!!」
私たちは扉の前まで駆け寄り、少し乱暴に扉を叩く。
「先生! ディーバ先生! まだ、おられますか!!」
「開けてください! 先生!!」
私とマルティナが扉を叩きながら、必死な声で叫ぶ。
「先生!! レイチェルです!! リーフが!! リーフが!!!」
私は大きく手を振り被って扉を叩こうとした時に、カチャリと音がして、ゆっくりと扉が開かれていく。
「ディーバ先生…」
そこには自らの手で扉を開けるディーバ先生の姿があった。しかし、夜で明りの光しかないためか、ディーバ先生の顔色は黒ずんで見えるような気がする。
「…レイチェル君…そして、マルティナ君もこんな時間にどうしたのかね?」
「リーフが…リーフがこんな状態になってしまったんです!!」
私は手の中のリーフを先生に広げて見せる。
「リーフちゃんの本体の苗木もこんな事に!!」
マルティナも腕の中に抱えていた苗木を先生に見せつける。
「な、何という事だ!!」
先程まで寝不足の様な、疲れた顔をしていた先生の目が大きく見開かれる。
「すぐに中に入りなさい!!」
先生は急ぎ気味に私たちを部屋の中に招き入れ、いつもの応接のソファーに案内する。
先生は応接のローテーブルに上にあったグラスと酒瓶を腕で払いのけると、ハンカチを取り出して、その上にリーフを載せるように言う。
「早く、ここにリーフを!!」
そう言うと、先生は懐からモノクルを取り出し目にはめて、リーフの姿を凝視する。
「どういうことだ!? マナもオーラも尽きかけているではないか!」
「ディーバ先生! こちらも!!」
マルティナがモノクルを付けた先生に苗木も差し出す。
「苗木もマナとオーラが尽きかけている!? 一体、いつからだ!?」
「気が付いたのはつい先程で…」
私は少し伏目勝ちに答える。
「気が付いたのは先程で、この様な状態になったのはもっと前からかも知れないという事か…」
先生は立ち上がると、物入れ棚の所に行き、置いてある巻物を広げて確認していく。
「これでもない…これも違う…これか!!」
そして、一つの巻物を携えて、私たちの所へ戻ってくる。
「すこし、リーフとその苗木を持っていてくれないか」
先生が急ぎで言うので、私たちはリーフと苗木をローテーブルの上から持ち上げる。すると、先生がそのローテーブルの上に巻物を広げると、そこには様々な塗料を使って描かれた魔法陣があった。
「さぁ!リーフと苗木を魔法陣の中央へ!!」
先生が声を上げるが、私は身体が強張って動けない。
「レイチェル君!何を!…」
先生は私の様子を見て、言葉が詰まり、目を伏せる。
私が魔法陣を怯えている事に気が付いたのだ。
ディーバ先生は眉間に皺を寄せ、しばらく考え込んだ後、私に真剣な眼差しで向き直る。
「君を騙すような事をした私が言うのもなんだが…私をもう一度信じて欲しい! 時は急を要する! このままではリーフの存在は消え失せてしまうんだ!!」
「レイチェル…」
隣のマルティナが心配して私に手を添えた。
「ここはリーフちゃんの為よ…怖いのなら目を閉じていてもいい、私が手を添えるから安心して…」
私はマルティナの言葉に従い、両目をぎゅっと閉じ、小さく頷く。
「じゃあ、ゆっくりでいいから」
私はマルティナの手を借りて、ゆっくりと恐る恐る、手の中のリーフを降ろしていく。
「よし、そこでいい」
先生の声が掛かる。どうやら目的の場所に置けたようである。
私は本当は魔法陣など見たくもないが、これもリーフの為である、薄目を開けて、リーフだけに注目するように様子を伺う。
先生は、懐から様々な色と形の水晶を取り出し、リーフと苗木の周りに並べていく。
「今はこれだけしかないか…しかし、出来る限りやって見なくてはならない…」
先生は両手をリーフに翳すと呪文を唱え始める。
「Aktiviere den magischen Schaltkreis!」
リーフが光に包まれる。
「Verwenden Sie die Kraft des Kristalls, um die Kraft des Lebens auf diese Person zu gießen!」
先生の呪文が唱えられていくたびに、薄く透けていたリーフの身体が本来の色と質感を取り戻していく。そうしてリーフの回復していく様を見ると、先程までのリーフの身体が、いかに透けて存在が消えかけていたのかが分かる。
そして、光が静まっていくと、横たわったままではあるが、存在感を取り戻したリーフの姿があった。
「リーフ!! 良かった!! これで大丈夫なのですね!!」
「リーフちゃんの色がしっかりと鮮やかに見えるわ!!」
私とマルティナがリーフの姿を見て喜びの声をあげる。
「いや…まだだ…」
しかし、ディーバ先生は否定の言葉を発する。
「えっ!?」
私はその言葉に驚いて、リーフから先生と視線を上げる。
「これは、その場しのぎの時間稼ぎでしかない…」
先生は苦々しい顔をしている。
「ディーバ先生!! リーフは一体、どうしたのですか!!」
先生は私の言葉にリーフから私へと視線をあげる。
「リーフはまだ、急速に生命力を失いつつある。私の手持ちの魔石である程度は補充をしたが、効率が悪いのと、もう手元の魔石を使い果たした…」
それはリーフの余命宣告を現す言葉であった。
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