第116話 どうすればいいの?

 何も考えられないまま、とぼとぼと歩いていた私は、いつの間にか自室の扉の前に立っていた。いつもなら、ちゃんと声を掛けてから扉を開くのだが、もうそんな事すら億劫で無言で扉を開け放つ。


「あら? レイチェル様っ お帰りなさいませっ」


「レイチェル~ お帰り~」


「お帰りなさいませ、レイチェル様、マルティナ様がお邪魔しております」


 突然、扉を開けて姿を見せる私に、エマもマルティナもシャンティーも特に驚く事無く、お帰りの挨拶をしてくれる。


 私はマルティナが部屋にいるが、ベッドに直行して飛び込みたい気分であった。


「レイチェル、ちょっとこっち来てよ、面白いものを見つけて来たんだから」


 そう言って、マルティナが私の手を引いて、いつものソファーの所へ連れていく。


「さぁ、座って座って、見てみて〜 じゃぁーん!!凄いでしょ!? この美味しい棒もどき! ちゃんと色んな味も売っていたのよ! ほら、コンソメ味や明太子味、ほらくさや味なんてものもあるわ!こんなの誰が買うんだろって、私が買ってたわ」


 マルティナが楽し気に笑いながら声を掛けてくれる。


「レイチェル様っ、マルティナ様が選んでくれましたこのお菓子に合うお茶が入りました」


 エマがお茶を用意してくれる。


「このお菓子は美味しいのですが、粉が零れてたり手についたり致しますので、膝に掛ける布とお手拭きを用意いたしました」


 シャンティーが私に布とお手拭きを用意してくれる。


「どうしたのよ、レイチェル。なんで黙っているの? もしかして〜 びっくりして声も出ないって感じなの? って、レイチェル!? 貴方、どうしたのよ!!」


 私の顔を覗き込んできたマルティナが、突然、驚きの声を上げる。


「…私が…どうしたっていうの?…」


 私はゆっくりとマルティナに向き直る。


「どうしたって、レイチェル、貴方、なんで泣いているの!?」


「えっ…私…泣いているの?…」


 マルティナに言われて目元に手をやると、確かに目から涙が溢れて頬を伝っている。


「レイチェル様っ! 大丈夫ですか!?」


 エマが私の様子に気が付いて駆け寄ってくる。


「レイチェル様、このタオルをお使い下さい」


 シャンティーがタオルを渡してくれる。


「レイチェル、一体どうしたのよ!? ディーバ先生の所で何かあったの!?」


 ディーバ先生の名前を聞いて、あの部屋での出来事や、今まで感じないように、思い出さないようにしていた、思いや感情が一気に溢れてくる。


「うっ…うっ…… マ、マルティナ… マルティナァ~!!!」


 私はマルティナにしがみつき、まるで小さな子供のようにわんわんと声を上げて泣き始める。


「えっ!? ちょっと、レイチェル!? ど、どうしたのよ! 何がどうなっているのよ!!」


 マルティナは、私がしがみ付いて泣き出す事に、どうすれば良いのか分からずに狼狽える。


「レイチェル様っ!レイチェル様っ!!どうされたのですか!?」


 エマの私の尋常ではない様子に、声を掛けてくれる。


「エマッ!エマッ!!」


 私はエマにも抱きついて泣き出す。


「えぇ!? レイチェル様っ…!」


 エマは訳の分からない状況に戸惑いを見せる。


 その後、私は私を気遣ってくれる三人にしがみ付き、抱きつきながら、訳も解らず泣き続けた。




「で、どう? レイチェル… 落ち着いた?」


 私は、一頻り泣きじゃくった後、以前、ジュンから貰った精神を落ち着けるお茶をエマに入れてもらって飲んでいた。


「ご、ごめんなさい…マルティナ…」


 私はまだ、泣き止んだ後のしゃっくりのような状況が続いていた。


「いいのよ、私の胸を貸すぐらいなら、いくらでも貸してあげるわ」


 そういうマルティナの胸元は私が泣きじゃくったために、私の涙で濡れていた。


「それよりも、どうしてそんなに泣き出すのよ、私で良ければいくらでも話を聞くからはなしてよ」


「レイチェル様…泣いてばかりでは分かりませんよ」


「私も話を聞く事なら出来ます。どうぞ、お話しください」


 マルティナ、エマ、シャンティーがそれぞれ、私の事を心配して声を掛けてくれる。


「ディーバ先生の所で何かあったのでしょ?」


 マルティナが私の顔を覗き込んで聞いてくる。


「実は…わ、私、死ななきゃいけないの…」


 私はぽつりと答える。


「えっ!? なに? 死ぬ!? レイチェルが!? どうして!!」


「なんで、レイチェル様が死ななきゃいけないんですかっ!」


「死んではダメです! レイチェル様!!」


 皆が私の言葉に反応して一斉に声を上げる。


「ちょっと、訳が分かんないわ、最初から全部話してよ」


「…うん…わかった…」


 今の私は情緒不安定だったのだろう、エマやシャンティーのいる前で、私に憑りつく存在の事や、それが解放された時の事を話し始めた。


「えっ!? レイチェルのそれって…そんなに恐ろしいものだったの!?」


「前に仰っていた、私を踏みつぶす夢って…その事だったのですね…」


「うん…そう…だから、コイツは解放しちゃダメなの…」


 私はまだ小さなしゃっくりをヒックヒックとしながら答える。


「それで、どうしてレイチェルが死ななきゃならないのよ…」


「…この存在は、私がこの世界に転生する前から付いてきているの…だから、コイツが解放されてこの世界の人々が、皆殺しに合う前に…私を殺して、次の転生先に私ごと送りつける為なの…」


 マルティナは私の話を聞いているうちに、どんどん眉間に皺が寄り、こめかみに青筋が立っていく。


「世界を守る為ってのは分かるけど、どうしてレイチェルが死ななきゃダメなのよ!! レイチェルを殺す前にやる事は色々あるでしょうに!!」


 マルティナ大声をあげてがなり始める。


「レイチェル様っ! 私、踏まれたりしませんから! 他の方法を捜しましょう!」


「マルティナ様が大切な友人を亡くされるのは悲しいですし、私自身も悲しいです」


 マルティナだけではなくエマもシャンティーも私の手をとって励ましてくれる。


「しかし、やっぱりディーバ先生が腹立つわね…レイチェルを騙す様にそんな魔法陣を仕込むなんて! 教師の風上にも置けないわ!!」


「そう…私は先生に騙された…でも…」


「でもどうしたのよ? やっぱり先生の事を思っていたとか? ダメよ!ダメダメ!」


 私に先生の事を囃し立てて来たのはマルティナなのに、今は完全にディーバ先生を否定する。


「いや、そう言う事ではないの…」


「じゃあ、一体なんなの?」


「その、先生も私を殺す時に、その…生贄のようなものになるのよ…」


「えぇぇぇ!?」


 先程のまでの怒声とは異なり、今度は驚きの声を上げる。


「ちょっと! なによそれ! 体の悪い、無理心中みたいじゃないの!! レイチェルを騙した上に、無理心中の細工なんて…ディーバ先生の事を見損なったわ!!」


 『アイツ』が解放されて、私が死ぬときは、先生も死ぬ…厳密には違うけど、言われてみれば無理心中とも言えなくもない。 


「確かにマルティナの言う通り無理心中みたいだけど、実際には違うの…どちらかと言うと贖罪…だと思う。私を騙して魔法陣を書き込んだことや、私を殺すことになる事の贖罪…」


「…レイチェル…例えそれが贖罪だからといって、先生を許すことができるの?」


 その言葉に私はマルティナの顔を見るが、すぐに顔を伏せる。


「分からない…今までは先生の事を信用もしていたし信頼もしていた…例え先生が私を騙してこの魔法陣を書き込んだ理由を理解したと言っても…贖罪の為に私と一緒に死ぬと言っても…もう二度と…今までの様にディーバ先生の事を信用も…信頼も出来ない…と思う…」


 私の言葉にマルティナが憂いの顔をして、私の肩に手を置く。


「大丈夫、先生の代わりに、私だけだと頼りないかもしれないけど、他のもコロン様や、オードリー様、ミーシャにテレジア嬢だっているじゃない」


「私だってレイチェル様の力になりますっ!!」


 エマが元気に声を掛けてくれる。


「私もおりますよ、レイチェル様」


 シャンティーも声を掛けてくれる。


「ありがとう…みんな…」


 今の私は皆の言葉が嬉しかった。

 

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